貴方と平穏


今日は蘭ちゃん、園子ちゃん、真純ちゃんと4人でホテルのケーキ食べ放題に来ています。何でもチケットをもらったらしくてね、所謂、タダってやつですよ。
ホテルのって一度来てみたかったんだけど、結構値段が張るから踏み切れなかったのよね。きっと彼女達に誘われなかったら、一生来なかったであろう自信がある。


「あ、すごい。ソフトクリーム自分で巻けるんだ」
「ワッフルも自分で焼けるらしいよ、円香姉」
「その他にもたくさん種類があって、全種類制覇はなかなか難しいんですって」
「なーに言ってるのよ、蘭!全種類制覇する為に4人で来たんでしょ?」


え?そんな理由だったの?思わずぽかん、と口を開けてしまう。園子ちゃんの発言には、知っていたであろう蘭ちゃんと真純ちゃんも苦笑いだ。まぁ、そうなるよね。全種類制覇します、って言われちゃったら。
とりあえず案内された席に上着だけを置き、貴重品は身につけた状態でいざ戦場へ!…自分で言っておいて何だけど、戦場って何だよ。そんな場所じゃないよ此処。もっと温かい感じの、…いい所ですよ。うん。

さて!気を取り直して、どれを食べようかなぁ。どれもこれも美味しそうで迷っちゃう…だけど、どのケーキも一口サイズだから食べやすそうね。ケーキ屋さんのワンカットのサイズだと、そんなに数食べれそうにないもの。その辺り、食べ放題だから気を遣ってくれている気がするわ。
こういうケーキの食べ放題に行くのは女性が主だし、女性は色んな種類を食べたがる傾向にあるらしいから。だからかな、ビュッフェスタイルでもデザートは種類が多いし、小ぶりなものが多い。


「円香さん、世良ちゃん。私達、先に戻ってますね」
「飲み物も注文しておくけど、2人共、何がいい?」
「あー…と、じゃあホットの紅茶。アッサムがいいな」
「僕はコーヒー!」
「わかったわ」


席に戻る2人を見送り、私と真純ちゃんは再びケーキがずらりと並ぶテーブルに視線を戻す。私と真純ちゃん、と言っても、彼女は悩んでる私につき合ってくれてる感じがするけどね。とはいえ、これ以上悩むのもねぇ…どうせ何度か取りに来るんだろうし、そこまで時間かけて選ぶこともないか。開き直ってしまえば早い私は、吟味していた時間を無駄にするかのようにひょいひょいっとケーキを選び、真純ちゃんと共に案内された席へと戻ることにした。
お待たせ、と椅子に腰を下ろせば、テーブルの上には4人分の飲み物と色とりどりのケーキが所狭しと並んでいる。4人分となると、結構な量よね。小ぶりサイズとはいえ、1人5個くらいはお皿にのっけてきてるもん。これだけで20個は並んでいることになるわけです。
本当、食べ放題じゃないとこんなに種類食べれることはないよなぁ。それを考えるととても幸せなことね。うん。まず最初に、とラズベリームースのケーキをひとくち。ああ、甘酸っぱくて美味しい…!


「ん〜、噂通りの美味しさじゃない!」
「本当。甘すぎないし、すっごく食べやすいね」
「これならたくさんイケちゃうのも頷けるなぁ」
「サイズもちょうどいいからね」


このくらいの甘さだったら秀一も食べられるかな?…無理かな。常にブラックコーヒー飲むような人だもん、甘さ控えめのケーキでもきっと甘く感じてしまうだろう。あ、でもたい焼き(餡子)は食べてたから多少はイケるのかも?あの時、嫌そうな顔はしてなかったと思うし。
むぐむぐとケーキを食べながらそんなことを考える。すると、蘭ちゃんと真純ちゃんと楽しそうにお喋りしていたはずの園子ちゃんに名前を呼ばれた。それも蘭ちゃん達と話していた時のトーンで。


「うん?」
「お姉様、沖矢さんとはどうなの?順調なの?」
「…何で急にそんな話…」
「え?だって円香姉、さっき沖矢さんのこと考えてただろ?」
「ぶふっ!」
「わっ!大丈夫ですか?!」


うん、大丈夫。ありがとう蘭ちゃん。
だがしかし、そこの2人は何でそんな爆弾発言をしたのかな?!


「あ、あの世良ちゃんがケーキを食べてる円香さんを見て、すっごく優しそうな顔してるからきっと…って」
「えっ私、そんな変な顔してた?!」
「ぜーんぜん?恋する乙女、って感じだったわ」


それはそれでどうかと思う…!三十路の女が恋する乙女って、それはさすがにどうなの。君達のような10代の花の女子高生ならともかく。
グッと眉間にシワを寄せて呟くと、園子ちゃんに女はいつまでも恋をしたら乙女になるんです!と言われてしまった。まぁね?確かにそんなことを聞くけれども。実際に言われる立場になると何とも複雑な気分ですよ、私は。


「でもさ、順調ってことだろ?幸せそうな顔してたってことは」
「…黙秘権は?」
「ないに決まってるじゃない!お姉様って恋バナしてくれないんだもの、聞きたい」
「私も興味あります、円香さんの恋バナ!」
「えええ…!」


何かすごい方向に話が飛んでいってしまったなぁ。つーか、恋バナって何を話せばいいの…それに蘭ちゃんと園子ちゃんには割と根掘り葉掘り聞かれている気がするんだけど、それは私の気のせいなんですかね?つき合い始めた時にも呼び出しを受けて聞かれたし。…だけど、今思えばそこまで突っ込まれて聞かれてはいない―――のかな。
うーん、でもどうしても自分の恋愛を口にするのって恥ずかしいのよね。全部曝け出すような感じで。とはいえ、一言二言言っただけでは引き下がりそうにないなぁ。話すにしたって本当に何を話せばいいの?って感じで、ねぇ?


「まぁ…順調、なんじゃないのかなぁ。沖矢くんとは」
「ずっと気になってたんだけど、円香お姉様って沖矢さんのこと名前で呼ばないですよね?」
「へ?」
「それは僕も気になってた。ずっと名字で呼んでるのか?」
「う、うん。出会った時からずっとそうだけど」
「でも沖矢さんは円香さんのこと、名前で呼んでますよね?」


まぁ、そうですね。名前で呼ばれてますね、最初は名字だったけど。恋人関係になる少し前から、だったかな?沖矢くんに名前で呼ばれるようになったのは。私は何となく最初のクセが抜けなくて、ずっと名字呼びのまま。名前で呼んでも良かったんだろうけど、彼自身も何も言ってこないし、ずっとそうだったから園子ちゃんに言われるまで気にしたこともなかったなぁ。…沖矢くんの時も、名前で呼んでほしかったりするのだろうか。
大学時代につき合っていた時は、どうだったっけ。と、過去の記憶を掘り返しながら、少し冷めてしまった紅茶に口を付けた。ぼんやりと思考に耽っている間も、蘭ちゃん達は3人でつき合ってるなら名前呼びの方が、でも園子だって京極さんのこと名字呼びじゃない、とか、そんな声が聞こえてくる。
ああ、園子ちゃんもつき合ってる人がいるんだね。どんな人なのか今度聞いてみたいな、いつも聞かれてるんだからそのくらい許されるだろうし。うーん、名前呼び…かぁ。


「世良ちゃんに聞いたけど、前の彼氏は名前呼びだったんでしょう?」
「真純ちゃん、そんなことまで話したの?」
「ご、ごめん。このくらいだったら問題ないかな、って」


うん、問題はないけど…何故に真純ちゃんに聞いたんだ。園子ちゃんは。十中八九、私が話さないからだろうからだけどね。なかなか会う機会がないっていうのもあるんだろうけど。それに比べて真純ちゃんは毎日会うだろうから、そりゃあ彼女に聞いた方が早いってもんよね。


「沖矢さんに言われたりしないんですか?名前で呼んでほしい、って」
「多分、ないと思う。あんまりそういうこと言わないタイプだし、沖矢くんって」
「…そうかなぁ。僕はその逆だと思うけど」


カップに口を付けながら、さも当たり前だろうという声のトーンで真純ちゃんが言った。それには私含め、蘭ちゃんと園子ちゃんもきょとん顔。だって本当に沖矢くんはそういうタイプに見えないから。物腰の柔らかい大学院生を売りにしているくらいだし。…売りって言うとアレだけど。
でも秀一自身が嫉妬しやすいタイプだから、沖矢くんもそうなるのかしら?沖矢くん=秀一だからといって、性格は違うし、本人と繋がらないようにしているから…やっぱり別物?

(沖矢にも渡したくない、と言っていたくらいだから…やっぱり別物と考えるべきか、嫉妬云々は)

大学時代のことを思い返してみても、結構曖昧でよく覚えてないなぁ。だけど、私にとってあの人は最初から先輩だったわけだから…多分、言われない限りは赤井先輩って呼び続けていた気がする。それを考えると、言われたのかなぁ?名前で呼んでほしい、って。


「世良ちゃん、今のってどういう意味よ?」
「どうもこうも、そのまんまの意味だって」
「でも沖矢さんって、あんまりそういうこと言わなそうだよ?」
「表面上はね。でもあの人、僕が見る限りじゃあ嫉妬深そうなんだよな〜」


だからきっと、名前で呼んでほしいと思ってるよ。円香姉に。
ニカッと笑ってそう言った真純ちゃんは、やっぱり―――秀一にそっくりだと、そう思った。





「……」
「……円香、さっきからじっとこっちを見ているが何か用なのか?」
「んー………昴、くん」


頬杖をついたまま、そっと偽りの名前を紡いでみる。思っていたよりは恥ずかしくないから、きっと呼べるとは思うけど…何か、妙な違和感。慣れていないからだろうか?


「どうしたんです?急に下の名前で呼んで来たりして」
「あ、もう戻るのね…いいんだけど」
「円香さん?私の質問に答えましょうか」


わかってるよ。下の名前で呼んだ理由でしょ?ちゃんと聞いてたってば。別に隠すことでもないから、蘭ちゃん達と話していたことをそのままそっくり彼に話した。すると、彼はパチリと目を瞬かせたけれど、どうやら納得したらしい。しきりに頷いていたから、多分わかったんでしょう。
まぁそういうわけなんですよー、とソファの背もたれに寄り掛かると、やけに嬉しそうに(見える)沖矢くんに円香さん、と名前を呼ばれた。…何でだろう、ちょっと胡散臭い笑顔に見えます。何かされるのだろうか、とやや身構えながらなに?と応答すると、グイッと引き寄せられた。抗う術を持たない私は、そのまま彼の腕の中に納まる他なくて。


「ちょ、なに?沖矢くん…!」
「もう下の名前では呼んで頂けないんですか?」
「…やっぱり、そっちの方が嬉しい?」


要望があるのであれば、無理難題以外は聞いてあげたいなぁとは思ってるんですよ?私だって。


「円香さんが呼んでくれるのであれば、何でも構わないんですが…でもそうですね、さっきの方が―――貴方を近くに感じれる」
「ッ、」
「本来の名を呼んでくれている限り、その必要はないと思っていたんだが…存外、嬉しいものなのだな」


だっ…だから、急に秀一の声で囁かないでくださいってば!それも耳元で!!ただでさえ、貴方の声に弱いんですから私。
そう文句を言った所で、きっとこの人は改めてくれたりはしないのだろう。むしろ、弱点とわかっているからこそ攻め立ててくるような考えの持ち主だ。事あるごとに耳元で話しかけてきたりするに決まってる!今だってそうなんだもの、それ以上になったら困る。本当に困る!


「でもそっか…嬉しいんだ」
「好きな相手に名前を呼んでもらえることは、奇跡のようなものですから」


あっという間にまたおき、…じゃない、昴くんに戻ってしまったけれど、私はほわほわと温かいものに包まれている気分。こてん、と彼の肩に頭を預けてそっと目を閉じる。
何もかも片付いてないけれど、それでもこの人と過ごす僅かな平和な時間を誰も乱さないで、そう強く願うばかり。
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