刻まれる時間


「しーぶやっ」
「お、村田」


 side:有利


ある日の午後。いつも通りに書類にサインをしていると、眞王廟に篭りがちの村田がやってきた。
ちょうど仕事も一段落してたから、中に招き入れて一緒にお茶を飲むことにしたんだ。


「猊下も紅茶で大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。…それにしてもヨザックが渋谷の護衛なんて珍しいね?ウェラー卿は?」
「最近、なーんか疲れ気味だったからさ。無理矢理に休ませたんだ」
「ここ数週間は城下の警備に行ってますからね、そろそろ疲れが出始めたんでしょ。はーい、おやつと一緒にどーぞ」


…あの出来事以来、ずっと平和な時間が続いている。
でもそれは残酷な取引の結果で。俺達は大事な人を、犠牲にしたんだ。

ウェラー卿ルノアーナ。

創主を封印した魂を持ち、更に禁忌の箱の鍵をその身に宿していた女性。コンラッドと共に、俺の護衛をしてくれてるんだ。強気で、ちょっと口調は男みたいだけど…すごく優しい人。
剣の腕も、魔力もすごいらしくて軍人としても立派な戦歴の持ち主なんです。…俺はよく知らないんだけどさ。だけど…彼女はもういない。


「あれから2年か…」
「早いもんですねぇ」
「いまだに目覚めてくれる気配はない…失敗だったのかなって思うよ」
「でも…まだ生きてるんだろ?」


そう、実はまだ生きてるんだ。傷を癒すために、深い眠りについているだけ。
創主を彼女から引き離す為に、心臓を貫いた。無事に創主を引き離して、封印にも成功したんだ。本来なら、そこでルナは息絶えるはずだった。だけど、…まだ微かに息をしていた。結界が勝手に壊れた時に、もう死んだんだって全員思ってたんだけど。


「猊下がまさか、あんな行動に移るとはね…想像もつきませんでしたよ」


もう虫の息だったルナを助けたのは、治癒力があるギーゼラさんじゃなく…今、俺の目の前でお茶を飲んでる村田なんだ。かといって、村田に治癒力なんてもんは一切ない。こいつがルナを助けた方法ってのは…たくさんの、水。
眞魔国の古い伝承で、精霊が住んでると言われている森がある。そこに広がる湖には、傷を癒す効果と治癒能力を高める効果があるんだって。それにルナは水属性らしいから、他の魔族の人よりも恩恵を受けやすいだろうって。
その水の中で、ルナはずっと眠り続けている。目覚める確率は五分五分らしいんだ。もしかしたら、そのまま…ってこともないわけじゃない。


「でも水の中でよく呼吸できますね?」
「精霊が宿る特殊な水だからね、水の中でも大丈夫らしいよ。…てか、今更それを聞くのかい?」


実際に効いているかは不明なんだけど、でもまだ彼女は生きてる。呼吸もしてるし、心臓も動いてる。今はそれだけで十分だから。


「…あ、ヨザック」
「何ですか?陛下」
「あれから何か動きはあった?」
「今のところは特に…でも時間の問題でしょうねぇ」
「……シマロンかい?」
「うん、不穏な動きがあるらしくてさ。箱と鍵のことが知られたらしい」


3つの禁忌の箱と、3人の鍵。その所在がシマロンの王にバレたらしい。どうやって調べたのかはわかんないけど。
ヨザックが調べたところ、戦争の準備を始めたとのこと。恐らく、箱と鍵を手に入れる為に。今はまだ、攻めてくる気配はないけど…準備は着々と進んでるらしいから、どうなるかわからない。
俺は絶対に戦争はしない!そう決めてるんだけど…。


「攻めてこられたら、どうにも出来ないよね。迎え撃たないわけにもいかない」
「わかってる。箱も鍵も、渡すわけにはいかないし」


せっかくルナが身を挺して、創主を封印してくれたんだ。それを再び、解放するわけにはいかない。


「どんな決断をしても、みーんな坊ちゃんに付いて行きますよ?」
「間違った決断をしても、正してあげるよ。それが僕らの役目だからね」
「…うん、ありがとう」


とりあえず、禁忌の箱の管理は村田に任せてるから大丈夫だし…鍵の持ち主のグウェンとコンラッドは誰かに護られるのは嫌がりだそうだし。自分の身は自分で護れる人達だから、こっちもきっと大丈夫。
一番の問題は、まだ眠ったままのルナだ。彼女も立派な軍人だけど、今の状態じゃ自分の身を護ることすらままならない。そこをシマロン軍に攻められたら、きっとひとたまりもないよな。


「…なぁ、今ルナの傍にいるのって…」
「確かウルリーケだね。眞王廟の奥深くにいるから」
「ヨザック、眞王廟の警護を頼んでもいいかな」
「ええ、構いませんよ」
「よろしく。警護隊の編成の人選は任せる」
「リョーカイ、坊ちゃん。念のため、コンラートは外しておきますね」


言おうと思ってたら、先に言われました。…よくわかってるなぁ、ヨザックは。
コンラッドは彼女の護衛につきたいと願うだろうけど、今の疲れ方を見てると自分の身を護るだけで精一杯だろうし。そこにルナの護衛を加えたら、きっと自分のことは後回しにしてまでも彼女を護ろうとするから。今度こそ、どんな手を使ってでも大切な者を護るために。
だけど、それじゃダメなんだ。どっちも無事でなきゃダメなんだよ。誰も失いたくなんてないから。…どんなに甘ちゃんの魔王だって言われても、絶対にそこだけは譲れない。


「それじゃフォンヴォルテール卿の所に行こうか。色々と準備をしなきゃいけないでしょ?」
「そーですね。向こうがいつ攻めてくるかわからない今、早めに準備をする必要がありますし」
「だな。…んじゃ、行くか!」


一度は止まった運命の歯車。1人の女性の犠牲で、平和と静寂を保った世界。
けれど、歯車は再び動き始めようとしている。破滅へと向かって。


「無駄にしちゃいけないんだ…ルナの覚悟を」


だから俺達は立ち上がるんだ。今の平和な世界を、守り続けるために。
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