消えない感触
『…なぁ、コンは怖くないのか?』
―――何が?
『私がだ。その…片目の色が赤いだろう?だから―――』
怖くなんかないよ。だってルナはルナだろ?
『私は…私?』
そう。瞳の色なんか関係ない。
『―――…ありがとう』
side:コンラート
「…夢…?」
ひどく懐かしい夢を見た。
まだ幼かった頃。旅の道中で出会った、俺より少し小さい女の子。色の違う左目を気にしてて、誰かに罵られる度に1人で涙を流していた。
「ルナ…」
…そうだ。あの頃の彼女は泣き虫で他人から嫌われることを、誰よりも恐れていて。でも気丈に振舞ってるから、尚更弱く感じて…幼いながらにルナを護りたいと思ったんだ。
軍人になり、剣術も体術も魔術も…誰よりも抜きん出ていた彼女。泣き虫だった昔の影はいつの間にか消え、凛とした強い女性へと成長していた。まるで、1人で生きていけると言っているかのように。それでも護りたいという気持ちは変わらなかった。1人の男として、大切に想っていたルナを護りたかったんだ。好きだったから。本当に誰にも負けないくらい、愛していたから。
…まぁ、当の本人はそういうのに疎い奴だったから、一向に気づいてはくれなかったが。
あいつの魂には創主が封印されていると聞いた時、引き離すには心臓を貫かなければならないと聞いた時。ちゃんと言葉にしなければ、一生後悔すると思ったんだ。例え、ずるい男だと罵られることになろうとも…この気持ちを伝えたいと思った。
「最後まで、言わせてももらえなかったけどな…結局」
出来るのならばずっと傍にと、護っていきたいと思っていた唯一の女性。だけど、この手で命を終わらせようとした。それが彼女の願いだったから。それがこの国の行く末を、平和へと導くものだったから。
…今でも覚えているんだ。剣が肉に食い込む感触を。2年経った今でも、鮮明に残っている。きっと忘れることなどないだろう。
―――コンコン…
誰だ…?窓の外を見てみると、もうかなり遅い時間帯のはずだ。
そんな時間に部屋に訪ねて来るなんて…一体、誰だ?しかも何の用だというのか。
「…誰だ」
「俺ですよ、隊長。愛しのグリ江ちゃんですよン」
「帰れ」
部屋に入れるまでもない。てか、入れる必要性がわからん。
「すいませんっ!悪ふざけが過ぎたのは謝りますから、中に入れてくださいよーっ!」
はぁ…仕方ない。入れてやるか。このまま放っておいたらうるさいだけだし、他の者に迷惑にもなってしまうからな。
溜息をつきながら扉を開けると、そこには酒のビンを持ったヨザックがユーリと共に立っていた。
「へ、いか…?」
「陛下って呼ぶなよ、名付け親」
「すいません、びっくりしてしまいまして…」
「なぁ、中に入ってもいい?もちろん、ヨザックも」
ヨザだけだと思っていたのに、扉の外に立っていたのは奴だけではなかった。
あまりにも驚いてしばらく固まってしまった…とりあえず、2人を部屋の中へ入るように促す。主君をいつまでも部屋の外に立たせておくわけにもいかないしな。
「それにしてもユーリまでどうしたんです?こんな遅くに。いつもならもうお休みになられてる時間でしょう」
「そうなんだけど…何か眠れなくてさ。散歩に行こうとしたら、ちょうどヨザックに会って…」
「お一人で出歩こうとしてたから、連れて来たんですよ」
「また貴方は…何があるからわからないから、一人で出歩かないように申し上げていたはずだ」
本当に…臣下の言うことを素直に聞いてくれない。傍に控えている時ならまだ対応のしようがあるが、今回のように休みを命じられている時にされてしまうとどうしようもないというのに。
今回は偶然にもヨザが見つけてくれたから良かったものの…何か起きてからでは遅いんだ。もう少し、自分の立場を理解していただけると助かるんだけどな。
「ま、今回の坊ちゃんの行動には目をつぶってやれよ。ほい、差し入れの酒」
「お前が持参してくるなんて珍しいな、有り難く頂くよ。…ユーリ、眠れないのなら温かい紅茶でも淹れましょうか」
「あ、ありがとう。コンラッド」
「どういたしまして。ヨザは酒にするか?」
「だな、せっかくだし。アンタも付き合えよ」
「はいはい」
まぁ、どんな理由であれ2人が訪ねてきてくれたのはありがたいかもしれない。夢見が悪かったわけではないが、やはり気持ちが沈んでいたし。
それがユーリとヨザのおかげで、少しだけ和らいだ。あのまま朝まで1人だったとしたら…きっとぐるぐると色々考え込んでいただろう。それをせずに済んだというのなら、良かったのかもな。
忘れたいわけではない。思い出すことが辛いわけでもない。
だけど、ルナが隣にいないという現実が、尚更深く突き刺さる。それが…辛いのかもしれない。生きていると理解していても。
「どうぞ、ユーリ。少し甘めにしてありますから」
「うん、サンキュ」
「…隊長、アンタ自分の分は作ってねーの?」
「……あ。」
「アンタって時々、すげー抜けてますよねぇ。俺が作ってあげますよ、座っててくださいな」
「悪いな、ヨザ」
「いーえ?これくらい、お安い御用ですよン」
どうやら思っている以上に、まだ頭がボーッとしているみたいだ。
ヨザの言葉に甘え、ユーリが座っている隣に腰を下ろす。ふとユーリに視線を向けると、じーっと見られていた。……どうかしたんだろうか?
「コンラッドはさ」
「…はい」
「何で辛いって言わないの?」
「どう、して急にそんなことを…」
「俺の気のせいかもしんないけど、扉を開けた時のあんたの表情が歪んでたから…かな」
他人のことをよく見ていると思った、我が主君は。
彼に言われなければ、俺は自分自身のことなのに全くわからなかった。けど、心当たりはある。恐らく、懐かしい夢を見たから。久しぶりにルナの笑顔を見たから。それが自分でも気づかないうちに、顔に出てしまったんだろうな。
「隊長は自分のこと、あんまり言わないんですよ」
「…そんなことはないだろ」
「別に無理強いはしないけど…1人じゃないんだから、さ」
―――もう少し、皆を頼れ―――
ユーリの言葉が、胸に響いた。そういえば2年前にも同じことを言われたな。1人ではないと。
傷を舐め合うのは好きではない…けれど。それと、何も言わないというのは意味合いが違うのかもしれない。この場にルナがいたら、彼と同じように頼れというのだろう。それを考えると笑いがこみあげてくる。
やはり、隣にいない現実は辛いけれど…望みがゼロなわけではない。ゼロにならない限り、俺は待ち続けよう。再びルナに会える日を―――