執務
『エンギワルーッ』
「(あぁ、もう朝か…)」
ぼんやりとする頭で今日のスケジュールを思い出す。
確か午前中はコンと共にユーリの護衛で、午後は自分の執務とヨザが帰ってくる予定らしいから…それの報告を一緒に聞けと言われたんだっけか。
ユーリの護衛に、と任命されて血盟城に移り住んで早1週間。
思っていたより此処での生活は快適で、ユーリやヴォルフやコンと接するのは楽しい。
フォンクライスト卿の暴走っぷりには、心底頭を抱えたくなったが…。昔はあんなにかっこよく見えたのになぁ。
時間の経過というのは本当に恐ろしいものだ。
―――コンコン
「ルナ、起きてるか?」
「コンか、入っていいぞ」
ちょうど着替え終わった時に扉がノックされた。
声の主はコンラートで。部屋に入ってもらっても何の問題もなかったから、そのまま入室を促した。
入ってきたコンラートは、早朝だというのに実に爽やか。
低血圧の私には、到底出来ない芸当だな。やろうとしても不機嫌まっしぐらになるに違いない。
「こんな朝早くにどうした。何かあったのか?てか、何でそんな服…?」
「ユーリと俺が朝、走りに行ってるのは知ってるだろ?それのお誘いに」
「あぁ、ロードワークとかいうやつか。別に構わないが」
「良かった。…じゃあ、これに着替えて。俺は外で待ってるから」
「わかった」
渡されたのはコンラートが着ていたものと同じ服。これはユーリの住む世界で、体を動かす時に着る"ジャージ"というものらしい。
仕立て屋が特注で作ったものらしいが…確かに動きやすそうだ。着てみると意外と肌触りもいいし。
こちらでは軍人でない限り、体を動かすことはあまりしないが…ユーリの世界では違うのだな。
鍛える以外にも体を動かすのか。野球とやらもそうらしいし。
長く伸びた髪を1つに束ねて、廊下で待っているコンラートの元へ急いだ。
* * * * * * * * * * *
「はあー…やっぱり朝の空気は気持ちいいなー!」
「そうですね。じきに朝食の時間です、着替えてきたら?」
「うん、そうするよ。ルナ、今日はつき合ってくれてありがとな」
「構わないさ、意外と楽しかったし。また一緒に走っても?」
「もっちろんいいに決まってるじゃん!」
にっこりと笑って(フォンクライスト卿が見たら、鼻血を噴いてぶっ倒れそうな)、ユーリは部屋に戻っていった。
うーん…やはり、魔王らしくない感じだな。ユーリは。
だけど、誰かの意見に従順なわけでもないし。自分の意見はしっかりと持っている方だ。
…それでもまだ、魔王としては不十分なのかもしれない。ま、目下成長中!というとこだろうか。今のユーリ陛下は。
「成長が楽しみだな、ユーリ陛下は」
「あぁ。…珍しく楽しそうだな?」
「ん?そうか?……いや、そうかもしれないな」
「気に入ったか?此処での生活は」
「あぁ、思っていた以上に楽しい」
「それなら良かった。ユーリも喜ぶと思うよ」
他愛もない話をしながら部屋へと向かう(実はコンラートとは部屋が隣だったりする)。
「それじゃ、また後で」
「あぁ。…あ、ユーリの迎えは?」
「2人で行けばいいんじゃないか?午前中は君も護衛だろ?」
「それもそうだな」
汗を流して、ジャージからいつも通りの軍服に着替える。
同じく着替えを終えたコンラートとユーリの部屋に向かったら……ヴォルフとフォンクライスト卿の言い合いに頭を抱え込んでいるユーリに出会いました。
―――場所は変わって、此処は陛下の執務室。
午前中はコンと一緒に、陛下の護衛。午後は自分の執務室で、頼まれた書類整理。
これが私の今日一日のスケジュールだ。
彼の護衛になって数日経ったが、朝の騒ぎのように…ヴォルフとフォンクライスト卿の言い合いは常。
別にそれは構わないんだが、陛下を巻き込むのは止めてほしい。
それも朝っぱらからだしな。…元気なものだよ、2人共。今は大分大人しいけどね。
(にっこりと笑って、怒りのオーラ全開のコンラッドとルナは怖かったです… by有利)
「全く…朝から陛下の部屋で何をやっているんだ。ヴォルフもフォンクライスト卿も」
「「……すいません」」
「ルナってすごいなー…アニシナさんにも気に入られそう」
「彼女はもうアニシナのお気に入りだよ、ユーリ」
「えっそうなの?!」
「昔からこういう性格だからな…一目で気に入ったらしい」
「え、じゃあ…アニシナさんの出してる本とか読んでるの?」
「彼女がくれるので、読んでいるよ。なかなか面白いが…」
「頼むから、アイツのようにはならんでくれ…!!!」
閣下はアニシナさんが苦手だからねぇ。仲良くさせてもらってからずーっと、こんな風に言われている。
確かにあの人は私から見ても、とてもカッコイイ人だが…私とは全く違う。私はあの人のようになれないよ。どう頑張ってもね。
そんな話をしながら昼食を食べ、食後のお茶を飲み終わった頃。
もうすぐ午後の執務を開始せねばいけないな…自分の執務に戻るとしようか。
「では、ユーリ。私は自分の執務室に戻りますね。何かあれば遠慮なく」
「え?ルナも此処で仕事すればいいじゃん。そこにある空いてる机って、ルナのなんだろ?」
「ええ。ルノアーナがこちらに移り住んでくると聞いて、用意したものですから」
「その方が我々にとっても都合がいい。そうしろ」
あー…まぁ、確かに色々と便利になるか。
わざわざ書類を運んでもらわなくても良くなるしな。
「じゃあ…お言葉に甘えさせて頂きます。いいかな?ユーリ」
「もっちろん!…あ、持ってくるものとかあるなら手伝うよ?」
「大丈夫。陛下に持たせるわけにもいきませんし」
「なら、僕が手伝ってやる!行くぞ、ルナ」
…部屋の主を置いて、先に行くなよ。ヴォルフ。
ユーリに1つお辞儀をして、私は一度自分の執務室に戻ることにした。
えーっと…重要書類は何処に置いていたんだっけか。
バサバサと机の上の物をひっくり返していると、「…片付けろ」というヴォルフの呆れた声が聞こえた。
うん、私も同感だ。…が、正直言うとめんどくさい。
それに慣れてきさえすれば、この状態でもどうにか生活が出来るようになるだろうし。まぁ、その前にヴォルフかコンラートが片付けに来そうだがな。
「そこら中に散らばらせるからこうなるんだろうが。書類は全部まとめて執務室に置いておけ」
「もっともな意見だが…執務室の机の上も書類でいっぱいなものでな」
「はぁ?!どれだけあるんだ…」
「先に言っておくが、私がサボっていたわけではないぞ?ほとんどがフォンクライスト卿の分だ」
「それは何と言うか…とんだとばっちりだな」
というか、私はただの諜報部員だぞ?本来は書類の作成などすることはない。
ヴォルテール城にいた頃は、諜報員兼補佐官だったが…血盟城では陛下の護衛だしな。なのに何故、護衛の他にフォンクライスト卿の尻拭いをせねばならんのだ。
全く…グウェンダル閣下の眉間のしわが深くなる理由が、此処に来て尚更よーくわかった気がするよ。本当ご愁傷様、閣下。
「ルナ、ヴォルフー?」
「ユーリか?」
「そのようだ。…入ってくれて構いませんよー」
「失礼しまーす…わ、すっごい本の数!」
「彼女は無類の読書好きだから。失礼するよ、ルナ」
「何だ、コンラートも一緒か。どうかしたのか?」
「大方、ヨザが帰ってきたのを報告しに来たのだろう?コンは」
「ご名答。思ったより早かったものでね」
「俺は息抜きついでに!運ぶのも手伝いたかったし」
それは助かるな。いくら1人ではなかったとはいえ、かなりの量の書類だ。
2人で運ぶのも大変だっただろうし、どうすれば1回で運びきれるか考えていたところだしな。
ここは素直に甘えるとしよう。4人なら何とかなるだろう。他の皆を待たせるのもあまり良くない。
「持っていく物はある程度、まとめ終わっている。コンとヴォルフは執務室の書類を頼めるか?」
「わかった。行くぞ、ヴォルフラム」
「お前に言われなくても行くに決まってるだろう!」
「相変わらずだなぁ、あの2人は。…ユーリはこれを頼めますか?」
「俺、結構力あるからもっと持てるんだけど?」
「それは有り難いが、あとでフォンクライスト卿にどやされるのは勘弁願いたいものでね」
「あー…ギュンターかぁ…あれ、もう少しどうにかなんねーのかなぁ」
ユーリの呟きに苦笑を浮かべることしかできない。
よく言えば素晴らしい魔王陛下への忠誠心。
悪く言えばうざったすぎる愛情、といったところか。
双黒の魔王の人柄がそう変貌させてしまったのかはわからないが、少しは態度を改めてはくれないだろうか。
毎日、毎日ヴォルフと言い合いをされてしまっては敵わない。うるさいし。そのとばっちりも受けたくない。
ユーリに大した荷物を持たせない理由の大方はそれだが、我が主君に持たせるのは…さすがに気が引けてしまう。
私の辞書にも"遠慮"という言葉が存在していたのか。少し驚きだ。
「ユーリ、ヨザ達は執務室にいるのか?」
「あ、うん。全員そこにいるよ」
「では、私達は先に行くとするか。2人にはかなりの量を任せてしまったから、少し時間がかかるだろう」
奥の執務室にいる2人に軽く声をかけ、私達は魔王陛下の執務室へと向かった。