報告
「やぁっと戻ってきた!グリ江、待ちくたびれちゃったわン」
今すぐ書類を投げ捨てて、扉を閉めたい衝動に駆られた。
いや、むしろ瞬殺だな。
―――チャキ…ッ
「?!ルナッ剣は抜くなーーーっ!!!」
「覚悟は出来てるんだろうな?グリエ・ヨザック!」
剣を振り上げたとこで、戻ってきたコンラートになだめられ、席に座らされた。
チ…ッもう少しだったのに。
「紅茶でも飲んで、気分を落ち着けなさい。ルノアーナ」
「…ありがとう、フォンクライスト卿」
「ヨザもルナを刺激するな。…死にたいのなら止めはしないが」
「死ぬのは勘弁だ…」
「全員揃ったな。グリエ、報告を頼む」
グウェンダル閣下に促されて、結果報告が始まった。
聞いている限り、今は争いが起きている所はない。むしろ、平和なくらいだな。大きな問題が起きていなくて、正直ホッとした。
それも束の間……
「1つだけ。いやーな噂を耳にしました」
「噂?」
「どんな噂だ」
「人間か魔族かはわかんないんですがね?陛下を亡き者にしようっていう、そんな輩が出てきてるみたいです」
「亡き者って……俺、殺されそうなの?!」
「行動に踏み切るかは別として、ね」
「何と不届きな…っ!陛下のお命を狙うなど、死罪に値しますっ」
うーん…何だか不穏な空気だな。
まぁ、どんな良い王でも反感を買うことは少なくない。万人に好かれるのは、どれだけ努力しても難しい。
そんな輩が出てきたとしても、不思議ではないな。上に立つ者の宿命とでも言うべきか?
「噂であることを祈るのみだが、しばらく城内の警護を強化した方がいいかもしれないな」
「…そうだな。ユーリへの謁見もしばらく厳しく確認した方がいいだろう」
ふとユーリに目を向けると、取り乱してはいないがいささか不安そうに見える。
安心させようと、傍に寄った。
「っあ…ルナ…」
「大丈夫。まだ噂に過ぎぬし、私もコンラートも…他にも素晴らしい腕を持つ武人がたくさんいる。例え、貴方を狙う奴が来たとしても…」
貴方には指一本、触れさせはしないから。
「眞魔国第27代魔王、ユーリ陛下」
「はっはい!」
「それでも不安だと仰るなら、私は此処で貴方に誓いましょう。貴方の身が危険に晒された時、貴方の盾となり剣となり…必ずやお護りすることを」
片膝をつき、ユーリの手の甲にキスを1つ。
彼の頬がさっと赤に染まるが、私は別に恥ずかしくはない。これが私の忠誠の証だから。
「気持ちは嬉しい、けど…盾になるとかゆーな。コンラッドもそうだけどっ簡単に腕とか胸とか!命、とか…あげるって言うなよ!」
「陛下、それは…」
「俺を護って死ぬことが前提みたいな…そんなのは嫌だ」
微かに震えているユーリの肩。
命を狙われているかもしれないという不安。私やコンラートが、自分を護って死んでしまうかもしれないという不安。
恐らく、そんな不安がぐるぐると渦巻いているのだろう。涙こそ流していないが、わずかに潤んでいる綺麗な漆黒の瞳。
死ぬな、と…瞳を通して訴えられているような気がして。
「…陛下?貴方は1つ勘違いをしている」
「勘、違い…?」
「私達は武人だ。いつ、何処で命を落とすかはわからない。けどね、ユーリ」
私の言葉に俯きがちのユーリの顔を、両手で挟んで無理矢理瞳を合わせる。
耳から届く声と言葉だけでなく、私の表情と瞳からも気持ちを汲み取って欲しくて。
頭だけでなく、心でもわかってもらえるように。そんな祈りにも似た思いを込めたんだ。
「死ぬことを前提などしていない。昔はね、戦争ばかりだったから生にしがみつこうなど思っていなかったが…」
「今は、違うのか?」
「もちろんです。貴方や此処にいる皆と、一緒に生きていきたいと思っているよ」
「じゃあ、何で盾になるとか…っ」
「それが俺達の仕事だからですよ、ユーリ」
「そう、これはまた別の話だから。ユーリを護るのが私達の仕事で、誇り。貴方の存在は失ってはいけないものなんだ、だから必死に護ろうとする」
「本当に盾になって死のうとか、そんなことは考えていません。…それだけの覚悟と忠誠を誓っていると思っていただけたら」
「覚悟と、忠誠…」
死ぬつもりなんか、ない。みっともなく生に縋りついて、ユーリが造る眞魔国をこの目で見たいからね。
だから…お願いだよ、ユーリ。
「貴方の命を、私達の手で失わせようとしないでくれ。護衛だから、仕事だから…そんな理由だけで命は懸けられない。護りたいから護るんだ」
「そうだぞ、ユーリ。まだまだお前と共にいたいんだ!」
「っじゃあ!俺の為に命を投げ出すようなことだけは、するな」
「…はい、ユーリ」
「仰せのままに、ユーリ陛下」
貴方がそう望むのならば、私達はそれにしっかりと応えよう。どれだけ血を流して傷つこうとも、必ず貴方の元へと戻ると誓う。
それで笑顔を護れるのならば、どんなことでも貴方の望むままに。死ぬなという命令は…場合によっては護れないかもしれないけれど、極力悲しませないようにしたいんだ。
ふふっまだ出会って間もないというのに、こんなにも護りたいと思うなんてな。
本当に不思議な魅力を持った魔王陛下だよ、ユーリは。
「ま、話がまとまったとこで…いかがいたします?閣下」
「そうだな……グリエ、しばらく諜報員ではなく警護にまわれ。血盟城の門と城内、それと城下の警護隊の人数を増やす」
「それなら夜は私かコンラートもそちらに加わろう。ヴォルフが陛下と共にいれば、2人揃わずとも護れるだろう」
「必要であれば私も陛下の護衛に。そのくらいのお役には立てるはずですよ」
「じゃあ、決まりかな?これで」
「僕はいいと思うぞ」
「私もだ。…早速、隊への命令を出す」
話はとんとん拍子に進んだ。いつもどのようになっていたかは知らないが、非常に楽だな。
警護の強化はその日の夜から、ということで決定した。
噂が真か嘘かは全く見当がつかないが…情報が足りない状態で『嘘』だと決めつけるのは危険すぎる。
もし本当だった場合に、取り返しのつかないことになってしまうからな。……噂であることを、心から切に願いたいものだが。