ヒーローの住む街


幼い頃からテレビの中にはヒーローがいた。絵空事でも何でもない、本当に私達を、私達の住む街を守ってくれるカッコイイヒーロー。どれだけバカにされようと、化け物だって言われても、ヒーローの活躍を見るだけで元気になれるような気がしたの。勇気をもらっているような気がしたの。…だから私も、将来はヒーローのようになりたいってずっと思っていたんだ。





「ん〜〜〜〜…っ!」


グッと伸びをすれば、凝りに凝った首や肩がバキバキと不穏な音を立てた。ぐるぐると肩を回しながら時計を見上げれば、もう21時を回っていた。…いけない、少し集中し過ぎちゃったみたい…斉藤さんにも根を詰め過ぎないように、って釘を刺されたばかりだったのに。
これは昔からの悪いクセだ、のめり込むと一気に周りが見えなくなってあっという間に何時間も経っている―――なんてことはザラだった。それはここ、アポロンメディアのメカニックとして働き始めてからひどくなっている一方だと、義兄にも心配される始末。
お節介が過ぎる所もあるけれど、それでも私の心配をし続けてくれる義兄は私の大切な人。あまり心配をかけないようにしようとは思ってるんだけど、…仕事が楽しくていっつもこうなってしまうのです。メカニックの仕事も、ヒーローの補佐も、どれも楽しくて充実している。うん、私は幸せ者だなぁと思うわけですよ、ひしひしと。

さて、お腹も空いたしいい加減帰ろう、と荷物をまとめていると、デスクの上に置きっぱなしにしていた携帯がヴヴヴ、と震えている。長さからして、メールじゃなくて電話…?誰だろう、アニエスかしら?


「もしもし、天宮です」
『ハァイ、千紘!』
「その声…ネイサン?」
『そうよぉ、ちゃーんと名前出てたでしょ?』


…あ、そういえばさっき誰からかも見ずに出てしまった気がする。ボソッとそう呟くと、ネイサンの声が僅かに低くなって自然と背中が真っ直ぐ伸びた。普段はそうでもないのだけれど、怒ったりすると隠れている男の部分が出てくるから、ちょっとだけ驚くのです。
怒られる時はいつもそう。案の定、誰からかくらい確認して出なさい!と怒られてしまい、私は苦笑を浮かべる他なかった。あはは、…こういう時のネイサンってお父さん兼お母さんみたい。


『全く、アンタって子は…!』
「ごめんなさい、ネイサン。それで私に用事ですか?」
『あっそうそう、忘れる所だったわ!ねぇ、もう仕事終わってるわよね?こっちに来ない?』
「こっち?…あ、そういえば今日は飲みに行く、って言ってましたね」


夕方、虎徹に偶然社内で会った時にそんなことを言っていた気がする。アントニオと虎徹は昔からの知り合いだし、ネイサンと虎徹の付き合いもそこそこ長いのもあって、この3人は仲がよろしいようなのです。よく飲みに行く、という話を聞いたことがあったわ。
お誘いを受けてうーん、としばし考える。今日は週末、明日は会社自体はお休み…出動要請がなければ、私もゆっくり休めるはずだし飲みに行っても問題はないかな。お腹も空いてるし、ちょうど帰ろうと考えていた時だからタイミングもバッチリだ。
行きます、とネイサンに返事をして、地図のメールを受け取った所で私は会社を後にした。外に出た所でタクシーを拾った方が早いだろうか、と思ったけど、地図を見る限りだとそこまで遠いお店ではなさそうだしそのまま歩いていくことを選択。

(ここ最近は仕事漬けだったから、飲みに行くのは久しぶりかも)

同僚に誘われることも少なくはないけど、大抵お断りしちゃうのよね。もちろん、歓送迎会にはきちんと顔を出すようにはしてますけど。さすがにそれまでお断りするような人間じゃあござーません!
お世話になった先輩・後輩はごまんといますから、その辺りの礼儀はきちっとしますよー。これでも会社員ですからね、礼儀作法は大事なのです。


「―――千紘さん」
「え?あ、…ブルックスくん?」
「こんばんは。お疲れ様です」
「お疲れ様です、…どうして貴方が此処に?」


虎徹が言っていたのは、ネイサン・アントニオと3人で飲みに行くってことだけ…期待の新人ヒーローの名前なんて、一文字も出てきていなかったはずなのに。それとも私が聞き逃していただけなのかしら?
いや、でもそんなことはなかったはず―――仕事上、というか、私の性格上、人の話を聞き逃すようなヘマはしないように気を付けているし。ううん、尚更わからなくなってきた…一緒に飲みに行くほど、仲が良かった記憶もあまりないんだけどなぁ。

考え込んで黙ってしまった私を見て、ブルックスくんがクスリ、と笑みを零す。眼鏡の奥にある瞳は優しく細められていて、不覚にも胸が高鳴りそうになる。そりゃあ世の中の女性達が黙っていないはずだわ…この甘いマスクにメロメロになるのも頷けるかも。
虎徹と一緒にいる時はもう少しツンツンしているような気もするんだけど、…ああそうか、今此処にいるのが私だから仕事仕様なのかも。


「仕事が終わった後もその笑顔を浮かべているなんて、熱心ですね?」
「何のことです?」
「その笑顔。仕事用の顔でしょう」
「ええ?それは心外ですね…貴方の前で、そのつもりはなかったんですけど」


そもそもオジサンと一緒にいる時の僕を知っているのに、猫を被る必要はないでしょう?
またもやにっこりと笑ったブルックスくん。…まぁ、確かに私もアポロンメディアに勤めているから、タイガー&バーナビーに会うことだって多い。だからブルックスくんが虎徹に辛辣な言葉を投げているのも、時々冷たい態度を取っているのも知っている。それこそ、バディデビューした頃から。
それでも案外、息はピッタリ合ってるみたいだから良かったな、と安心しているのだけれど。


「とりあえず中に入りましょう。虎徹さん達が待ってますよ」


さり気ない仕草で手を取られ、足元暗いから気を付けてくださいねと言われる様は…何だかお姫様とか、お嬢様になった気分なんだけれど。これで私がバーナビーファンだったら、鼻血吹いて卒倒している所かもしれませんね。残念ながら彼は私の好みではないけれど。


「おっ来たな、千紘」
「どうも、お疲れ様です。虎徹、ネイサン、アントニオ」
「お前もな」
「ハンサム、お迎え行ってくれてありがとね〜この子、抜けてる所があるから心配なのよぉ〜」


はい、こっち座って!とネイサンに椅子を引かれて、腰を下ろした先は虎徹とネイサンの間だ。ネイサンの右隣にはアントニオ、虎徹の左隣にはブルックスくんという配置。
あれだなー、こう見てみるとすごいメンバーで飲んでいるものよね。ブルックスくんなんか顔出ししちゃってるから、もうアイドルみたいな感じだし…さっきから女性客や店員さんが、僅かに頬を染めてチラチラとこっちを見てるし。多分、というか、絶対にイケメンヒーローを見ているんでしょうね…他の3人は顔出ししていないから。

(でも虎徹はアイパッチだけだから、わかる人にはわかるかも)

顎髭は特徴的だし。まぁ、目元を隠すだけでも印象って変わるものだけれど、よくよく見たら絶対にバレると思うのよね?ヒーロースーツがいくらフルフェイスだったとしても。


「というか、お三方とブルックスくんは仲がよろしかったですっけ?」
「ライバルとはいえ、同じヒーローだからね。それなりに交流はあるわよ」
「ふぅん…」
「もしかして僕がいたの、迷惑でしたか?千紘さん」
「いいえ、そんなことはありません。…貴方がこういう所に来るのが意外だっただけです」


仕事は仕事、類まれなる合理主義らしいバーナビー・ブルックスJr.はあまり他のヒーローと接触―――という名のなれ合いを好まない、と聞いている。実際、カリーナからも愛想悪い嫌な奴!と何度も愚痴を聞いたことがあったし、虎徹との関係も良好だとは言い難かった。独りでいることを望んでいるかのような、そんな背中だなぁと思ったこともあるくらい。
何度誘っても応じてくれない!と虎徹も嘆いていたから、余計に驚いてしまったのだ。いるはずのない彼がいる、って。

注文した梅酒をちびちび飲みながら、私を挟んで話をしているヒーロー達の声に耳を傾ける。というか、私を跨いで話をするくらいなら真ん中ではなく端っこに座らせてくれればいいのに…ここが居心地悪い、ってわけでもないんだけど、ここに座る必要あった?とは聞きたくなってしまいます。それでも口を挟まないにしろ、彼らの話は面白くてちゃっかり楽しんでたりしますけどね。


―――ガシッ!

「ぅわ!ちょ、ネイサン?」
「それで千紘〜?アンタは浮ついた話って奴、ないの?」
「またそれ…ほーんとネイサンは他人の恋愛事情を聞くのが好きね?」


あったりまえじゃな〜い!と笑うネイサンは、至極楽しそう。本当に楽しそうだ。彼(彼女?)は飲みに行く度に「彼氏はつくらないのか」とか「好きな人はいないのか」とか、飽きずに懲りずに聞いてくる。
その返答は毎度変わらないのだから、いい加減聞くのをやめたらいいのに…色恋沙汰の質問をされても答えはいつだって1つだけ、「いません」なのにねぇ。


「もう、千紘はハンサムと一緒で見目いいんだからもう少し興味持ちなさいよ〜」
「興味ないものは興味ないんだって…仕事が楽しいんだもの」
「…千紘さんは彼氏、いないんですか?」
「いませんよ?しいて言うなら仕事が恋人です」


独り身のテンプレのセリフを口にして、グラスに残っていた梅酒を一気に飲み干した。
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