憧れの中の恋心


「は?!アンタ、タイガーに言ったの?!」
「うん」


週末の仕事終わり。私は珍しく自分からネイサンを誘い、オシャレなバーで飲んでいた。いつも誘ってくれるのはネイサンで、私からアクションを起こすことはほとんどないんです。自分から動くより受け身でいる方が、何よりも楽だからかもしれない。まぁ、簡単に言えば面倒だってことなのかなぁ。

今回、ネイサンを誘った理由は…虎徹に告白をしたからそれの報告をしようかな、って。色々と話を聞いてもらっていたし、心配もかけちゃっていたみたいだから。

それで冒頭のセリフに戻るわけだけど…私が告白するとは思っていなかったらしいネイサンは、いまだにあんぐりと口を開けたまま。そこまで驚かなくてもいいと思うんだけどなぁ…確かに私自身も驚いてはいるけども。
言うつもりなんて、これっぽっちもなかったんだもの。それこそ墓場まで持っていくつもりでいたのに、今の心地良い関係を崩すつもりなんてなかったのに。どれもこれもブルックスくんがあんなこと、私に言うから感化されてしまったんだろう。…とはいえ、言おうと決心したのは私の意志だから、彼はちっとも悪くなんてないんだけどね。


「半ば勢いもあるんだけど、…過去に囚われたままだって言われちゃったから」
「私が同じようなこと言っても、聞く耳持たずだったのにねぇ」
「そう、でしたっけね?」


ああでも、言われたような記憶がないでもない。人というものは、都合の悪いことは忘れていく生き物だからね…仕方ないのかも。
なーんて、ただ私が忘れたいだけなんだけどさ。


「それで?タイガーは何て?」
「ん?そんなのネイサンなら、予想できてるんじゃない?」


カラン、とグラスの中で氷が音を立てる。残っていた琥珀色の液体を飲み干して、数日前の出来事に思いを馳せれば、まるで昨日のことのように思い出すことができて。でも不思議と、泣きたい気持ちにはならないの…どうしてだろう?ブルックスくんに話をした時は、あんなにも苦しくて泣き喚きたい気持ちになっていたのに。

『私はずっと昔から貴方が好きなの。…貴方だけを見ていたのよ』
『千紘……?』
『姉さんと虎徹が付き合ってる時から、私はずっと…』
『…ごめん。千紘の気持ち、嬉しくねぇわけじゃねぇんだけど…応えられねぇよ』
『うん…わかってる。虎徹の気持ちが今でも姉さんに向いてることは、ちゃんとわかってるから』

ただ聞いてほしかっただけなんだ、と言ったけれど…虎徹はずっとごめん、としょげたような顔をしていたっけ。私としてはそんな顔をさせたかったわけではないのだけれど、でも虎徹は誰よりも優しい人だから気持ちに応えられないこと、申し訳ないって思ってくれていたのかもしれないわね。
貴方が気に病むことなんてひとつもないのに、…バカな人ね。だけど、私が黙ったままでいれば彼がそんな気持ちになることもなかったのかもしれないけれど。


「自分でも不思議なんだけどね、聞いてもらったらちょっとだけ楽になった気がしたんです」
「…そう」
「虎徹には申し訳ないことをしたと思うけど、でも…言って良かった、って思えるようにはなったわ」
「少しは成長したのね、千紘。少し前まではタイガーがいなくちゃダメ!って感じだったのに」


ネイサンの言葉に苦笑を浮かべるしかなかった。確かにそうだったんだ、虎徹から離れるなんて考えられなかったし、彼以上にいい人なんていないと思ってたから。いや、虎徹以上にいい人なんていない、とは今でも思ってるんだけどさ。
私の恋は散ったけど、…でもやっぱり、好きな気持ちはそう簡単には消えてくれないみたいです。スッキリしたのだって嘘ではないんだけど、すぐに忘れることができたら苦労しないと思うんだよね。


「アンタの場合、恋と憧れが半々だったのかもしれないわね」
「憧れ…?」
「そう。小さい子が先生や従兄弟に恋心を抱くことがあるでしょう?そんな感じ。憧れを恋と勘違いすること、よくあることなのよ」
「私の虎徹への気持ちも…?」
「全部がそうだとは言わないわ。でも、そういう部分もあったかもしれないってこと」


ああでも、何となくわかるかもしれない。ネイサンの言っていること。虎徹は私の初恋だったから、憧れている部分も…あったのかもしれないわね。


「…けどね、ネイサン。私、本当に好きだったの。心から、愛してたんだよ…!」
「ええ、わかってる。それはタイガーにも伝わってるはずよ?いいから今は、泣きたいだけ泣けばいいわ」


その言葉が合図だったかのように、私の目からはボロボロと涙が溢れ始めた。泣きたくなんてなかったはずなのに、悲しくなんてなかったはずなのに…だってわかっていたのよ?虎徹の気持ちが私には向いていないこと、ずっと姉さんを忘れずにいること、今でも愛しているってことも全部。わかって、いたから…だからフラれても大丈夫だ、って思っていたはずだったのに。


「泣きたいだけ泣いて、スッキリしたらまた前を向けばいいのよ。…ね、千紘」


憧れがあったのは認めます。…けれど、その中にも本気で好きだった気持ちがあったの。嘘じゃないの、本当に私は…虎徹が好きで、好きで、大好きだったの。姉さんの隣で幸せそうに笑う虎徹が、大好きだったんだよ。
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