いつになったら気がついてくれんの

夜遅くにふらり、と立ち寄った酒場。当然、女一人で来ているお客なんていなくて割と目立っている気がする。まぁ、だからと言って今更退散する気にもならないんだけど。だって今日は、どうしても飲みたい気分だったから。
空いているカウンター席に座り、グラスを磨いているマスターにウイスキーのロックを注文した。ついでにおつまみをいくつか。ガッツリ食べて、ガッツリ飲んで、それでスッキリするんだ!心の中で勝手に宣言をして、グラスに口をつける。うっわ、ロックって初めて飲んだけど喉あっつ…!


「…知らなかった、ウイスキーって強いんだ…」


そんなにお酒に強くないから、普段はカクテルばっかり飲んでるしなぁ…そういえば、前にアイツが飲んでたウイスキーの水割りを一口もらった時も喉が熱くなった記憶がある。なんだ、学ばないなぁ私。チビチビと飲みながら、そしておつまみをつまみながらも思い出すのはアイツと過ごした日々で。忘れる為に酒場に立ち寄ったはずなのに、これじゃあ何の意味もないじゃないか。くそぅ、ウイスキー以外を頼めば良かったんだ…よりにもよってよく飲んでたお酒を頼んだら、こうなることなんて目に見えていたはずなのに。

そう。私は今日、長年つき合っていた男にフラれたのです。

他に好きな子ができたから、って。結婚しようとか言ってたくせにあっさりと別の女の所へ行ってしまった。引き止めることだってできた、でも私はそれをせずにアイツの背中を蹴り飛ばして「どこにでもいっちまえ」と叫んだのである。なかなかにすごい光景だったのではないだろうか。
だってさぁ、愛されてないってわかっちゃったのに一緒にいることなんて…どう考えたって無理でしょう。無理無理、私には耐えられない。愛したいけど、それと同じくらい愛されたいもん。傍にいてくれればそれで、なんて綺麗事、私は何十年経っても言えそうにない。言いたくもないけど。
…でも、これっぽっちもショックを受けていないわけじゃない。むしろバッキバキに心は折れていると言っても過言ではない。好きだったんだ、一生に一度の恋だって本気で思ってたんだ。


「なーに淋しく一人で飲んでんだよ、なまえ」
「……悟浄」
「辛気くせぇ顔。なに?フラれた?」
「フラれた」
「えっマジ?!」


うるっせぇわ、バカ。
さり気なく隣に座りやがった悪友の横っ腹に一発お見舞いする。いてぇなって言ってはいるけど、コイツ、絶対に1ミリもダメージ受けてないと思う。いいけど、こっちだって本気で殴ったわけじゃないし。


「他に好きな子ができたんだって。ついさっき、背中蹴り飛ばしてきた」
「お前の蹴り、強烈だから彼氏吹っ飛んだんじゃねぇの?」
「うん、綺麗に吹っ飛んでた。勢いつけてやってやったし」
「…でも泣くんだ?」


ボロボロと涙を零し始めた私を見て、グラスを傾けながら悟浄は苦笑を浮かべた。ソレを拭うこともせずにウイスキーを飲み続けていれば、悟浄は乱暴に私の頭を撫で回す。
コイツは私が落ち込んでいる時とか、必ず頭を撫でるんだよね。それで最後にポンポン、と2回叩いておしまい。何の意味があるのかわからないけれど、何度もされているうちにそのポンポンが気持ちを切り替える合図になっていたんだよなぁ。


「ま、お前あの彼氏にベタ惚れだったもんなぁ」
「っく、…だ、だって本気だったもん。本気で好きで…っ」
「ああ、知ってる。なまえがどれだけ彼氏を好きだったかは、よーく知ってるよ」
「なにが俺のことは忘れて幸せになってくれ、よ!今アンタのせいで不幸まっしぐらだわ!!」
「はいはい、やけ酒ならとことんつき合ってやっからもう少し弱い酒にしろ」


握りつぶさんばかりの力で持っていたグラスは、いとも簡単に取り上げられてしまった。代わりに渡されたのは、私が好んでよく飲んでいるカルーアが注がれたグラス。いつの間に頼んでたんだ、この男。有難く頂くけど。
泣きながら叫んだおかげか、あれだけ流れていた涙も止まりつつある。うん、ちょっとスッキリしたかも。今日、たまたま悟浄に会えなかったらあのまま欝々としたままだったかもしれない。泣きたくても泣けなくて、もしかしたら家で泣きはらしていたかもしれない。それを考えると、…会えてよかったのかも、と思う。


「…悟浄、ありがと」
「どーいたしまして」
「偶然、会えて良かったよ。スッキリした」
「スッキリしたなら良かったけど、…本当に偶然だと思うか?」


ニヤリ、と笑った悟浄の顔が、視界いっぱいに広がった。何が何だかわからなくて今、何をされたのかハッキリと理解する前に私はガタガタッと椅子から転げ落ちたのだけれど。
え、だって、え?ちょっと待って、本当に今コイツは何をしやがった…?!


「誰かに夢中なお前も可愛いけどさ、そろそろ俺にも愛されてよ?」
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