ぼく色に染まって

 side:大和

ふわり、と香った甘い香り。それを辿っていくと、行きついた先は姐さんで。珍しい、香水つけてんだな…いつもはつけてなかった気がするんだけど。
それを知っている俺は気持ちが悪いな、と思うけれど、わかっちまったもんは仕方がないと開き直る他に術はない。いや、あるだろうけど開き直りだって生きていくには大事なことだ。うんうん、と内心頷いていると、さっきと同じ香りがして視線を動かした。


「…マネージャーも香水つけてんの?」
「え?あ、はい。…ん?マネージャーもって、」
「さっき姐さんからも甘い香りがしたから。同じやつ?仲いーね」
「ああ、いえ、お揃いで買ったとかそういうわけではなくて…頂いたんです」


そう言ってマネージャーが笑った。頂いた?プレゼントってこと?え、なにそれ。2人、同じものもらったってことか?…ちょ、誰からだよ。しかも香水をプレゼントって、男だったら下心丸出しじゃね?


「ほら、TRIGGERの皆さんが香水のCMに出演なさったじゃないですか」
「あー、うん、見た見た」
「それでそのサンプルを頂いたんです、楽さんから」
「…八乙女かぁー…」
「大和さん?」
「いや、何でもない。気にしないでいーよ」


よりにもよって八乙女かよ。アイツはマネージャーしか見えてねぇし、多分、下心とかそういうの関係なく―――マネージャーにはあるかもしれないけど―――似合いそうだから、って理由であげたんだろうなぁ。マネージャーも姐さんも、メイクとか服装はしっかりしてっけど香水はつけてなかったし、ちょうどいいって思った可能性もある。
そこまで考えてスン、と呼吸すれば、また香る甘い香り。それにこの香りは、男には使いにくいかもなぁ。女向けの香りだし。あげたのがアイツなら仕方ないと思う反面、何ていうかこう…モヤモヤッとした気持ちが広がっていって、首を傾げた。あー、これってめちゃくちゃ恥ずかしいやつか…?


「大和さーん、帰るぞー!」
「……ミツ、ちょっと相談があんだけどさ」
「珍しいな、なになに?」
「この辺で香水、とか買える場所、知らない?」
「香水?んー…そういや、ナギがでっかいショッピングモールがあるとか言ってたっけ」


ショッピングモール…そこなら売ってるかもしんねぇな。まだ夕方だし、店も開いてる時間だ。思い立った時に行っておかないと、絶対に時間なんて作れなくなる。幸い、今日の仕事はこれで終わりだし飲みの予定も入ってない。ミツとマネージャーに言っておけば、他の奴らにもそれとなーく伝えといてくれんでしょ。


「んじゃ俺、そのショッピングモール寄ってから帰るわ」
「それはいいけど…つき合おうか?買い物」
「え。」
「いや、1人がいいならそれでいいんだけど…何か悩んでるっぽいから」


ミツの申し出は有難い。すっげー有難い。言われた通り、悩んでる…というか、これから悩む予定だし(多分)。1人でうんうん唸って選ぶより、誰かの意見を聞きながらの方がいい気はしている。しているんだが、…理由が理由だから話すのがハズイっつーか…あとプレゼント、の、予定だもんで自分で選びたいっつー変なプライドみたいなもんもあるんだよな。
うぐぐ、と悩みに悩んでいると、成り行きを見守っていてくれていたミツがぶはっと盛大に吹き出した。おいお前さん、それはさすがに失礼すぎねぇ?


「ふはっ…あはははっ!大和さんすっげぇ百面相!」
「…っせぇな」
「ひー、笑った笑った!お詫びにつき合うよ、マネージャー達に言ってくるからちょっと待ってて」
「あっおいミツ!」


行っちまったよ。でもまぁ、…せっかくの厚意だし、有難く受け取っておくのが正解ってやつなのかもね。これは。変装用のキャップをかぶり、椅子に深く腰掛けた。
そして程なくして戻ってきたミツと共にショッピングモールへやってきたわけなのだが……香水ってこんなに種類あんの?マジで?


「全っ然わかんね…香水にもブランドってあるのかよ」
「あるよ。ほら、TRIGGERがCMやってんのだって有名なブランドのだし…これこれ」
「…ああ、聞いたことある。このブランド」
「でも姐さんはこういう香りより、もっと自然な方が似合うんじゃない?」
「だよなぁ。だったらこっちの―――…んん?」


会話が自然すぎて俺も普通に答えちゃったけど、ミツ今、姐さんはって言った?言ったよな?俺の聞き間違いとか、そんなんじゃないよな?ギギギ、とまるで壊れたブリキ人形のような動きでミツの方を見ると、キョトンとした顔でなんだ?って言われた。
なんだじゃないよ、なんだじゃ。むしろそれは俺のセリフだよ、なんだよさっきの言葉。あれじゃまるで、俺が姐さんに香水を買いに来たのを知ってるような言い方だったじゃないか。俺、何も言ってないよね?香水買える場所を知らないか、って聞いただけだったよね?


「だって大和さん、自分の買いに来たわけじゃないだろ?」
「ええー…すでに決めつけ」
「あんまり好きじゃねぇじゃん、香水。それに悩んでる風だったし、ちょっと挙動不審なとこもあったからそうかなって」
「改めてお前さんの観察眼こえーわ…」
「へへっ当たってたー」


わかってんなら隠しても無駄か。素直に姐さんにあげたいんだ、って話をすれば、ミツは更に笑みを深くして「んじゃ真剣に探さないとだな!」だと。コイツは俺が姐さんや他のメンバーの話をしたりすると、すっげぇ嬉しそうな顔するんだよなー…どうやら前の俺はそこまで他人の話をしなかったらしいので。+表情が柔らかくなったし、素直になったよなーとも言われた。自分じゃわかんねぇけど、そうらしい、です。


「ん、これいいかも」
「どれ?…あ、柑橘系じゃん。爽やかでいいんじゃない?」
「…八乙女が贈ったやつも、姐さんに合ってるとは思ったんだけどな。一応」
「ほーんと理由が可愛すぎておっさんらしくねぇよなぁ」
「おっさん言うな、七五三」
「うるっせぇよ」





結局、柑橘系の香りの香水を買って、俺は事務所へと向かっている。もちろん、姐さんが残業しているのはラビチャで確認済み。もうひとつおまけに言い足せば、俺は今コンビニへ行くという名目で寮を抜け出してマス。
あいつらは全員俺達の関係知ってるし、素直に事務所へ行ってくるって言っても良かったんだけど…何となく、未成年もいるから憚られたのである。そしたらプリンやらアイスやら頼まれたけどな。


「あーねさぁーん」
「二階堂さん。お疲れ様です」
「お前さんもね。お邪魔して平気?」
「ふふっラビチャでも同じこと聞いてきていたじゃないですか」


コーヒー淹れてきますね、と立ち上がろうとした彼女を座り直させ、マネージャーの椅子を拝借した。そしてズイッと香水の入っている袋を差し出せば、元々大きな瞳を更に大きくさせてビックリ顔を見せてくれた。
あ、こういう顔もするんだ可愛い。戸惑いながらもちゃんと受け取ってくれるとこも、可愛いと思う。


「何ですか?これ…」
「お兄さんからのプレゼント。受け取ってくれると嬉しいんだけど?」
「私、誕生日じゃないです」
「うん、知ってる。…迷惑だった?」


意地の悪い質問をしてるな、という自覚はあるけど、こういう言い方をすれば姐さんは断れなくなるのを知ってるから。突っ返されたくない一心で、ズルい言葉を吐いた。案の定、姐さんはブンブンと首を横に振って、そんなことはないですと小さな声で言う。


「開けてみて」
「は、はい……香水、ですか?」
「そう。お前さんに合うかなーって思って」
「柑橘系の香りなんですね。好きです、この香り」
「それは良かった」


ちゃぷん、と中の液体が揺れる。ゆらゆらと揺れるソレは、昼間の俺を表しているかのような…不思議とそんな気分になる。ボケーッと姐さんの手の中に収まっている瓶を見つめていると、心底不思議そうな声音で「でもどうして急に?」と聞かれてしまった。
聞かれるだろうな、とは覚悟してたけど、実際に言わなくちゃいけない場面になると尻込みすんだなぁ。今更だけどめちゃめちゃカッコ悪い理由すぎて、言いたくない。かと言ってこのまま逃げられる気もしていない。こう見えても俺、姐さんには弱いんだよ。


「二階堂さん?」
「……香水、つけてるだろ。八乙女にもらったってやつ」
「どうしてそれを…あ、紡くんですか?」
「うん、同じ香りしたから聞いたの。…あー、それで…その、『八乙女から』っつーのがどうしても嫌で」


だから、買ってきた。
姐さんから視線を逸らして言い切ったものの、もんのすげぇ恥ずかしくて顔あっつい。視線逸らして正解だった、こんなこと面と向かって言えるか!!背もたれに置いた腕に顔を埋め、胸の内で思いっきり叫んだ。赤くなっているであろう顔を隠したつもりだけど、きっと彼女は全てお見通しなんだろう。ああ、くそ。


「〜〜〜お願いだから何か言って?!」


沈黙が流れ始めて数分。ついに耐え切れなくなった俺は、ガバッと顔を上げて今度は声を出して叫んだ。でも姐さんが嬉しそうに笑うから、その後は何も…言えなくなっちまった。


「嬉しいです、香水も…二階堂さんがヤキモチ妬いてくれたのも」
「う、」
「これ、毎日つけますね」
「…うん」


ぎゅうっと彼女を抱きしめると、やっぱりあの甘い香りが広がったけど―――でも何だろう、昼間ほど…嫌な気持ちにはならなかった。
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