会いに行くよ、

臣と出会ったのは、私が大学3年生の時。新入部員として写真部の部室を、彼が訪れたのが最初だったと思う。
第一印象は『何食べてここまで大きくなったんだろう』だった。それを臣に話した時は、それはもう大笑いだったよ。斜め上すぎる、って。いや、だって仕方ないじゃん?!実際にそう思ったんだしさぁ…新入生とは思えなかったですよね、とりあえず。同い年か、もしくは上だと思ってた。自己紹介されるまで。


「あれからもう1年かー…あっという間だねぇ」
「何ですか、急に物思いに」
「ん?んー…何でだろうなぁ」


溜息と共に吐き出した言葉に、飲み物を持って戻ってきた臣は苦笑を漏らした。


「でもまぁ…確かにあっという間でしたね。先輩と出会ってからは特に」
「お、それはいい意味?それとも悪い意味?」
「ははっ悪い意味ってどんな意味ですか」


いやぁ…だって思い返すと、臣には迷惑しかかけてなかった気がするしね。飲み会に参加して終電逃して送ってもらったり、具合悪くなって介抱してもらったり、財布忘れてお昼ご飯奢ってもらったり………あれ?これって本当に悪い意味であっという間な1年間だったんじゃないか?よく嫌われなかったな、ここまでやって。
黙り込んだ私を見て、臣はまた吹き出したけど何故だ。それに関しては解せぬ。


「なんですか臣」
「ふ、くくっ…すみません、百面相してるのが面白くて」
「臣ってほんと、変なとこ正直だよねぇ」


やり過ぎなくらい他人のことを気遣ってしまうタイプのくせに、今みたいに黙っとけよ!ってことをズバッと言ってくる。だから変なとこ正直、って言ったわけさ。…いいんだけどさ、別に。変に隠されるよりも、こうやって言ってくれた方が気が楽だし。
先輩として敬ってもらえないのはアレだけど。まぁそれも、気を許してくれていると勘違いしておけば悪くもないかな。勘違いしておけば、って言ってる時点で落ち込みたくはなるけど。


「悪い意味なんて、ひとつもないですよ。楽しくて、あっという間でした」
「…そ。」
「先輩、就職決まったんですって?」
「え?ああ、うん、…あれ?私、臣に言った?」
「いえ。小耳に挟みました」


あー…部室で誰かが話してたのかな。もちろん、臣にも連絡しようとは思ったんだけど……なんかこう、卒業って文字が現実味を帯びてきちゃったもんだからやだなーとか考えてるうちに、そのまま忘れてたってオチです。
卒業したくないとか、社会人になりたくないとか、もっと学生でいたいとか、遊んでいたいとか、そういうことではなく―――単純に、もう臣とは気軽に会えなくなるんだって思ったら、嫌だなぁって思っちゃったのよね。

(そういう対象として、見てた覚えはないんだけどなぁ…)

ガタイはいいし、いまだに年下って信じられないけれど、それでも人懐っこい笑みとかが可愛くて仕方ないただの後輩だったはずなのに。そもそも年下に興味ないし、恋愛対象でもなかったはずなんだけどなぁ。それがどうしてこうなった。私が一番聞きたい疑問だわ。私がわからないんじゃ、誰にもわからない問題でもあるけどね!


「…先輩?」
「ッ?!…あ、ごめん、呼ばれてた?私」
「何回か呼びました。具合悪いですか?」
「ううん、平気。ちょっと考え事…なに?」
「明日の夜って時間もらえません?」
「何も用事ないからいいけど…」
「良かった、じゃあ19時に駅前で」


にっこり笑った臣は、講義が始まるからと言って立ち去った。





「一体、何だろうと思えば…食事の誘いだったのね」
「というか、就職祝いですね」
「就職祝い?私の?…あ、これ美味しい」
「他に誰がいるんです。こっちのも美味しいですよ、交換しません?」
「まぁ、そうなんだけど…はい、どーぞ」
「ありがとうございます。先輩も」
「さーんきゅ」


約束通り19時に駅前に行くと、すでに来ていた臣に「メシ行きましょう」と言われましたとさ。そして今に至る。改まってメシ行きましょう、なんて言われたことないし、どこに連れて行かれるんだってビクビクしてたら行きつけの定食屋さんでした。
ここ安いのに美味しいからよく来るんだよね。臣のことも1〜2回連れて来たことあるかも。だからこそ、今回はここに連れてきてくれたのかもしれないけど。夜はお酒も提供してくれるしね、この定食屋さん。


「先輩、酒はほどほどにしてくださいね」
「ん?うん、大丈夫大丈夫。さすがにこの4年で学んだよ」
「去年まで何度も酔いつぶれてた人の言葉じゃないですけど」
「うっ」
「まぁ、楽しんで飲んでる先輩も好きですけどね。俺」


ビールを吹き出すかと思った。何とか堪えてごくん、と飲み込んだけど。
…えっ今のはガチ?それとも冗談の類?どれ?!


「ええっと、」
「先に言っておきますね。冗談だとか、思わないでくれ」
「ちょ、臣、いつもと口調違う……!」


こいつ酔ってんの?!と思ったけど、顔は赤くなってないし、変な言動の割には目が据わっているわけでもない。ということは、完全な素面だということで。そこではた、と気がついた。私と違って、臣は最初からソフトドリンクしか飲んでねぇやってことに。つまり、気の迷いでもない限り本気で言っていることになるわけですね。臣は。
思わず後退しそうになったけど、すぐに椅子の背もたれにぶつかってガタン、と音を立てる。それに気を取られているうちに、テーブルの上に置いていた手をスルリ、と掴まれた。ドクリ、と音を立てる心臓を今すぐ握りつぶしたい…!


「先輩、ずっと貴方が好きでした」
「ひぇ…?!」
「いや、過去形じゃないな…今も、貴方が好きです」
「ま、……マジで?」
「マジです」
「気の迷いとかではなく…?」
「それが1年も続くと思いますか?」


思わないです、すみません。ちょっと待って、本当に処理が追いつかない…ええっと、臣が私を好き…?え、好き?


「臣って私のこと好きだったの?!」
「声でかっ…!つーか、何で時間差で驚くんだよ!」
「あ、ごめん…状況整理してたらこう、改めて…?」


噛み砕いて、飲み込んで、ようやく今の状況を理解した。私は今、正に今!臣に告白をされた、ということだそうです。
うわ、理解したら顔っつーか色んな所があっついんですけど!これ絶対アルコールのせいだけじゃない。むしろ、臣の発言が一番の原因だと思います。というか、これは返事をすべき…なんだよな。


「あの、ですね…私も、臣のことは好きだよ。後輩としてじゃなく、男として」
「はい」
「でも、ほら…私、もう卒業して社会人になるじゃない?今みたいに気軽に会えなくなっちゃうし、それに配属が他県になる可能性もあるから…だから、」
「簡単にいかないことは俺もわかってますよ。…でも俺は、会いに行きたいです」


もし、他県に配属されても俺は、先輩に会いに行くよ。
そう言って笑う臣は、今まで見た中で一番優しい顔をしていた。掴まれていた手に力を込め、きゅっと彼の指を握ればまた嬉しそうに笑って。断った方がいい、と思っていた気持ちはどこへやら、私は「よろしくお願いします」と言葉を紡いでいたのだった。卒業を間近に控えた冬、臣と私の関係は少しだけ変化したのです。


「これからなまえ、って呼んでもいいですか?」
「うん。敬語も、いいよ。せっかくつき合う、んだ、し…!」
「…っはは!自分で言って照れるなよ」
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