その笑顔のままで

サークルの定期公演を控え、ここ最近は寮に帰るのも大分遅い時間だ。だから臣くんや綴くん、いづみさんの作ったご飯もまともに食べられない日々が続いている。お昼はいつぞやの逃亡劇の時のように、臣くんにお弁当を託された綴くんが私を誘ってくれているのでちゃんと食べているのだけれど…夕飯はそうもいかないから、コンビニだったり携帯食だったり食べなかったり、という不規則すぎる食生活を送っているわけです。
そんな生活もあと少しで終わりを迎えるのだけれど。粗方準備を終えた今日は、ひっさしぶりにサークルはお休みです。


「…みょうじ?」
「あ、左京さん。お疲れ様です」
「なんだ、今日は早いんだな。サークルが忙しい、と伏見と皆木に聞いていたが」
「準備が粗方終わったのと、本番も近いのでここらで休憩挟もうって話になったんで今日は休みです…!」


いつ以来の休みだろう、と遠い目をしたくなる程に久しぶりの!
今日の夕食当番は誰だろう。誰でもいいや、手作りの温かいご飯を食べられるだけで私は幸せだ。


「左京さんはお仕事中ですか?」
「いや、俺も帰る所だ。……みょうじ、少し帰りが遅くなっても問題ないか?」


腕時計で時間を確認した左京さんが、私に問う。急ぎの用事はないし、それはいいんだけれど…急に何だろうか。首を傾げながらも大丈夫ですけど、と返事をすれば、じゃあつき合えと彼は踵を返した。左京さんが向かったのは商店街だったから、何か買い足さなくちゃいけないものでもあるのかな〜なんて思ってたんだけど、いつも行くドラッグストアなどを通り過ぎていく。それはもう華麗にスルーしております。
いよいよ何処に連れて行かれるんだ…?!と不安になってきた時、ずんずんと先を歩いていた左京さんが足を止め、振り返った。此処だ、と彼が指差したのはレトロな喫茶店だった。おおう、何かとても意外な所へ連れて来られた気がします。


「時々、仕事が終わった後に寄る行きつけだ。静かでいいぞ」
「へぇ…いいんですか?せっかくの行きつけの喫茶店を私に教えちゃって」
「別に俺だけの店じゃない。いい場所は教えたくなるだろう」


ああ、まぁ…それはそうかも。隠れ家みたいな所は秘密にしておきたい気持ちも大きいけど、お気に入りのお店とか美味しいご飯とか、共有したくなる時ってあるよね。教えてあげたいとか、一緒に行きたいとか、一緒に食べたいとか…うん、あるある。
でもそれが左京さんにもあったっていうのは、とってもとっても失礼なのわかってて言うけど意外過ぎて変な声出そうだった。堪えられて良かったけど。変なこと口走ったら絶対、拳骨食らうと思うしね…疲れた体にそれは勘弁してもらいたいもの。


「でも何で急に喫茶店なんです?」


注文を終えた所でようやく私は疑問を口にした。あっという間に此処まで連れて来られてしまったし、何より左京さんがずんずんと先に行ってしまっていたから、話しかけるタイミングを掴み損ねていたのです。そして今に至る。
別に理由なんてあってもなくても、どっちでもいいんだけど。ただ何て言うか…会話するきっかけが、欲しかったのかも。寮にいても左京さんと会話することって、他の皆と比べればかなり少ない方だからさ。


「…お前、自分の顔を鏡で見たか?」
「え?毎朝、洗顔の時に見てはいますけど…そんなじっくりとは」
「疲労だとは思うが、ひでぇ顔をしてる。ちゃんと睡眠と食事をとってねぇだろう」
「う…」


ごもっとも。汗をかいたグラスに口をつけながら、そっと視線を逸らした。臣くんの瞳もそうだけど、左京さんの瞳もこう…色んなものを暴いてしまいそうな光を灯していて、じっと見つめられるのはちょっと苦手だ。暴かれたら困るような大層なことは何もないんだけど、グッと喉が詰まるというか、何も隠してなかったとしても自然と視線を逸らしたくなる衝動に駆られるのです。
何も隠してないなら堂々としていればいいだけなんだけどなぁ…何なんだろう、これ。きっと誰に聞いても首を傾げられるだけだと思うので、そっと自分の胸の中にしまっておきますけれども。


「もう少しで落ち着くので、そうしたらちょっと休みますよ。…多分」
「言いきれよ」
「無理です。だって破るの目に見えて、…いたたたたた!」
「口の減らねぇガキだな、お前は…!」


思いっきり頬を抓られ、それを偶然にも目にした店員さんがクスクスと笑いながら注文した品をテーブルに並べていく。ごゆっくり、と言うのも忘れずに。うっわ、恥ずかしい所を見られてしまった…!


「とりあえず飲め。それで少しはゆっくり羽を伸ばしていけ」
「……ああ、そういうことか」


わかりにくいような、わかりやすいような、そんな左京さんの優しさに苦笑を漏らし、運ばれてきた紅茶を口にした。うん、美味しい。さすが左京さんのお気に入りのお店なだけあるなぁ。
美味しい紅茶を飲んで、この静かな空間で少しだけ休んで…そうしたらまたきっと、頑張れる気がする。ううん、頑張ろう。最後まで突っ走ろう。


「ありがとう、左京さん」


返事こそなかったけど、彼の口元に薄らと笑みが浮かんだのが見えた。
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