お誘いはスマートに
静かな室内にタンッとエンターキーを押す音が響き渡った。ふう…ひとまずこれで出来上がり。書類整理は終了っと。
ん〜っと大きく伸びをして時計を確認すると、もうすぐ20時になろうとしていた。確か、二階堂さんの撮影終了の時間は22時…ここから郊外のスタジオまで車で1時間弱。道が混むことを想定すると、もう出ておいた方が無難かなぁ。早めに着くのは何も問題ないもの。遅れてしまって待たせてしまう方が、断然嫌だ。時間が余るようならコンビニに寄って時間を潰せばいいし。
そうと決まれば、とパソコンの電源を落とし、戸締りを確認してから事務所を出た。
「姐さん」
「お疲れ様です、二階堂さん」
「悪いな、迎えに来てもらっちゃって」
「いいえ。連日の過密スケジュールでお疲れでしょう?電車で帰るのだって一苦労のはずですよ」
今日はたまたま紡くんも、万理さんも、私も手が空いていなくって二階堂さんは1人で撮影に臨んでいた。それはよくあることだし、二階堂さん自身もあまり気にはされていないのだけれど、くたくたに疲れているのに電車で帰って頂くのはさすがに申し訳なくって。
なので、夕方から事務所で書類整理をする予定だった私がお迎えを引き受けたのです。書類整理さえなければ、夕方からこっちに来ることもできたんですけどね。そうはいきませんでした。
「コンビニでコーヒーを買ってきたのですけれど、飲みます?」
「サンキュ。車の中で飲むわ」
「わかりました」
ちゃっちゃと着替えたらしい二階堂さんと一緒にスタジオを後にすると、ふっと見上げた先にたくさんの星が出ていた。この辺りは都内程、街灯が多くないからよく見えるんですねぇ。満天の星空ってこういうことを言うんでしょうか。
ほう、と感嘆の息を漏らして立ち止まっていると、するりと指が絡まってビクッと肩を揺らしてしまいました。本当にこの人はもう…!
「星は綺麗だし、俺も見惚れちゃったけど…あんまり余所見しないで」
「…珍しいですね、そんなこと言うなんて」
「そりゃー久々の2人きりですから。…なぁ、このままデートしませんか?」
繋がれた手をグッと引かれ、彼の胸へと飛び込む形となった。そして頭上から降ってくる言葉にビックリしてしまう。
デート、って…今から、ですか?いえ、二階堂さんは明日オフですから本人がいいのであれば構いませんけど…さっきからとても珍しいことを言われているような気がします。嫉妬だって、普段はあまりしないですし。それを素直に言葉にすることだって少ないと思う。
二階堂さん曰く、昔よりはかなり素直になったよって言ってはいましたけど、それでもまだ飲み込むことの方が多い人だから。それを言うとお前さんが言うな、と眉間にシワを寄せますが。
「デートは…とても魅力的ですけど」
「ちゃんと休んでくれって?」
「…はい」
「ははっ姐さんはいつだって俺の心配してくれんのね」
「そりゃあそうですよ!大事な、人ですから…」
小鳥遊事務所の看板アイドルグループの1人だからじゃない。いえ、そういう理由だってもちろんないわけじゃない。でも、でも私が二階堂さんの心配をする一番の理由は―――大切で、大好きな人だからだ。
好きだから一緒にいたい気持ちだってあるけど、それ以上にゆっくり休んでほしいって気持ちが強いの。いつだって。私を優先しようとしてくれているのは嬉しい、それは本当。嘘でも何でもない。でもやっぱり、…今は自分自身を優先してほしい。それでゆっくり休んだらまた、デートしようって誘ってください。
「うん、じゃあそうするよ。未成年を遅くまで連れ回すわけにもいかないしな」
「デートは、できませんけどっ…」
「姐さん?」
「二階堂さんがいい、なら、…少しだけ遠回り、して帰りませんか……!」
私なりの譲歩というか何というか!さっき、休んでほしいとかつらつらと言葉を並べたくせに、意思が弱いなぁ。私。
言ってしまった後にこっそり自己嫌悪に陥っていると、いまだ繋がれたままだって手を引かれた。彼は迷うことなく私が乗ってきた車の前まで足を進め、そこでようやく歩みを止めて振り向いた。月の光に照らされた二階堂さんの顔は、薄らと赤く染まっていらっしゃる。
「俺、小腹減ったな。肉まんとかさ、買って食べながら帰ろうぜ―――なまえ」
「っはい!」
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