君からのS.O.S

臣くんは昔から世話焼きで、甘やかすのが上手だった。弟がいるからっていうのが最大の理由だろうけど、元々の性格もあるんだろうなぁ。一人っ子である私はいつだってアイツに世話を焼かれて、甘やかされて過ごしてきた。
でも私は今まで、アイツに甘えられたことは一度もない。それは幼なじみから恋人へと関係が変わっても同じで、いまだに私ばかり甘やかされている状態だったりする。それが嫌だとか、居心地が悪いとか、そういうことでは決してないんだけど…私ばかり、とはやっぱり思ってしまうわけで。私だってアイツを甘やかしたいのに。そうじゃなきゃフェアじゃないでしょう?


「あっなまえチャン大変大変!!!」
「…え、なに?」


朝ご飯の支度をしていたら、いつもギリギリに起きてくる太一くんが部屋着のままバタバタと談話室へと駆け込んできた。そこそこ大きな声で大変なんだ、と言いながら。でもその肝心な中身を口にしてくれないもんだから、何が大変なのかさっぱりだ。すでに起きて朝食を食べている至さん、紬さん、丞さんもどうしたんだ?と首を傾げるばかりです。うん、そうなりますよね。私だって首を傾げたい。
どうしたの、と声を掛けると、理由を説明する前にとりあえず部屋に来て!と思いっきり引っ張られてコケそうになる。わかった、わかったから!ついていくからそんなに引っ張らないで!体勢を必死に立て直し、太一くんについていった先にあったのは―――105号室。太一くんと臣くんの部屋だった。


「臣クン大丈夫?!」
「七尾、うるせぇ。静かにしろ」


これまたドアを思いっきり開けて、思いっきり叫んだ太一くんを諫めたのは左京さん。んん?何で左京さんがここに…というか、太一くん、さっき「臣くん大丈夫?」って言ったよね。大変ってまさか、臣くんに何かあったの?!風邪ひいて倒れたとか?!
とっとにかく現状を把握しよう、と部屋に足を踏み入れたのだけれど…見上げたベッドに捜し人の姿はなかった。あれ?いない…じゃあソファで倒れてるとか?視線をそっちに移してもやっぱりいない。えええ…どこにいるの、あのバカ。


「みょうじ、伏見ならここだ」


左京さんに言われてそっちを見てみたけれど、視界に映るのは左京さんだけ。いよいよ首を傾げた私を見た左京さんはあからさまに溜息を吐き、もう少し下だ、と言いました。
え?下?


「お、おはよう…なまえ」
「おはよ……どういうこと?」


目を向けた先にいたのは、明らかに小学低学年くらいの男の子。でも私にはわかる、この男の子は臣くんだ。


「俺っちが起きた時には、ちっこい臣クンがベッドにいたんすよ〜」
「半信半疑だったが…やはり伏見で間違いないんだな?」
「あ、はい。小学校入学したくらいの頃…かな、多分」


どうやら左京さんは、この子が臣くんだとは完全に信じられなかったらしい。まぁ、体が縮むとかファンタジー要素強すぎるしね。本人から聞かされても信じきれないと思う…私だって縮んだのが幼なじみじゃなかったら、一番最初に思うのは『嘘でしょ』だと思うし。
それにしても、何がどうなってこうなったの?幸い、記憶はそのままっぽいけど。


「…何か変なも拾い食いした?臣くん」
「おまえはおれをなんだとおもってるんだよ…」
「いや、だってファンタジーすぎるじゃんこんなの」


何かしら原因があるとは思うんだけど、ファンタジーのような怪奇現象のようなコレを説明できる人はいるのだろうか。とりあえず、このままこの部屋にいるわけにもいかないし…一旦、談話室へ行くしかないかな。至さん達も何事だって思ってるはずだから、説明しないと。
1日で戻るんだったら体調不良ってことにして、部屋に籠らせればいいけど…原因不明とあっては、いつ戻るかもわからない。その間、ずっと体調不良ってことにはしておけないし、部屋に籠りっぱなしっていうのも辛いからね。だったら、先に説明して把握してもらった方が断然いいと思うのです。


「あ、なまえちゃん大丈夫だった………え、隠し子?」
「そんなわけないだろ、紬…」
「朝からすっとぼけかましたなぁ」
「ええっと、原因不明ですが…臣くんが縮みました」


この子が臣くんです。とてとてとついてきていた臣くんを抱き上げ、そう説明をすれば、談話室へ集まってきていた面々は一瞬だけ固まり叫びました。叫ばなかった人もいるけど、でもビックリした顔はしていらっしゃる。うん、まぁそうなるよねぇ。だって普通に考えて有り得ないでしょ、体が縮むって。当の臣くんも皆の様子を間近で見て、苦笑を浮かべている。
私達もこの状況にビックリしてるけど、でも一番ビックリしてるのは臣くんなんだよね…朝起きたら縮んでたとか、ビックリするどころの騒ぎじゃなかったよ。きっと。それでも臣くんは叫びもしなかったんだから、すごいよね。…驚きすぎて放心状態だった、ってこともあるけど。





「というわけで、今日は私が臣くんのお世話をしようと思います」
「なにがというわけなんだ」
「だっていつもより大分小さいんだし、色々と大変でしょ?」
「……」


そう言いながら臣くんの顔を覗き込んだら、ふいっと視線を逸らされた。うん、この反応はすでに何か困ったことがあったって感じだな。あれかな、ベッドから下りるのが大変だったってことかな。
見た感じでは怪我もしていないし、落ちたってことはないと思うけど。痛がってる様子もなかったし…太一くんはかなり焦っていたけど、コイツが落ちたーとか怪我したーとかは言ってなかったしね。左京さんも至って普通だったもの。いや、内心慌てていたかもしれないけど。
何はともあれ、小学生サイズでは大学へ行くのは以ての外。家事だってできるはずがない。それどころか、洗面所で手を洗うことだって割と大変なんじゃないのかなぁ。踏み台があればいいけど、生憎この寮には子供なんていないから。


「なまえ、たのしんでるだろ」
「ん?ん〜…楽しいっていうか、懐かしい感じはあるよね」


抱き上げた臣くんを膝の上に乗せ、むぎゅっと抱きしめる。あ、ちょうどいいサイズだし温かい。子供って体温高いって言うけど、本当なんだなぁ。


「このサイズの臣くんを抱きしめられる日が来るとは思わなかったなぁ」
「ふつうはこない。いっしょうかけてもこない」
「そりゃそうだけど、…やっぱりたどたどしいね、喋り方」
「ううう…」


あら、普段の臣くんからは聞けそうにない唸り声が出た。ちょーっとからかいすぎたかなぁ…からかうつもりなんて全くなく、素直な感想のようなものだったんだけど。私にとっては。でもそれは臣くんにとって気分のいいものではなかったみたい。そりゃそうか、見た目は子供だけど中身は成人してるんだもんね。
でも本当に原因は何なんだろうなぁ。冬組の皆さん曰く、この寮には七不思議があって稀におかしなことが起きることがあるとか言ってたけど。臣くんのこれもそのひとつ、だったりするのだろうか。詳細、というか七不思議について話を振ってきたのは支配人だそうなので、聞くなら支配人の方が適任だろうと言われたものの、あの人って今いないんだよねぇ。いづみさんがしばらく留守にしてるよ、って言ってたし。
だから誰もわからない、というわけ。そもそも縮んだ原因がその七不思議だという確信すら持てないしさぁ。ううーんと考え込みながらぽふん、と臣くんの頭に顎を乗せる。もちろん、体重は然程かけてません。いくら何でも子供相手にそんなことはしないよ。


「…なまえが、」
「うん?どうしたの、臣くん」
「なまえが…いてくれてよかったかも…」


ボソリと呟かれた言葉の真意を聞こうとする前に、臣くんは私にもたれかかってスヤスヤと寝息をたてていた。


「もっと頼ってくれても、甘えてくれてもいいんだけどなぁ…」


控え目に握られた服の袖を視界に映しながら、もう一度ぎゅっと小さな体を抱きしめた。ふふっ可愛いなぁ、本当。
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