いつまでも、ずっと。

結局、いづみさんへの個人的なお土産もペアの根付も、臣くんと割り勘になった。いや、割り勘にするまでも大分言い合いしたけど。言い合いっていっても、私が払う・俺が払うってだけだけどさ。もちろん、お店の人に迷惑をかけないように。
…まぁ、こっちがそう思っているだけで迷惑かけてた可能性は大だけどね!お会計してもらってる時、店主らしいおばあさんがとても温かい目を私達に向けていた気がします。ちょっと居た堪れなかったよね。うん。その居た堪れなさも、テーブルの上に並べられた料理を見て吹き飛んじゃったけど。


「うわぁ…美味しそう!」
「これはすごいな」
「ね!料理の評判がいいとは確かに読んだけど」


指定された時間に、指定されたレストランへ赴き、案内されたテーブルへ腰を下ろせば豪華としか言いようがない料理の数々がテーブルに並べられた。それらを前にして、臣くんも私も箸をのばすことができずにただひたすらに、料理を見つめているだけ。
でもせっかく作ってもらった料理を冷めさせてしまうのは申し訳ないし、何よりもったいないと思う。料理はできたてが一番美味しいと思うから。もう少しこの豪華な料理を眺めていた息もするけれど、頂くとしましょう!ようやく箸をつければ、それは何と表現したらいいのかわからないくらい美味しくて。語彙力がなくなるのも仕方ないと思う…美味しいしか言えないもの。これは確かに料理の評判がいいっていうのも頷けるね。


「…いくつか作れたりするかな」
「臣くんはどこへ向かってるの…今のままでも十分美味しいのに」
「それは嬉しい言葉だが、マンネリ化するのもなぁ」
「うん、それはもう料理人の考えだよね」


レストランや料亭で働く料理人ならば、新しいメニューを考えたりしなくちゃいけないと思う。お客さんを飽きさせない為に色々と努力するって聞いたことあるしね。でもそれはあくまで料理人だからであって、臣くんは違うわけでしょ?確かに劇団の皆の胃袋をガッツリ掴んでるけれども。
あくまで家庭料理ってカテゴリーになるんだし、マンネリとか気にする必要ないと思うんだけどなぁ。それでなくともコイツのレパートリーは、かなり多いと思ってるし。これ以上レパートリー増えたら、本当にアンタはどこに向かってるの?だよ。


「別にさ、臣くんの料理にケチつける人なんていないから」
「そうか?」
「うん。臣くんの料理も、綴くんの料理も、いづみさんの料理も美味しいしね」


それに当番制とはいえ、毎日あの人数の朝食と夕食を作ってくれてるんだもの。感謝こそすれ、文句を言うような人達ではないでしょ。たまーにいづみさんのカレー愛が度を越し過ぎていて、それに対して苦言を呈する人はいるけどね。まぁ、それは別の話ってことで。
そう伝えても臣くんは難しい顔をして考え込んだままだ。


「うーん…」
「いつもおやつまで作ってくれてるじゃない。感謝しかないからね?」
「はは、ありがとうな」
「いいんだよ、臣くんはそのままで」


変わる必要がある所は変わればいいけど、そうじゃない所を無理に変える必要なんてなくって。とはいえ、それを制限する権限は私にはないのでアレなんだけど。


「…そうか」
「そうだよ。気負い過ぎないでいーの」
「―――うん」


ようやく穏やかな笑みを浮かべてくれた。納得がいったというか、腑に落ちたんだろうと思う。
そりゃあ本音を言えば、臣くんの手で作られる懐石料理とか見てみたいし、食べてみたい気はするけどね?興味はもちろんあるさ!だけど、私は今の臣くんの料理もとても好きなので無理にレパートリーを増やす必要性もないと思っているのですよ。


「帰ったらなまえの好きなもの作ろうか」
「何で急にそんな話…」
「ん?俺が作りたいんだ」
「えええ?微妙に噛み合ってないけど…うーん、そうだなぁ」
「そう言いながら考えてくれるんだな」


そりゃあ作ってくれるというならば、真剣に考えますって。
でも急に好きなものって言われてもなぁ。というか、臣くんの作ってくれるものはどれも美味しいから、好きとか嫌いの次元を超えちゃってるわけでして。聞かれているのは『臣くんの作るもので好きなもの』ではなく、『私の好きなもの』なんだけどさ。なんだけど、…臣くんの手料理やお菓子は昔からよく食べてるからね。どうしたって思い浮かべるのは、『臣くんの作るもので好きなもの』になっちゃうんだよねぇ。


「やっぱりキッシュかなぁ…きのこと鶏肉のやつ」
「ああ…あれか」
「ベーコンとほうれん草のも好きだけど、今は鶏肉の気分」
「わかった。帰ったら作るな」


…今更だけど、何で私達は美味しい夕飯を食べながら食べ物の話をしてるんだろう。その事実に気がついたら何だかおかしくなってきちゃって、ふはっと吹き出してしまった。
びっくりして食べる手を止めている臣くんに事情を話せば、同じように吹き出して笑い出してしまいましたとさ。





「はー、夕飯は美味しかったし温泉も気持ち良かったぁ!」
「朝食はバイキングらしい。8時で予約しちまったが、大丈夫だったか?」
「多分、大丈夫。できれば早めに起きて、もう一回温泉入りたい」
「6時から開いてるらしいから、6時半くらいに起きれれば間に合うんじゃないかな」


6時半までに起きるくらいなら、特に苦でもないな。朝食作りの手伝いで5時過ぎに起きることもあるし、スマホでアラームさえかけておけば心配はないでしょ。寝起きは悪い方ではなく、スッキリと目覚められるタイプなのでやっぱり心配も問題もなさそうだ。
忘れぬうちに、とアラームをセットしてすでに敷かれている布団に寝転がろうと思ったけれど…今の格好ではマズイことに気がついた。何故ならば、温泉に入ってきたので浴衣に着替えてしまったのである。いつもの調子で寝転がれば、浴衣の裾が捲れる。間違いなく、捲れるに決まってる。幼なじみという間柄とはいえ、そして色々と知られているとはいえ、さすがに羞恥心を失ってはいない。
…というのは建前で、今更ながらだらしねぇなとか恥じらいねぇなって思われたくないっていうのが本心だったりする。いや、本当に今更だけど!すでに思われている可能性の方が高いのは、心にしまっておいてください。決して口には出すな傷つくから。というわけで、窓際に置かれた椅子に腰かけることにしました。


「あ、酒とつまみ買ってきたけど飲むか?」
「飲む!」
「ん、どっちがいい?発泡酒とぶどうサワー」
「ぶどう。てか、わかってて買ってきてるでしょ」
「そりゃあな」


なまえの好みは理解してるから。
しれっとした顔で発泡酒を開け、ぐびりと飲み始める。ねぇ、これも今更だけどさ?臣くんは何でもない顔で爆弾を落とすのやめようか!!アンタの落とす爆弾は殺傷能力抜群で、即死するんだって!運良く即死を免れたとしても、瀕死になるんだって!現に今、立派に瀕死です私。
必死に冷静を装ってぶどうサワーを口にしてるけど、多分顔真っ赤。こんな…何でもない一言に照れてしまうのも、惚れた弱みってやつなんだろうか。


「おつまみ食べよ…」
「ご当地ものとかもあったから、買いすぎちまった」
「わ、本当にたくさん買ったね。珍しい」
「昼間も言ったろ、浮かれてんだって…」


うん、知ってる。聞いたし。それを証明するかのように、確かに今日の臣くんはいつもよりテンションが高め。普段通りを装うとしていたけれど、ソワソワしてるのもワクワクしてるのもわかったから。それも可愛いなぁとか思ってました、こっそり。


「明日はどこから回ろうか」
「時間ありそうでないよね。あんまり遠くまでは行けなさそう…」
「まぁ、厳しくはあるけど朝食食べてすぐ出発すれば何とかなると思うぞ」
「あ、そうなの?じゃあ…」


あれこれと話をしている間に、一缶飲みきってしまった。もう少し飲みたい気もするけれど、これ以上飲むと寝坊する恐れがあるからやめておこうかな。残ったおつまみを片づけようとテーブルに手を伸ばせば、同じことを考えていたのか、はたまたもう少し食べようとしたのかは定かではないけれど、少し熱い臣くんの手とぶつかった。ごめんね、と手をどかそうとした瞬間、するりと触れられて息が止まる。
ゆるゆると手首を撫でられ、そのまま指の感触を確かめるようになぞる仕草にゾクリと背筋が粟立った。ちょっと、この触り方は、心臓に悪い…!明らかにお酒によるものではない心拍数の上昇に、頭の中がグルグルしてきた。そっと上げた視線は臣くんの瞳とぶつかり、一気に体が熱くなってしまう。
だって、…だって臣くんの瞳の奥には、情欲の炎が宿っていたから。普段は絶対に見ることのない色に、反射的に後退りそうになる。でもそれはガッチリ掴まれてしまっていて、叶うことはなかったのだけれど。


「お、みくん……っ」
「うん、触れさせて―――なまえ」


細められた瞳。頬に触れる手。そして色っぽい声に、逆らえるわけがなかったんだ。



(おかえり!臣くん、なまえちゃん!)
(ただいま、カントク。悪いな、2日も休ませてもらって)
(いいのいいの!楽しめた?)
(もっちろん!旅館も素敵でしたよ。ありがとうございました、いづみさん)
(ふふっ楽しめたなら良かった!)
(これお土産な。皆の分と、こっちはカントク個人に)
(えっ気にしないで良かったのに…!)
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