笑顔をたくさん
なまえとは小さい頃から一緒で、色々遊びに行ったこともあったけど―――それでもこんなに緊張しているのは、今回が初めてだと思う。
Side:臣
アイツと幼なじみから恋人という関係に変わったのは、数ヶ月前のこと。今の関係に落ち着くまで割と時間はかかってしまったけれど、それもいつかは笑って話せるようになるんだろう。とはいえ、関係が変わってからも俺達は特にそれまでと何ら変わりなく過ごしてきていて。なまえもわがままを言うタイプではないし、どちらかと言えば遠慮しがちなタイプだ。自分の欲に関しては、尚更。
俺も、アイツが劇団やサークルを大事にしていることも知っているから、それを押しのけて俺との時間を作ってくれ、とは言えないしな。だからこの旅行に行くきっかけをくれたカントクには、本当に感謝してるんだ。快く送り出してくれた皆にも。
「臣くん臣くん!抹茶ソフトだって!」
「美味そうだけど、何でさっきから甘味ばっかりなんだ…」
昼メシを食おうってことで散策していたはずなのに、さっきからなまえが見つけるのは甘味ばかりだ。甘いものが好きな奴だから、目がいきやすいのは仕方ないんだろうけど、とりあえず今は甘味から離れてくれ。昼メシをしっかり食った後なら、いくらでもつき合ってやるから。
でもその言葉は、楽しそうに俺の手を引くなまえの顔を見る度に飲み込んでしまう。言った所で笑顔を曇らすことはないだろうが、何となく…俺が嫌だ、と思ってしまうから。この笑顔をもっと見ていたいって思うから。
(ああ…写真を撮りたいな。余すことなく、残しておきたい)
相棒とも言えるカメラは、今日も首から下げている。風景や街並み、たくさんのものを撮りたいと思っていたから。そしてなまえの姿も。形に残して、見返したいって思うんだ。思い出して笑い合いたいって思うんだ。その思い出を糧に生きていきたいって、そう思うから。
そう思うのと同時に、ファインダー越しではなく肉眼でなまえの笑顔を見ておきたい、焼き付けておきたいって思う自分もいて。何となく苦笑が漏れる。これ、なまえにはちょっと知られたくない気がするな…さすがに自分でも引くぞ。重くて。
「お、ここは?」
「うん?うどんとお蕎麦のお店?わ、天ぷら美味しそう…!」
「名物は鴨せいろらしい」
「いいね!そうしよう!」
するり、と解けていく手。なまえはそのまま駆け出していく。
少し前の俺だったらきっと、離れていかれるような気がして怖かったとか思ったんだろうけど、今はそんなことは一切思わない。だって、
「臣くんっ席あるから、すぐ入れるって!早く早く」
「はいはい。少しは落ち着けって、蕎麦もうどんも逃げないから」
こうして俺の名前を呼んでくれるのを知っているから。振り向いて追いつくのを待ってくれることを知っているから。だから不安に思う暇なんて、少しもないんだ。
「天ぷらそばか鴨せいろか…!!」
「俺が鴨せいろ頼むから、天ぷらそばにすればいいんじゃないか?」
「えっでも、」
「すみません。天ぷらそばと鴨せいろ1つずつお願いします」
「かしこまりました」
店員に注文を終え、広げていたメニュー表を定位置に戻しているとなまえの膨れっ面が視界に入り、そのまま吹き出した。全く、何て顔をしてるんだコイツは。大方、俺が食べたいものを頼まなかったとかそんなことを気にして怒ってるんだろう。
確かになまえと一緒にメシを食いに行くと、十中八九コイツがどっちにするか悩むから片方を俺が頼むってことが多い。その度にこうして怒るんだが…いつ俺が食いたくないものを頼んでるって言ったんだかな。一度もそんなこと言ったことないのに。なまえの思い違いなんだが、怒ってる―――というより拗ねてる顔が可愛いし面白いから、今の今まで伝えたことがないんだ。言ったら言ったでまた面白い顔になりそうだけどな。
「お前が買ってきた旅行雑誌にもこの店が載っててさ」
「…うん?」
「その時に見た鴨せいろが気になっててな、ちょうど良かった」
「そう、なの?」
「そうそう。元々食いたいものだから、気にするな」
くしゃり、と頭を撫でてやれば、頬をほんのりピンクに染めて破顔した。徐々に表情が緩んでいく様を見ているのは、とても楽しくて愛しい。
そうだ、俺はこの旅行中はお前の笑顔をたくさん見たいんだ。この2日間だけは、ただただ楽しむことだけを考えていてくれたらって思う。
「天ぷら美味しい…!」
「それは良かった。一口食べるか?」
「いる!臣くんもこっちどーぞ」
「ああ、ありがとう」
昼メシを終えた後は、再び散策することに。荷物は先に旅館へ預けてきているし、チェックインも22時までにすれば大丈夫だという情報ももらった。とはいえ、今回は1泊2日夕食付のプランだったからそれまでには戻るつもりでいるが。それでも大分ゆっくり散策できるな、旅館までもそう遠くはないし。
なまえと手を繋ぎ、通りをブラブラと歩く。商店街自体は天鵞絨町にもあるが、場所や人が変わればやっぱり雰囲気も変わるな。至る所でパフォーマンスやエチュードが行われていないのは、割と新鮮な気がする。
「劇団への土産はどうする?先に目星だけでもつけておくか?」
「んー、そうだねぇ…旅館にも売店はあったけど、色々と見てみるのもアリかな」
「あとカントクには個別で買っていかないとな」
「だね。あんないい旅館に泊まれるのも、こうして旅行に来れたのもいづみさんのおかげだし」
立ち並ぶ土産物屋を見ながら、何にしようかと考えているなまえを見て自然と笑みが零れる。
「キーホルダー、ストラップ、お菓子…んんん、お菓子は劇団分で買うからそれ以外がいいなぁ」
「こういうのはどうだ?」
それ、と俺が指差したのは、根付と呼ばれるもの。着物の帯につける飾りとしても使われる、割と有名なものだな。トンボ玉だったり、戦国武将の家紋だったり…飾りの部分は種類が様々だしこれだったらスマホやカバンにつけやすいんじゃないだろうか。あまり派手でもないしな。
「トンボ玉、花手毬、金魚…種類も豊富だな」
「かっわいいね、これ!いいな、いづみさんにはこれにしよう」
「幸もこういうの好きそうだな」
「あ、確かに!お金に余裕があれば、全員分の根付も買っていくんだけどな〜」
「はは…それはさすがに厳しいな」
カントクへの根付を真剣に選んでいるはるの姿を視界の端に捉えながら、ズラッと根付が並んでいる棚を見回す。すると、ペアの根付を見つけた。月と桜のモチーフで、青とピンクの色違い。それがとても綺麗で、反射的に手に取ってしまった。
なまえは、…ペアストラップに嫌悪感とか抵抗とかあったりするだろうか。このくらいのものだったら問題ないか…?隣にいるんだから聞いてみれば一番いいんだが、何となく躊躇ってしまう。うーん、どうするか。
「臣くん、青色とカレー色のどっちがいいかな…!」
「カレー色?!」
「ほら、カレー大好きでしょ?だからカレー色の方がいいかなぁって思ったんだけど」
「それならもうカレーモチーフのストラップの方がいい気がするぞ」
「あ、それもそうか…それも見つけたらお土産に―――あれ?臣くんも何か買うの?」
しまった、カレー色に驚きすぎて棚に戻すのを忘れたまま会話してしまった…!かといって、慌てて棚に戻すのはおかしいし隠すのも不自然すぎる。見てただけ、と説明するのが、一番自然だろう。
けれど、そう口を開く前になまえは俺の手からひょいっとそれを引き抜いてしまった。何を言われるか、と何故か緊張し始めた俺を余所に、彼女は嬉しそうに笑って「買って帰ろう!」とこっちを見上げた。
「え、あ、いや…」
「あれ?私とお揃いでつけてくれるんじゃないの?」
「…嫌じゃ、ないのか?ペアとか」
「なんで?」
こてん、と首を傾げるなまえの姿を見て、その場に座り込んでしまいそうな程に脱力した。というか、安心してしまった…嫌悪感を示されなかったことに。そのくらいでって思われるかもしれないが、好きな奴から嫌悪感を示されたり拒否されることは割と堪えるんだ。
一瞬だけ気を遣ってくれたのか、と思ったけれど、そういう奴じゃないということをすぐに思い出す。とかく俺相手だと、遠慮することはそう多くない。遠慮するとすれば、アイツの意地っ張りが炸裂した時くらいだろう。つまり、ネガティブな時だけ。
「さすがに服をペアで、って言われたらごめんって返すけど、アクセサリーとかストラップなら全然だよウエルカムだよ!」
「…ははっそうか」
「それに臣くんとペアのものって今まで買ったことなかったし、素直に嬉しいよ?」
じゃあ買ってくるねー!
にこやかにそう言い放って店の奥に消えていくなまえを見送ろうとして、我に返った。ちょっと待て、カントクへのお土産にしろペアの根付にしろ、お前だけで払おうとするな!
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