ひとすじの光
三蔵様のお経を聞くのは、これが二度目。初めて聞いたのは確か、…あの御方が寝惚けて除霊をした時だったでしょうか。あの時はもういきなりすぎてぽかん、としてしまったけれど、今回は違う。町長さんにお願いされて(かなり渋々)読んでいるので、しっかりと聞くことができているわけなのだけれど。
「(すごい…)」
一切の迷いを打ち消すかのような、凛とした声。低く、それでいて聞き取りやすい三蔵様の声はダイレクトに胸に届いてくるような気さえします。三蔵法師様の正装だという真っ白な法衣に、光を浴びてキラキラと光る金糸の髪と金冠。そして真剣な表情でお経を読んでいるその姿は、とても綺麗だと思ったんです。
すごい御方だとは聞いていたし、知識としても知っていた。それに行く先々の町で声をかけられたり盛大すぎるおもてなしを受けた経験だってあったけれど…この読経を耳にすると、改めて思うんだ。本当にすごくて、素晴らしい方なんだと。性格は難アリ、だと思いますけどね。
静かな空間に響く三蔵様の声に、思わずため息が漏れた。
「…ああ、なまえは三蔵の読経を聞くのは初めてでしたっけ」
「はい。…すごいです、圧倒されるってこういうことを言うんですね…」
「普段は生臭坊主のクセになぁ?」
「うるせーぞ、クソ河童」
「あ、三蔵おっかえりー」
いつの間にか終わっていたらしく、会場は喧騒に包まれていた。三蔵様もかぶっていた金冠を外して、早速煙草に火をつけていらっしゃいます。…いいのだろうか、先程まで読経をしていたお坊様が皆さんの前で堂々と煙草を吸うなんて。いや、注意をした所でそれがどうした、と凄まれる御方であるのは承知してますけどね。
他人の評価なんて気にしない、というのがこの玄奘三蔵という御方なのですし。
「なにボサッと突っ立ってやがる。座らねぇか」
「え、あ、…はい」
びっくりした…三蔵様から声をかけてくるなんてこと、ほとんどないのに。驚きつつも隣に腰を下ろしたけれど、当の本人はぷかぷかと煙草をふかせているだけ。あ、あれ…?何か用事があるのかと思ったんですけど、別にそういうわけじゃなかったんですね。私がピクリとも動かなかったから、だから声をかけただけだったみたい。…いや、それも驚きの事実ではあるか。普段の三蔵様を知っていれば、尚更ですよね。
…というか、私も八戒くん達と一緒に料理を取りに行けば良かったんだ。何か、…さっきの読経がすごすぎて半分放心状態になってしまっていたみたいで。気がついたら、3人は料理やお酒を取りに行った後だったんです。
さっきウエイターさんにもらったシャンパンをちびちび飲みながら、楽しそうに歓談している町の方々を見つめる。この町はあまり妖怪の脅威に怯えていないんだなぁ…特に結界が張ってあったわけでもないし(私達4人が入れているのが立派な証拠)、その他に何か対策を打っているわけでもなさそう。
そこまで考えて、余所者である私が心配することでもないか、と思い直しました。この町は言ってしまえばただの通過点ですもの、明日のお昼には出発するのだし…それまで平和であるのなら、それでいいことですよね。
「―――…三蔵様、何か飲まれますか?取ってきますよ」
「いい。酒も食い物もあいつらに頼んだ、お前は黙って座ってりゃいいんだよ」
「えー…何か横暴だなぁ」
「たまにはあいつらを使い走りにすりゃあいいだろう」
「使い走りって…別に嫌々やってることじゃないですし、動いてないと落ち着かないんです」
これは本音。動き回っている方が性に合っている、ということなんでしょう。だから逆に、今のようにじっと座って待っている方が苦痛―――というのは言い過ぎかもしれませんが―――なんです。
「てめぇは周りに気を遣い過ぎだろう」
「気を遣ってるつもりなんてないですよ。結構、好きでやってることの方が多いくらい」
むしろ、気を遣ったことなんてない。あったとしても、それは出会った頃だけだと思います。そう零せば、三蔵様はそれっきり黙ってしまわれた。
この御方と2人きりの時はそう言葉を交わすことは多くありませんし、この沈黙を苦痛だと思ったこともありませんけど…今日は、三蔵様と話していたい気分。それにきちんと言葉で、伝えたいこともありますし。
「三蔵様の読経をちゃんと聞いたのが初めてだったんですが…すごかったです」
「あ?」
「何と言うか、やっぱり三蔵法師様なんだなぁって改めて思ったって言いますか―――素晴らしい御方だったんだなぁ、って」
「ゴホッ?!」
「迷いも何もかもを打ち消すようなあの声で送られる魂が、羨ましいなぁって思っちゃいました」
きちんと言葉にするのはやっぱり恥ずかしい。それを隠すように残っていたシャンパンを一気に飲み干した。自分自身のことで精一杯だった私は、三蔵様が煙草の煙で噎せていることに気がついていなかったのです。
「なに噎せてるんですか、三蔵」
「あ、おかえりなさい3人共」
「ただいま、三蔵!なまえ!食いもんたくさん取ってきた!!」
「その半分以上はてめぇの腹に消えるんだろ、猿。…で、三蔵サマはなーに頭抱えちゃってんの」
不思議な顔した八戒くんに何か言ったんですか?と聞かれたので、三蔵様の読経が素晴らしかったこととか、あの声で読まれたお経で送られる魂が羨ましいとか言いましたけど、って口にすれば、3人は「あー…」って困った笑顔を浮かべてる。
あれ?どうしてそんな顔をされているんでしょう。私、何かおかしなことを言っちゃったんですかね?
「…うん、三蔵が頭抱えたくなる理由。俺わかるかも」
「ほーんと、なまえちゃんってド天然のタラシだよな〜そういうとこも可愛いけど」
「え?どういう意味ですか?」
「なまえの長所だとは思いますけどね、素直な所は。…超がつくほどの直球ですけど」
「―――フン。八戒、ビール寄越せ」
「ああ、はいはい」
疑問は解決しないまま、別の話になってしまったけれど、美味しそうな料理がのったお皿を見た瞬間にそんなのは全て頭の隅に追いやられてしまったのでした。
馬鹿正直な言葉を並べて笑うアイツの笑顔が、脳裏に浮かぶ。俺は自然と口角が上がるのを自覚していた。
―――ああ、なまえに言われるのならば…悪くはねぇ。
-3-
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