贈る意味

「来い、出かけるぞ」


ノックもせずに部屋へ入ってきたその御方は、ただ一言そう告げてさっさと部屋を出て行ってしまわれた。何処に行く、とも言わず、何をしにいく、とも言わず…ただ出かける、とだけ。…三蔵様が横暴なのも、言葉足らずなのもよく知っていることではあるけれど。
でもそれでも、やっぱりノックだけはしてほしいなぁ、と思うのは無理な願いなのでしょうか。あの御方に望むだけ無駄かもしれませんね。
溜息を1つ。荷物整理をしていた手を止め、簡単に出かける準備をしてから部屋を飛び出した。

追いかけるのは大変だろう、と考えていたのに、意外にも三蔵様は宿を出てすぐの所で煙草を吸って待っていてくださいました。普段なら他人を待つということを好まない方なのに…一応、自分から誘ったからという気遣いがあるのでしょうか?でもこう言っては何ですけど、三蔵様ってそういう気遣いを進んでする方じゃないですよねぇ。優しくないとは思ったことありませんけど。
だけど、待っていてくださったのは事実なので、お礼はしっかりと述べさせて頂きましたけどね。


「それで何処に行かれるんです?」
「服屋だ」
「……服屋、ですか?」


何で急に服屋?三蔵様が買うの?でもこの御方は法衣を着ていらっしゃるから、それを洗濯している時以外は着ないし…だから買う必要なんてなさそうだけどなぁ。それとも何か足りないものでもあったのかな?下着とか。
……あれ?それだったら私、一緒に来る理由がないんじゃありません?どうして誘われたのだろうか。さっぱりわからない。


「何を考え込んでるのか知らねぇが、買うのはてめぇのものだぞ」
「へ?私?」
「昨日、妖怪にズタズタにされていただろう」
「―――あ。」


一瞬だけ頭上にクエスチョンマークが浮かんだけれど、すぐに思い出すことができました。
そう、昨日は妖怪の襲撃を受けて―――ちょっとドジを踏んでしまった私は、その時に着ていた上着を切り裂かれてしまったのです。おまけに腕まで切られてしまったもんだから、血に染まるというオマケつき。切り裂かれた時点でアウトだけれど、血までついてしまったらもう捨てるしか術はなくなってしまいまして。
ここ最近、急に冷え込んできてしまったから重宝してたんだけどなぁ…というか、お気に入りだったからちょっとだけ残念だったんですよ。こういう生活しているから仕方ない、と諦めていますけれどね。


「でもすぐに買わなければいけない程、困ってはいませんよ?」
「…八戒が言っていたぞ。なまえはあれしか上着を持ってきていないはずだ、とな」
「あはは…まぁ、その通りではありますけど」


薄手の上着はあるけど、厚手のものは荷物になるから昨日、着ていたものだけだったりするんですよね。今日はまだ陽が出ていて暖かいから、薄手の上着で何とかなりますけど…これ以上冷え込んできてしまったら、ちょっと辛いかもしれません。


「だから買いに行く。異論は認めんぞ」
「クス…わかりました」


言葉はいつも通りそっけないけれど、きっと心配してくださっているのだと思う。だってそうでなければ、他人の為に外出しようなんて思わないはずだから。自意識過剰かもしれませんけど、何となくそう思ってしまったんですから仕方ありません。それに三蔵様とお出かけなんて滅多にないことですし、せっかくですから楽しんでしまいましょうか。
スタスタと先を行ってしまった三蔵様の隣に早足で追いつけば、チラッと視線だけを向けてすこーしだけ歩く速度を落としてくれました。本当にこの御方は時々、こういう優しさを垣間見せてくれるんですよね。普段からそういう面をもっと出せばいいのに、と思ったけれど…優しさが前面に出ている三蔵様は、ちょっと想像できないかも。

しばらく歩いていると、三蔵様の足が止まった。何かを見つけたのか、と彼の視線の先を辿ってみると、そこには婦人服専門店があったのです。わ、結構大きい…お店の外観をじっと見ていると、グイッと腕を引っ張られてしまいました。その犯人はもちろん三蔵様なのだけれど、無言で引っ張られるとびっくりしちゃうんですけどね!
当の本人はさほど気にしている様子もなく、私の腕を掴んだままお店の中へと入っていかれていますけど。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「コイツに合う上着を何点か見繕ってくれ」
「かしこまりました。…ご希望などはあります?」
「え、えっと―――あまり派手な色ではなくて、それから…動きやすいもの、が、いいです」


それでいて温かいもの、とか。
最後の注文はいくらなんでも無茶ぶりなんじゃなかろうか、と思いつつ、動きやすくても寒さをしのげなかったら何の意味もないので、心の中では謝りつつも口にさせて頂きました。
けれど、店員さんはそれすらも笑顔で「かしこまりました」と答えてくれて、すぐに数着持ってきてくれたんですよ。それが仕事だとわかってはいるものの、すごい素早いなぁ…。


「うーん、やっぱり黒か茶色が無難かなぁ…あとは白?」
「普段はどのような服を着られてます?」
「今みたいな服が多いです。スカートはほとんど…」
「でしたら、こちらの黒のものが合わせやすいと思いますよ」


ああ、やっぱりそうですよね。でも白も捨てがたいな、この色も何にでも合わせられるし。だけど2着はいりませんよねぇ…荷物になるのは勘弁だもの。
どちらにしよう、と唸りながら考えていると、少し離れた所でさっきの店員さんと三蔵様が何かを話しているのが目に入った。…あの御方が女性と話されてる姿って、とても新鮮で珍しい光景です。あまり自ら他人と会話しようとする人ではありませんし、…するとしたら私達が多い、のかなぁ、やっぱり。それなりに付き合いも長いですし。
…っと、そんなこと考える前にどっちの色にするか決めなくちゃ!あまり時間かけてしまったら、三蔵様にも悪いですしね。うん、黒の方にしようかな!店員さんにもオススメされたし。
こっちにします、と振り向くと、数着の服を手にした店員さんがにっこり笑って立っていらっしゃいました。そしておもむろにこの服を試着してみませんか?って。いや、試着するのはいいんですけど、私、上着以外に服を買うつもりは微塵もないんですけれども…!そう言っても構いませんよ、と笑うだけで…何か、断りにくい。

着ない、という選択肢もあったんですけど、何となく気圧されてしまってそのまま試着室へ。
一体、どんな服なんだろう―――ちょっとだけワクワクしながら、渡された服を広げてみると…黒のシャツとデニムの短パン、それから紫のカーディガンでした。紫と言っても派手な感じではなく、とても綺麗な色で…何だか三蔵様の瞳みたいです。
あ、シャツの胸元がリボンだ。可愛いなぁ、こういうデザイン。彼らと出会ってからはオシャレなんて気にもしなくなってしまっていたけど、やっぱり可愛い服を見るのは大好きです!


―――シャッ

「ああ、よくお似合いです。サイズもピッタリだったみたいですね」
「えっと、あの…」
「さっきの黒の上着と、そいつが着ている一式まとめて買う。支払いを頼む」
「ありがとうございます。そのまま着ていかれますか?」
「ああ」
「では、タグだけお切りいたしますね」


あれよあれよという間に会計が終了したらしく、気がつけばまた賑やかな町中へと戻ってきていました。


「あ、あの三蔵様…?」
「せっかくだ。このまま付き合え、なまえ」
「え?ええ、それは構いませんが…どういうことですの?」
「―――たまにはそういう格好もしろ」


似合ってる。
思いがけない言葉に、私は何も言えなくなって―――ただ、口をパクパクとさせるだけ。
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