甘い、甘い
「へ?お休み?」
「あぁ。ここ最近、ゆっくり休んでいなかっただろう?たまには休め」
「え、でも何で急に…それに僕がいなくなったら、セバスに全部の負担がいっちゃうけど」
「それなら心配ありませんよ。私も一緒に休みを取ることになってます」
「……え゛。」
それ心配所がありすぎ。
よくよく話を聞いてみれば、午前中はいつも通りに仕事。昼食の準備と、夕食の下拵えまでしたら…その後は自由にしていていいとのこと。なーんだ、そういうことね。丸一日休めってことなのかと思った。
一日あの使用人'sに任せたら、屋敷はすごいことになって、主のイライラは半端ないものになるだろうからねー。
ゆっくり休んだとしても、その後の肉体的・精神的疲労を考えると…休みたくない。まぁ、それ以前に僕も人ならざるものだし…疲労ってそこまで感じてるわけではないけど。
この賑やかな人達に囲まれた毎日を過ごしてるわけだし?疲労ゼロってわけでもない。それに何より、僕は面倒くさがりなもので。仕事しないわけではないけど、日々どうやってサボろうか考えてはいる。うん。それがバレたらセバスにものすっごい笑顔で説教くらうんだろうけど。
「休み、ねぇ…」
どうやってサボろう、とか。仕事したくないなーとかさ?よく考えるけど…実際に休みをもらえるとなると、何していいんだかわからなくなるっていう。それもそれで、贅沢な悩みなんだろうけどなー。
…とりあえず、考えても仕方ない。何するかは後で考えれば良いことだし、先に仕事をしてしまおうかね。
振り当てられた今日のお仕事は、主の私室・二階の廊下・エントランスホールの掃除………え、これ午前中に終わる?普通に考えたら無理じゃない?だってこの屋敷、すんげー広いんだぞ?今更言うけど。でもそれでも「午前中に終わる」と思って、僕に指示出してるんだけど。
「……うし!やるか!」
何だかんだ文句を言いつつ、僕は指示されたことはしっかりやる主義だ。
まずは主の私室からやってー…その後に二階の廊下を掃除して、最後にエントランスホール!こうなったら意地でも午前中に全部、しかも完璧に終わらせてやる。
「(そしたら午後…少しはセバスと一緒にいられるかな)」
主以外の人には言っていないけど、僕とセバスは恋人同士なわけでして。でも執事っていう仕事をしてるから、何処かに行ったりだとか、2人でのんびりしたりだとか…そういうことってしたことないんだ。
恋人同志っぽいことといえば…キスしたり、とかになるわけで―――健全なデートとか、今まで一度もしたことがない。買い出しも僕達が行くわけじゃないから。それに僕は普段、なまえ…男装しているから、屋敷の中で堂々とくっつけないしねぇ。かと言って、本来の姿になるわけにもいかないしさ。
だから…ってわけではないけれど、せっかく主から頂いた半休だ。思い切って、セバスと出かけてみたい。手を繋いで、他愛のない話をして、何処かでお茶して、街を歩き回ってみたい。上司と部下って関係じゃなく、恋人同志として。
「……僕はいつからこんな風に考えるようになったんだろ…」
うきうきと考えてはいたけれど、ふっと我に返った。だってそうだろう?”あの日”、あたしは僕として生きていくことを選んだ。女である事実は捨てたはず。けれど、護りたい人の為に本来の姿を晒して…セバスに堕ちた。
女である喜びなんて―――もう要らないモノだったはずなのになぁ。
長く生きてりゃあ、変わるものもあるのだろうか。…なーんて、考えても答えなんざ出ない問いだな。そんなことを悶々と考えてる暇があるんなら、さっさと仕事を片付けよう。
「思ったより時間かかっちまったけど…振り分けられた分は終了!」
時間は11時を少し過ぎた頃。僕の頭ん中での計画では、もう昼食の準備に取り掛かってるはずだったんだけどー…まぁ、いつも通りの使用人’sの失敗やらがあってね。それの片づけをしてたら、時間食っちまってたらしい。
この時間じゃ、もうセバスは昼食の準備と夕食の下拵えに取り掛かってる頃、だよな。手伝いがいるかはわからないけど、掃除道具片付けたらキッチンに顔を出すとするかねー。終わってたら万々歳だけど。
「セバスー?」
「…なまえ。どうかしましたか?」
「掃除終わったから、顔出しに来た。何か手伝うことある?」
「では夕食の下拵えを頼んでもよろしいですか?昼食の準備は私がしますから」
「ん、リョーカイ。メニューは?」
「このメモに書いてあります」
渡されたメモを見ながら、食材を準備していく。これは下拵えだけだからね、そんなに時間かかんないかも。今日の夕食は牛肉の香草焼きね…じゃあ、まずはハーブで香り付けしないとか。
黙々とやっていると、昼食の準備が終わったのか…セバスの気配が近づいてきた。
「終わったの?昼食の準備」
「ええ。坊ちゃんへの給仕とアフタヌーンティーは、タナカさんに頼みました」
「あぁ…それなら何の問題もないね。安心だ」
「下拵えはどこまで進みました?」
「ん?あともー少し」
あとはこの紐をギュッと結んで、っと…よし、終わり!
「終わったようですね。…さて、これで私達の今日の業務は終わりですが―――どうします?」
「んー…外、行きたい」
「外?それは街に、ですか?」
「そう。屋敷の外」
「珍しいですね、あまり屋敷の外に行きたいなど言ったことなかったでしょう」
あ、セバスが少し驚いてる。僕が街に行きたいって言うの、そんなに珍しいかね?
…でも確かに、あんまり言ったことなかった…かもしれない。特に欲しい物とかもないし、本は主やヴィンセント様が持っているもので事足りてるから。新しいのが欲しくない、ってわけではないけど…本屋に行く機会もなかったからね。でも外に行きたいって言った、本当の理由は―――…
「屋敷の外、なら…恋人同士としていれるだろ?僕も男装しなくていいし…だから、外…行きたい」
「なまえ……本当に貴方って人は、」
セバスの口から溜息が漏れた。僕、何かおかしなこと言ったか?雰囲気からして怒ってるとかではなさそうだ。呆れ、とも違うし…何だろう?上手く言葉に出来ないっつーのが、正直な所で。
うーん?と首を傾げていると、いつの間にか手袋を外していたらしいセバスの手が、頬に触れる。突然の冷たさと感触に、体がビクリと揺れた。
「っ…!な、なに―――」
「あまり煽るようなことを言わないでください」
鼻先がくっつきそうな距離にあるセバスの顔。紅茶色の瞳には―――情欲の色が滲み出ていて、胸がドクンと脈を打つ。…この瞳に、僕はひどく弱い。求めてくれてるんだ、って嬉しくなって…彼に触れたくて堪らなくなる。
「セ、バス……」
「…ええ、いくらでも」
額、瞼、鼻先、頬…徐々に下りてくる唇。セバスが触れた所、全てが熱くて。最後に唇に触れた。最初は軽く触れるだけだったキスも、段々と深くなっていく。
「ん、んん…っ」
唇を僅かに開けば、すぐにセバスの舌が入り込んできて絡め取られる。頬に触れていたはずの手は、今では僕の後頭部と腰を拘束してて…繰り返される激しいキスから逃げることも出来ない。…ま、逃げようなんて思ってもいないんだけど…。
「……なまえ、」
「っは…はぁ……」
「出かけますか?それとも―――」
「わかってて聞いてんの…?やっぱ、アンタって意地悪だ。続き、してよ」
「仰せのままに」
その後、僕達がどうしていたのかは―――2人だけの秘密。
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