不器用カップルに愛の手を

もっと頼れ。
もっと甘えろ。

皆と出会って、一緒に旅をするようになって言われるようになった言葉達。そして彼と恋仲になってからはもっと、言われるようになった気がする。
別に甘えることが苦手、というわけではないと思うんです。今までだってめちゃくちゃ甘えてきてると思うし、甘やかされてる自覚だってあるもの。それなのにこれ以上、甘えるのは…さすがに常識の範疇を超えると思うのよね。どっちかと言えば、今までのお礼として僕が皆を甘やかしたい!って思ってるくらいだもの。
…でも、シャオもファイくんもモコももっと甘えていいんだよ、って言ってくれる。特に恋人である黒鋼くんにはもっともっとわがままとか、そういうのバンバン言っていいんだよって。僕にはその資格があるんだから、って。そもそも甘える資格って何さ、と思ってしまうんだけど…まぁ、ひとまずそれは置いておくとしよう。

つまり何が言いたいのか、と言いますと。
あの人達、僕と黒鋼くんを宿に残して出かけやがりました。それもご丁寧に遅くなるからごゆっくり、とまで言い残して。
ファイくんの言葉と笑顔にわざとらしさを感じながらも、きっと彼らの精一杯の気遣いなのだからその辺りは言及しないようにしておこうかな。その気持ちはやっぱり嬉しいからね。どれだけわざとらしかったとしても。
さて…「いい機会だから思いっきり甘えちゃいなよ」とファイくんに言われたものの、どうすればいいんだろうか。いつもだって彼に甘えっぱなしなんだけどなぁ、僕。


「(…とりあえず、読みかけの本でも読もうかな)」


部屋から読みかけの本を持ってきて、2人分の飲み物を用意して黒鋼くんのいるリビングへ。彼はいつもの定位置であるソファでマガニャンを熟読中。
…あれ?ふと気が付いたけれど、彼と恋仲になってこうやって2人きりになるのって、…もしかしなくても初めてだったりしませんか?!うわ、それを意識したら途端に緊張してきたし恥ずかしくなってきちゃった…!
きっとその事実に気が付かなければ、黒鋼くんの隣に腰を下ろしたんだろうけれども、一度気が付いてしまえばとことん意識してしまって無理。この状態で彼の傍にいったら恥ずかしさとか、そういうもので死ねる気がする。付き合う前はそれ以上に恥ずかしいことしてたじゃん、とかいうツッコミはなしの方向でお願いします!!というか、自分でも何を言いたいのかさっぱりわからなくなってきた…。
こんな状態じゃあ、甘えるなんて以ての外だよね。ああでも、恥ずかしさは目一杯だけどくっつきたいなー、とは思っちゃうんだよね。だって黒鋼くんの傍ってめちゃくちゃ安心するんだもん、温かいんだもん。
スキンシップを嫌がられたことないし、彼からしてくることも多いけど…急にギューッてくっついたら怒られちゃうかな?怒られるのも嫌だし、それで嫌われちゃうのはもっと嫌だ。そうなる危険性があるんだったら我慢しよう、と思います。うん。


「…なまえ。お前、んなとこで何してんだ?」
「へっ?!え、…っと、いや、あの、何でもないデス…」


しどろもどろに受け答えをして、手に持ったままだったマグカップを差し出せば、いつもより柔らかい笑みを浮かべてお礼を言われました。うう、この笑顔大好きなんだよね。普段の彼からは想像できないくらいに優しい目をしてるし。その目を向けられてるのが自分だと思うと、尚更嬉しくて舞い上がっちゃうんです。
どういたしまして、と答えて向かいのソファに腰を下ろす。
黒鋼くんの視線がマガニャンに戻ったのを確認してから、僕もようやく読みかけの本を開いたのだけれども。

……あれ。見事に集中できないんですけど。

いや、あの、何て言うかこう、…ソワソワしちゃうし、黒鋼くんが気になっちゃうと言いますか!
くっつきたいなー、とか。こっち見てくれないかなー、とか。何でかわかんないけど、さっきから頭の中に浮かんで消えるのはそんなことばかりで。そんな調子だから本に視線を走らせてはいるものの、一切文字は頭に入ってきてません。
本で顔を隠しながらうんうん唸っていると、向かいから大きな溜息が1つ聞こえた。反射的にびくりと肩が震えて、これまた反射的に顔を上げれば、眉間にシワを寄せた黒鋼くんと目が合いました。ええ、それはもうバッチリと。


「…ったく…なまえ、」
「はっはい?!」
「おら、来い」


眉間にシワを寄せていると思っていたら、それはすぐに苦笑を浮かべた表情に変わって…そして腕を広げられた。
でもその意図がすぐには理解できなくて、きっと頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでると思います。だってこんなこと、今までに一度もなかったんだもん。混乱くらいするに決まってるでしょう?
ようやく我に返ったのは、低い声で「来ねぇのか?」と問いかけられてから。その言葉で僕はおずおずと彼の腕の中へと大人しく納まることにした。


「うだうだ悩んでる暇があんならとっとと行動に移しゃあいいだろう」
「…だって、」
「だってじゃねぇよ。お前は考えすぎなんだ…ちったぁ本能のままに動いてみやがれ」


なまえ1人のわがままくらい、いくらでも聞いてやる。
ぶっきらぼうな言い方だけれど声音はとても優しくて、少し泣きそうになってしまったのは僕だけの秘密だ。


「いいの?そんなこと言っちゃって。無茶苦茶なこと言うかもしれないよ?」
「無理なことは無理だと言う。だが、言う前から無理だろうと決めつけられんのは嫌だ」
「何て言うか、…キミらしいね、黒鋼くん」
「それで?他には何をしてほしい」


思わぬ言葉に数秒、固まってしまった。
この人は本当に僕のわがまま全てを叶えてくれるとでも言うのでしょうか。黒鋼くんらしい気もするけど、…急にどうしたんだろう、と不安に思ってしまうのも事実。けど、それを本人に言ってしまったら怒られるのは目に見えてる。でも気になって仕方がない。
考え込んでいたら顔に出てしまってたらしく、黒鋼くんの顔には若干、呆れの表情が浮かんでいた。あ、これ完全に心の内を読まれてしまってるパターンだ。


「好きな女を甘やかせたいと思って何が悪い」


ああもう、キミのそういう所が心臓に悪いんだよって、気が付いてくれるのはいつなのでしょう。
この仕返しにキスでも強請ってみましょうか?
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