星に願うのは
―――願いを誰かに託すなど馬鹿馬鹿しい。
そう言ったのは三蔵だっただろうか。まぁ、確かにあの人は他人に叶えてもらうのを待つような人間じゃないのは知ってるし、そんなのは自分で叶えるもんだろうって言う人だとも思う。…いや、そもそも願いごとをするのか怪しい所だけど。
…と。三蔵の事情は置いておいて。今日、長安では大きなお祭りが開かれるらしいです。星祭り、って呼ばれていて、星に願いを託すお祭りなんだってさ。町中、綺麗に飾りつけられていてとっても賑やかだ。星を模った飾りが多くて、提灯に描かれているのも星だったりする徹底ぶり。
夜になると提灯に火が灯されるから、もっと綺麗に見えるんですよって教えてくれたのは、同居人の八戒。お祭りの存在を教えてくれたのも彼で、良かったら一緒に行きませんか?と誘ってくれたのも彼だったりする。悟空の保護者代わりで行くから、ってことみたい。ちなみに悟浄も行くみたいね。
本来、悟空の保護者代わりなのは三蔵だけど…今日ばっかりはお坊様の仕事に追われて面倒見てる暇がないんだって。まぁ、あんな性格してるけど立派な最高僧様だもんねぇ。忘れがちだけど、生臭坊主だから。
「なまえ、そろそろ行きましょうか」
「あ、うん!」
「おら悟空、祭りに行くぞ」
「おう!」
昼過ぎから遊びに来ていた悟空と、目を覚まして然程経っていない悟浄も一緒に、私達は家を出た。森を抜けて町に入ると、まだお祭りは始まったばかりなのにたくさんの人でごった返していました。
うわぉ、すごい人混みだとは聞いちゃいたけど…ここまでだったとは想定外だなぁ。あんまりキョロキョロしてるとはぐれちゃいそうだわ。はぐれちゃったら合流できそうにないもん…というか、この人の多さだと4人で行動するのもなかなか厳しいものがあるよね。うん。
「こちらをお配りしています、よろしければ広場にある竹に吊るしていってくださいね」
「どうも…」
入口らしき所で長方形の紙(ひも付き)をもらったんだけど、…これ何をするものなんだろ?見た感じ折紙みたいだけど、この大きさじゃあ何かを折るってことではなさそうだ。ひももついてるし、さっきこれをくれた人も竹に吊るしていってくださいって言ってたもんなぁ。
紙を持ったまま首を傾げていると、隣を歩いていた八戒がどうしたんです?と顔を覗き込んできた。
「大したことじゃないんだけど、…これ何に使うのかなぁって」
「あれ?もしかしてなまえちゃん知らねぇ?」
「?何をさ、悟浄」
「これ。星祭りに人がすんげぇ集まる理由の1つなんだよ」
「この紙―――短冊と言うんですが、これに願い事を書いて竹に吊るすと叶うという伝説があるんです」
「俺も三蔵に教えてもらった!あっちに書くものもあるんだ」
へぇ…願いごとを書いて吊るすんだ。
「ま、こんなんで願いが叶ったらラッキーだけどな」
「あはは。願掛けの一種ですからね、これも」
「三蔵なんか馬鹿馬鹿しいって毎年言ってる」
「あー…前に言ってるの聞いたことある。三蔵は星に願いを、なんてロマンチックなことする人じゃないよねぇ」
苦笑交じりにそう言えば、3人は力強く何度も頷いていた。私より付き合いが長い彼らが頷くくらいだから、よっぽどイメージがないんだなぁ。三蔵ってば。
…ふむ。でも短冊に願い事、かぁ…別に私も本気で叶えてもらえるって思ってるわけじゃないけど、せっかくのお祭りで、せっかくの行事だ。こういうものにはきちんとのるのが礼儀ってもんだよね。いや、そんな礼儀があるのかどうかすら疑問だけども。だけど、もらったこの紙を無下にするのはやっぱり失礼だもの。
「なまえは何て書くんだ?」
「うーん、どうしようかなぁ…悟空は何て書くの?」
「俺は『美味いものいっぱい食べたい』!」
「それは何とも…」
「悟空らしい願いごとですねぇ」
「ほーんと食いもんのことばっかりだな、この猿は」
悟浄が悟空のことを猿って言っちゃったもんだから、2人はいつもの言い合いを始めてしまいましたとさ。でも八戒も私も慣れたもんだから、止めたりはしない。飽きたり、疲れたりすれば勝手に止めるから最近はそれまで放っておくことにしてるの。
もちろん、他の人に迷惑がかかりそうな時は全力で止めるけどねー。そうじゃない時は面倒だから。体力の無駄遣いにもなるしさ。
「なまえ、書けました?」
「や、まだ…八戒は書けたの?」
「ええまぁ、一応?」
「何で疑問形…。何て書いたのさ」
「いくらなまえでもそれは内緒、です」
口元に人差指を当てて、意地悪な笑みを浮かべた八戒。珍しい笑い方にちょっとだけ心臓がドキッとした。…びっくりした、あんな笑い方もできちゃうんだ…八戒ってば。
「…あ、思いついた。」
「おや、決まりましたか。何て書くんです?」
「ふっふー、八戒にもなーいしょ!」
「あはは、そうですよねぇ。書けたら吊るしに行って、何か食べましょうか」
「そうしよう、お腹空いてきちゃった」
お好み焼きとたこ焼きとわたあめと…と、願い事を書きながら食べたいものを口に出していたら、待っててくれている八戒がぷっと吹き出した。笑われるようなこと言ったつもりはないんだけど、悟空と似たようなことを言っていたもんだから面白くなっちゃったんだって。+ちょっと意外だったから、だってさ。
私もそこそこ食べるのが好きな方だけど、さっきみたいに食べたいものを羅列するようなことはしなかったからね。…これでもいい大人ですもの、そのくらい我慢するよ。
「…あれ、悟浄と悟空の姿が見えなくなってますね」
「えっ大丈夫なの?それ」
「まぁ、何とかなるでしょう。広場に行っているでしょうから、すぐに会えますよ」
会えなかったら2人で楽しんでしまえばいいだけの話です。
にっこり笑った八戒からの爆弾発言。思わぬお誘いに私はただ、大きく目を見開いて固まるしかなくって。何か言うどころか、リアクションすら取れない始末。
だ、だって、八戒にそんなこと言われるなんて思ってもいなかったんだから仕方ないじゃないですか!!
「八戒のバーカ」
「いきなり何です?…ああほら、なまえ。上を見てください」
「上?―――うわ…!」
「暗くなってきたから明かりがついたんですね」
「綺麗だ、とは聞いてたけど、本当に綺麗!すごいね、八戒!!」
まるで子供のようにはしゃいでいると、八戒の顔が近づいてきて唇に柔らかいものが触れた。
それが彼の唇だとわかるまで、そう時間はかからなくて―――でもわかった途端、ぶわっと顔に熱が上がってきて本能的に後退りしようとした。だけど、それは八戒の手によって遮られまして…あっという間に私は彼の腕の中にすっぽりと抱き込まれてしまいました。これもこれで恥ずかしい…!
人というものはこういう時、意外と周りのことを気にしていないと言われがちだけど、私は絶対にそんなことはないと思うんですよね!だって私自身、結構見ちゃうから!こういう場面に遭遇したら。
「―――こういう時くらい、ちょっと大胆になってもいいでしょう?」
「だ、だってここ外…!」
「貴方が可愛いリアクションするのが悪いんですよ。…そろそろ短冊を吊るしに行きましょうか」
「う、うん……」
はい、と差し出された手を握って、私達は人混みを掻き分けて広場へと向かった。その間、私の顔の熱は一向に下がる気配などなかったのです。
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