世話焼きナイト

俺の同僚であるなまえは、しっかりしているようでだらしがない。いや、だらしがないと言うと語弊があるか…正しく言えば、自分のことに無頓着―――かな?例えば、


 side:コンラート


「あ、コンラート。どうしたの?こんな時間に」
「……なまえ。だからいつも言っているだろ?髪はちゃんと拭け、って」


風呂上がりの髪から水が滴っている、とかね。


「いやぁ、うん。わかってはいるんだけどね〜」
「そのセリフも聞き飽きたな。…入るぞ」
「ん、どーぞ。何か飲む?紅茶でもお酒でも用意できるけど」
「今はいいよ。とりあえず、こっちに座って」


手招きすれば大人しくソファに腰を下ろしたなまえ。何度もやっているせいか、俺に呼ばれただけで何をされるかわかっているらしい…肩にかけていたタオルを笑顔で俺に差し出しているんだからな。まぁ、ドアが開けられた瞬間に髪が濡れていることを指摘したせいもあるんだろうが。
優しく髪を拭いてやれば、風呂を上がったばかりなのか、それともほとんど拭かなかったのか、タオルはあっという間に水を吸って濡れていくのがわかった。全く、風邪をひくからと何度も注意しているというのにこの子は聞く耳をもたない。しっかりと返事をしているように見えて、実は全く聞いていないんじゃないか?と疑いたくなるくらいに。

(こうやって世話を焼くのも嫌いではないけど…)

俺となまえの関係はただの同僚。それ以上でも以下でもないと思っている。行動を起こせばきっと、今の関係に何か変化はあると思ってはいるが…それは確実に『壊れる』ということになる。
今のように気軽に部屋を訪ねることもできなくなるだろうし、世話を焼くことも、言葉を交わすことだって難しくなるかもしれないと思うとやっぱり、この距離感が一番だと思ってしまうんだ。その反面、一歩でも先の関係になりたい―――そう願う自分がいるのも本当なんだけれども。
一歩先の関係、と言っても、なまえにとっての俺は多分、ただの同僚でしかないだろう。もしくは友人と言った所だろうか。そもそも、こうも簡単に部屋の中に招き入れられているということは、男として意識されていない可能性が高いんだよ。それも風呂上りとなっては、尚更。…わかってはいたが、改めて自分の中で整理をすると溜息をつきたくなるな。


「はい、終わったよ。なまえ」
「ありがとー。今、飲み物用意するね」
「うん、ありがとう」


なまえと入れ替わりでソファに腰を下ろした。さっきよりも水気がなくなった髪をふわり、ふわりと揺らしながら動き回る彼女はとても可愛らしく見える。惚れた欲目を抜いたとしても、なまえは美人だと思うし、笑った顔やちょっと仕草は可愛らしいと思う。


「コンラート、紅茶で良かった?」
「ああ、構わないよ」
「…そうだ、もらいものだけどクッキーがあるの!一緒に食べよう」
「いいけど、…こんな時間にか?」
「だーってせっかくコンラートが来てくれてるんだもの、もてなしたいじゃない!」


ごくん。紅茶を飲み下す音が、やたら大きく響いたような気がした。
別になまえが変なことを言ったわけではない、彼女はそういう人だから特別な理由があるわけではないことくらい、容易に想像がつくのだけれど…それでもやっぱり、ドキッとしてしまうのは惚れた弱みというやつなのかもしれないな。


「なまえ。何度も言うけど、いい加減、髪くらいきちんと拭かない?」
「へ?」
「いや、へじゃなくて…」
「んー……でもさ、私好きなんだもん」


お皿の上に出したクッキーを1枚、口の中に入れて咀嚼しながら彼女は言った。好き、って…何がだ?


「だからさ、好きなの。コンラートに髪を拭いてもらうの」
「……え?」
「何度も拭かなくちゃな、って思うんだけど、けどさ、拭いてないとコンラートが拭いてくれるでしょ?構ってくれるでしょ?」


だからなんか、クセになっちゃって。
そう言って笑いながら紅茶を口にするなまえに、俺は何と返せばいい?何と返せば正解で、彼女を失わずに済むのだろう?―――だけど、考えて言葉を発するよりも素直に気持ちを言ってしまった方がいいかもしれない。
グッと拳を握り込んで、なまえの瞳を真っ直ぐに見つめて俺は口を開いた。


「なまえ―――俺は君のこと、」


彼女に俺の気持ちがしっかり伝わったのか。俺と彼女の関係がどう変化したのか。
それは俺達と神のみぞ知る。
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