雨に潜む君の熱

天気予報は確かに晴れだと言っていた―――嘘つき、と恨めし気に冷たい雨粒を降らせている真っ暗な空へ視線を向けるけれど、それで決して雨が止むわけではない。止むどころかむしろ、さっきよりも強くなっているようにすら感じるくらいです。
ポタポタと前髪から滴り落ちる滴に鬱陶しさを覚えながら、そのまま視線を隣へと滑らせる。そこには私と同じようにびっしょり濡れた八戒くんの姿がある。邪魔そうに濡れた前髪を掻き上げる仕草は、ドキッとしてしまうほどに色っぽい。

―――事の起こりは2時間ほど前のこと。
新しい町に着いたのが昼過ぎ、翌朝には出発するとのことだったので昼食を済ませた後、八戒くんと私は買い出しへと出かけたんです。買い足すものはそこまで多くなかったので2人で出かけた所までは良かったんですが…買い物も終わりを告げようとしていた時、いつの間にか厚い雲に覆われていた空から大粒の雨が降ってきてしまった。
げっと言う間もなくざあざあ降り。慌てて雨宿りできそうな軒下に駆け込んだはいいものの、…時すでに遅し、私達は荷物共々びしょ濡れになってしまいましたとさ。


「困りましたねぇ…止みそうな気配がありません」
「こういう時、連絡手段がないのって厄介ですね。迎えを呼べませんし」
「あはは。呼んだ所で、三蔵達が素直に迎えに来てくれるとも思えないけど」


うーん、それは言えてるかも。服の裾を絞りながら苦笑い、絞り出した水分の量にも苦笑い。…かなり濡れたな、と自覚はありましたけど、絞れるほどだとは思っていませんでした。
そこそこ気温が高いのが救いだけれど、でもこのまま着替えもせずに立ちすくんでいたらきっと風邪をひくのは間違いないだろうなぁと思います。その証拠に僅か、ですけど、寒さを感じていますから。

早く帰りたい。帰ってシャワーを浴びて、着替えたいと思うけれど…この土砂降りの中、走って帰る元気と勇気は残念ながら持ち合わせていないのですよ。持ち合わせていれば良かったのかもしれませんが、どっちにしろ風邪をひきそうな予感だけは拭えない気がしますね。…理由が何であれ、熱でも出したら三蔵様にどやされてしまいそうだわ。


「っくしゅん!」
「大丈夫ですか?かなり濡れましたからね…身体が冷えてしまったのかも」
「気温はそれほど低くないんですけど、」
「風が少し吹いていますし、濡れていると尚更寒く感じるでしょうから」


ズズ、と鼻水をすすってもう一度、空を見上げる。いまだ雨は止む気配も、弱まる様子も見せない。まだまだ雨脚は強い状態が続きそう…どうしよう、と冷えた体を擦りながら考えていると、隣に立っていた八戒くんの気配が動いたような気がしたんです。
どうしたんだろう、と視線を移すと、あっという間に彼の腕の中に抱き込まれていた。驚く暇もなにもあったもんじゃない、本当にあっという間過ぎてしばらく固まってしまったくらい。

我に返ったのはそれから数秒後のこと。慌てて八戒くんの名を呼んだ(そして噛んだ)けど、私を抱きしめている張本人である彼はなんです?といつもと変わらぬ態度。焦っているのも、恥ずかしがっているのも…私だけのようです。だからといって、すぐに冷静さを取り戻せるわけでもないのだけれど!


「僕もびしょ濡れなので不快感があるでしょうし、然程温かくはないと思いますが…さっきのままよりはマシでしょう?」
「え、と………うん、温かい、です、けどっ…!」


心臓はドキドキ。顔はさっきとは打って変わって熱を帯び始めていた。それは確実に八戒くんに抱きしめられている、という恥ずかしさからのものだと思う。
でも身体自体に感じている熱と温かさは、その恥ずかしさからくるものなのか、それともくっついたことによって生じた熱なのか―――判断がつきませんでした。


「あ、あの…八戒くんは、寒くありませんか…?」
「ええ。さっきより断然、温かいですよ」


恥ずかしさは拭えない。それにこのままの状態でいると、胸の奥に隠し続けている彼への想いが、恋情が出てきてしまいそうな気がして…だけど、抱きしめられているこの瞬間が幸せすぎてこのままでもいいかもしれないと思ってしまうのは、矛盾しているのでしょうか?離してほしいけど、離してほしくないなんて。

くっついている部分からじわじわと熱が伝わってくる。その熱を八戒くんにも感じてほしくて、もっと身体を温めてあげたいと思って、下ろしたままだった両腕を背中へと回す。そのままぎゅうっとしがみつくように抱きつけば、さっきよりももっと温かくなったような気さえします。


「なまえ…?!」
「わ、私ばっかり温まっている気がするので、…お返しです!」
「お返しって貴方……」


胸元に顔を埋めてしまったから、だからわからなかったの。八戒くんがどんな表情をしていたか、なんて。





どれくらいの時間、そうやって抱きしめ合っていたでしょう。さっきまでざあざあと響いていた雨音が、いつの間にか聞こえなくなっていました。
止んだのだろうか、と埋めていた顔を上げようとした所で、あ。と呟く八戒くんの小さな声が耳に届く。


「止んだみたい、ですね」
「そのようです。…ああ、見てください」
「何ですか?」
「あっち。虹が出ていますよ」
「わ、…本当だ、綺麗です」
「雨に降られた時はツイてないと思いましたけど…」


色々と得しちゃいましたね。
そう言って笑った彼。色々って何ですか、と聞きかけたけど、慌ててその言葉を飲み込んだ。何だか聞いてはいけないような、そんな気がしましたから。


「さて、雨も止んだことですし帰りましょう。それでシャワーを浴びて、温かい飲み物でも淹れましょうか」
「…はい、そうですね」


運が良かったのか、それとも抱き合っていたのが功を奏したのか、八戒くんも私も風邪はひかずに済みました。
だけど、しばらくはあのことを思い出すだけで顔が熱くなっていたのは―――私だけの、秘密。
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