雨に濡れて

洗濯物を畳みながら窓の外へ視線を移せば、どんよりと厚い雲が広がり始めていた。これは近いうちに降り始めるかなぁ…久保くん、傘は持っていっていただろうか。時くんは滝くんに呼ばれてそのまま徹夜で仕事だって言っていたから、問題はないんだけれど。

(迎えに行ってもいいんだけど、バイトの場所聞き忘れてたのよね)

鵠さんのお手伝いではなかったよね、確か…麻雀の代打ちだったっけ?あ、でも代打ちだったら大体場所一緒だし、違う所でも雀荘は固まっているからあの付近に行けば会えるかもしれない。降り始めたら迎えに行ってあげよう。
何だかつき合ってるみたいだなぁ、それって思いながら、つき合ってるんだっけって気がつくのは毎度お決まりのパターンの気がしてきました。実感がないわけではないのだけれど、忘れそうになってしまうのも事実。まぁ、今までと何ひとつ変わっていないのだから、忘れそうになってしまうのも仕方ないのかなって思ってたりする。


「雰囲気が甘くなった、とは言われたけどな…自分じゃわかんないし」


畳んだ洗濯物をしまいながら独り言。2人がいないと自然と多くなってしまうのは困りものだ…どうしよう、これがクセになったりしたら。家でだけならいいけど、外で出始めたら完全に危ない人って目で見られそうだもん。
はぁ、と溜息をつきながらキャビネットの引き出しをしめると、ザーッという音が耳に届いた。あれ?さっきまでは降りそうって天気だったのに、もう降ってきちゃったの?音から察するに結構降ってる感じだけど。リビングの窓から外を見れば、まるでバケツをひっくり返したような降り方でギョッとした。うわ、これはすっごい。

この中を帰ってくるのは大変だ。傘を持っていなかったら尚更。携帯だけ持って迎えに行こう、と玄関に向かったら、ガチャリとドアが開いた。開くはずのないドアが開いてギョッとしていたら、姿を現したのは全身ずぶ濡れの久保くんだった。
あちゃあ…やっぱり傘を持っていっていなかったのね、そして思っていたより帰りが早かったなぁ。迎えに行く間もなく帰ってきちゃった。…ちょっとだけ残念だな、って思っちゃったけど言わないでおこう。


「ああ…ただいま、なまえ」
「おかえり。今、タオル持ってきてあげるからちょっと待っててね」


バスルームからタオルを持ってきて渡してあげれば、代わりにと眼鏡を渡された。ああ、拭くのに邪魔だから持っていろってことか。
タオルを取りに行った時にお風呂も沸かしてきたから、数十分で入れると思うけど…でももうバスルームに突っ込んじゃった方が早いかな?お風呂が沸くまで待っていたら風邪をひいてしまいそうだし。


「久保くん、まだお風呂沸いてないけど入ってシャワー浴びてなよ」
「ん?んー…」

―――むぎゅ、

「ぎゃっ!ちょ、久保くん冷たい!!君、全身ずぶ濡れなのわかってる?!」
「わかってる。巻き込んじゃおうと思って」
「はい?」
「これでなまえも服、濡れちゃったでしょ?一緒に入ろ」
「はぁ…君ねぇ」


この子はたまーにこういう確信犯的なことをする。素直に口にはせず、私がそうせざるを得ないようにもっていくんだ。別に素直に言ってくれれば、お風呂くらい……と思ったけど、何度も一緒に入る?っていうのを断っていたっけ。そりゃあ久保くんもこんな行動に出もするのかな。強引すぎますけど。
だけど確かに抱きしめられたことで服は濡れてしまった、徐々に冷えてきているし、何より気持ちが悪い。私の場合、濡れたのは服だけだから着替えるだけで済むっちゃ済むけど…チラ、とタオルで髪をがしがし拭いている久保くんを見上げた。

(…表情はいつも通りだけど、もしかして甘えたいのかな…空気がちょっとだけピリピリしてる)

僅かな違いだと思う。時くんからすれば久保くんは何考えてるのかわかんねー、って感じらしいし。私だって出会ったばかりの頃は全くわからなくて、何考えてんだコイツって本気で何度も思ったくらい。大体、こんな感じかなぁ?ってわかり始めたのは、2人で暮らすようになってからだったと思う。
表情も注意深く観察していれば、全く変化がないわけではないことがわかるしね。少しずつわかり始めてからは、それなりに求められているものを与えられてきているかな。…仕方ない、時くんもいないし甘やかしてあげましょうか。


「なまえ?」
「着替え持ってくるから先に行ってなさい。私も一緒に入るから」
「…うん」


あ、表情が緩んだ。こういう所、可愛いなぁって思っちゃう。忘れがちだけどこの子、年下なんだよね。その年下に翻弄されている私も私だけど。

2人分の着替えをもってバスルームに繋がるドアをそっと開ければ、中からシャワーの音が聞こえてきた。…何でもない生活音のはずなのに、何というかこう、…緊張してきたんだけど?落ち着いていた心音もバクバクといっているし、顔も熱い。それこそ熱でもあるんじゃないかってくらい。
一緒にお風呂に入るの、初めてだからだろうか。でも裸を見られるのは初めてじゃない、それこそ一緒にお風呂に入る以上に恥ずかしいことを何度もしているのに…それなのに恥ずかしいって思ってしまうなんて、乙女か私は。性別は合っているけれど、私の中に純情と呼ばれるものがまだ残っていたなんて驚きだよ。

むう、と顔を顰めて考えること数分。自分の世界に入ってしまっていた私を現実に引き戻したのは、お風呂が沸きましたという機械の声とメロディだった。…ええっと、大分冷えてきちゃったし入るか…というか、ここまできて入るのやめるとか言ったら久保くんが怖い。絶対、この後何かされるに決まってるもん。それこそベッドから起き上がれなくなるんじゃないか、って程に。


―――ガチャ、

「遅かったね。何してたの?洗面所で」
「…色々と考えてたの」
「ふぅん…?」


すでに髪も体も洗い終えたらしい彼は、沸いたばかりのお湯に身を沈めていた。私もさっさと洗って浸かってしまおう、髪…はいいか。体だけ洗えば。


「それにしても連絡くれれば迎えに行ったのに」
「…それもちょっと考えたけど」
「けど?」
「気づいてる?お前、雀荘の奴らに人気があんの」
「………え?」
「モテるんだよ、なまえは。全く気がついてないみたいだけどね」


体を洗いながらぽかん、とマヌケ面を晒した。腕を往復していた手も、思わぬ発言にピタッと動きを止めてしまっています。
え、人気があるとかモテるとか…それ本当のことなの?久保くんの勘違いとかじゃなくって?私、雀荘に顔を出したのは片手で事足りる程だし、そこまで深いつき合いをしている人もいないんですけど。それこそ偶然にも出会ったアンナちゃんくらいじゃなかろうか。
ようやく我に返った私は、再び体を洗いながらそう言ってみるけれど、久保くんは全く納得した様子がない。まるでそんなわけないだろ、と目が言っているような気がして自然と逸らしてしまった。この子の目に見つめられるの、苦手なんだよね…見透かされているような、気がして。昔は何も宿していなかったクセに。
黙々と洗い終え、シャワーで泡を流しきった所で久保くんの腕が伸びてきて、私を軽々と抱き上げた。悲鳴を上げる間もなく湯船の中にちゃぷん、と体が沈められる。そしてそのままぎゅうっと後ろから抱きしめられて、…もうどうしていいやら!裸で抱きしめられるのとか、変な感じ。


「私に本気で興味を持つのは、君だけなんだけどなぁ」
「そーでもないって言ってるっしょ?」
「うーん…イマイチわかんない」
「…いいよ、わかんなくて。なまえは俺のことだけ見てて」


がりっと首筋を噛まれて、ふるりと体が震える。そのまま噛み痕をねっとりと舐められ、今度は軽く吸われた。ああこれは、スイッチが入っちゃったかも…なんて、他人事のように考えながらも内心どうしようかと思っている。一度、スイッチが入ってしまうとなかなか離してくれないんだもの。久保くんって。
案の定、お湯の中に沈められている彼の手が私の胸や太腿に触れ始めて―――私は諦めたように目を閉じた。
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