愛を知った狼と赤ずきん
狼が悪者だなんて、誰が言ったの?
「貴方はいつでも此処にいるのね」
風邪で寝込んでいるおばあさんの為に花を摘んでいこう、と立ち寄った花畑。そこにはまるで花が似合わない、という風貌の人―――いや、狼さんがいた。花畑の真ん中で、ただ立っているだけの真っ黒な狼さんは、お父さんとお母さん、それから村の人々が言っているような怖さは微塵も感じられなかったの。
それどころか、どこか淋しそうな顔で…見かける度に淋しそうな顔をしているから、何だか堪らなくなって今日初めて声を掛けてみたら。何だか驚いた顔でこっちを見たのは何でなのかしら?
「…お前、人間だろう。そこの村の」
「そうよ」
「わからねぇな、…人間は皆、俺を避けるだろう。近づくな、と」
「ええ、よく言われるわ。狼さんは人を食べてしまうからって」
「ならどうして、お前は俺に近づく?」
ああ、またこの顔だ。とても凛々しい顔つきをしているのに、とても綺麗な紅い瞳をしているのに、浮かべられる表情は虚無か、淋しさのどちらかだけ。笑った所なんて、一度も見たことがない。
そりゃあ、1人でいたら笑うことなんてないかもしれないけど…それでもやっぱり、何だかもったいないなぁと思った。笑ったらもっと、狼さんは素敵だろうにって思うから。
「狼さんは名前ってあるの?」
「名前?」
「ほら、お仲間さんと暮らしていた頃は呼ばれていたでしょう?私はなまえって言うの!」
「ああ……黒鋼、だ」
「ふふっそう、素敵な名前ね」
真っ黒で、艶々とした毛並みにピッタリの、本当に素敵な名前。
「ク、…変な奴だな、お前」
あ、笑った。初めて見た狼さん―――もとい、黒鋼の笑顔はどこか淋し気で、どこか困ったような笑顔。きっと今まであまり笑ったことがないのかもしれない、だったら私が…笑わせてあげたい。もっと綺麗な笑顔を、楽しいんだって笑顔にさせてあげたい。
初めて言葉を交わしたこの日から、私は毎日のように花畑へ足を向けるようになった。お花を摘む為なんかじゃなく、ただ黒鋼に会う為に。黒鋼と話す為に。時にはお茶やお菓子、お弁当を持って。
会いに行くとまた来たのか、ってうんざりする顔を見せるんだけど、でもゆっくりパタパタと尻尾が揺れているからきっと少しは嬉しいと思ってくれていると思うんだ。そうじゃなきゃ尻尾が揺れたりしないでしょう?それを知った瞬間は、思わず笑ってしまったのを覚えてる。…ああ、可愛いなぁって。
だけど、そんな幸せで楽しい日々は長く続かなかった。今日も黒鋼に会いに行こう、と花畑へ向かう途中、村の人の噂話が耳に届く。花畑の先にある森で、若い女性の死体が見つかったらしい。きっとあの狼男の仕業に違いない、いい加減我慢の限界だ、やはり怪物と人間は相容れない―――殺してしまえ、と。
ぶるり、と背中に悪寒が走った。殺す?一体誰を?まさか、…黒鋼を?あの優しい彼を、絶対に人を殺したりなんかしない彼を、殺すと言うの?女性を殺したのが彼だと、黒鋼だと決まったわけでも、証拠が見つかったわけでもないのに。
(そんなこと、させない)
いつもならゆっくり歩いていく道を、全力疾走。早く、村の人達が武器を持って立ち上がってしまう前に、何処か遠くへ…そうだ、森の奥へ逃げてしまえばいい。それでしばらく身を隠して、ほとぼりが冷めた頃に静かな場所へ。きっとあるわ、人間と怪物と呼ばれる存在が共存できる場所が必ず何処かに。
「黒鋼!」
「なまえ…?どうした、そんなに慌てて」
「ねぇ、貴方は人間を襲ったりしてないわよね?!」
駆け寄って腕を掴み、必死に問いかける。お願い、違うと言って…!
「おい、落ち着け。今の質問はどういうことだ?」
「村の人達が言っていたの、この先の森で女性の死体が見つかったって…狼男の仕業に違いない、って!」
「……そうか」
「ねぇ、貴方じゃないわよね…?」
「生憎だが覚えがねぇな」
黒鋼の返答にホッと息を吐く。良かった、やっぱり黒鋼は…噂に聞くような狼男とは違うんだ。だけどきっと、それを村の人達に話しても聞く耳を持ってくれないわ。私が彼に騙されているとか言って、絶対に聞いてくれない。だったら、もう一緒に逃げるしかないの。
「逃げよう、黒鋼!村の人達が来る前に、遠くへ逃げよう」
「逃げても無駄だろう、…この世界は、どうやら俺にとっちゃ住みにくい世界らしい」
「そんなっ…そんなことない、絶対ない!探せばあるはずよ、私達が一緒に暮らせる場所が絶対…!」
「…何故、お前がそんな顔をする」
「貴方がこういう時に限って淋しそうな顔をしないからじゃないっ!」
だから、だから私が代わりに泣くの。怒るの。
貴方が飲み込んでしまった分の感情を、全部私が引き受けるから。
「なまえ、お前の気持ちは嬉しいが…お前まで辛い思いをする必要はねぇ。お前はお前の居場所がある、そこで生きろ」
「ッ!…嫌よ!嫌、絶対に嫌!!貴方が、黒鋼がいなくなった世界で生きるくらいなら―――」
グッと逞しい腕を、掴んだ。
「私も一緒に連れて逝って」
黒鋼の優しさに触れてしまった。温かさに触れてしまった。もう二度と…離せないだろう、と悟ってしまった。彼がいなくなった世界で暮らしていける程、私は強くなれないの。
「…お願い、黒鋼……置いて、いかないで…!」
「それで…お前は後悔しないんだな?」
「しない。するわけない。…貴方と、ここで別れた方がずっとずっと後悔するわ」
ポタリ、と一粒の涙が落ちた。瞬きした先に見えたのは、バカだな、と笑った愛しい愛しい―――私だけの狼男。
後に男女の死体が花畑から見つかった。
その身を真っ赤に染めながら、それでも穏やかな笑みを浮かべ、互いを離さぬように抱き合って。
狼男黒鋼さんと赤ずきん夢主のお話です。
まぁ、あまり赤ずきん要素はありませんが…モチーフは童話の赤ずきんです。なので、冒頭の一文が入っていたり、する。
こういう幸せの形もあるよね。っていうやつです。でも狼男の糧になる、ってラストでも良かったかな。
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