恋をした妖

貴方に殺されるなら―――本望かな。
そう言って笑った彼女は、人間と何ら変わらなかったんだ。


 side:八戒


「八戒、お仕事?」
「うん、町外れに害をなす妖が出たらしくて」


パタパタと奥の部屋から出てきたのは、僕の奥さんのなまえ。
互いに家族や親族もいない天涯孤独の身の上で、出会った瞬間から強く惹かれ合った。つき合ってほしい、と告げるつもりだったのに、パニックになっていたのかはいまだにわからないけれど、結婚してくださいと告げてしまったんですよね。きょとんとした彼女はすぐにくすぐったそうに笑って、喜んで、と言ってくれたのだけれど。
それが僕達のなれ初めとなる昔話。


「なるべく早く帰るけど、戸締りはきちんとしてね」
「ええ、わかってるわ。貴方も気を付けてください」


いつもと何ら変わらない。いつだってなまえはそこにいて、いつだって花が咲いたような笑顔を見せてくれている。僕は彼女の笑顔が大好きで、どんなに仕事で疲れても、嫌なことがあっても、なまえの笑顔を見ることができれば癒された。それにまた頑張ろう、って思うことだってできた。彼女さえいてくれれば、他には何もいらないとさえ思えたのに。
それなのに、運命というのはひどく残酷だ。





「変死体?」
「ああ。お前も噂は聞いているだろう?町人が次々と死体で見つかっている、とな」
「ええ、まぁ…この町は然程大きくないですからね。耳に届いてはいますが…ですが、あれは事故死と全て判断されたとも聞いていますよ」


退魔師として働いている僕は、依頼がない限り今話している彼―――三蔵が所長を務めている出張所に出勤している。
主な仕事は書類整理や報告書の作成などなど…まぁ、所謂一般事務みたいなやつですね。


「表向きは事故死で処理されているが、今日、悟浄と悟空から相談を受けた」
「相談?」


報告書の作成に戻ろうとペンを握ったけれど、再び口を開いた三蔵によってそれは叶わなかった。悟浄と悟空というのは、地元警察の警官だ。僕達と歳が同じなのと、彼らが依頼してくることも少なくないので、気がつけば茶飲み友達のようなものになっているんです。
まぁ、色々な話が聞けますし、彼らがいてくれるおかげで不審な事件の情報もすぐに三蔵と僕の耳に入りますから、結構助かっているんですよ。そんな彼らから相談、だなんて、あまりいい予感はしませんね。

続きをどうぞ、と促せば、お茶を一口飲んでから、三蔵は口を開いた。
町人の死体が初めて発見されたのは、今からひと月ほど前のこと。亡くなったのは外れに済むご老人夫婦で、家の外で頭から血を流し折り重なるように倒れていたらしい。近くには梯子が倒れていたから、きっと足を滑らせて落ちてしまったんだ。落ちてきたおじいさんが運悪く、下にいたおばあさんにぶつかってしまったんだろう、と。つまり、事故死。
次の死体はうら若い女性だった。町から少し離れた川で、頭から血を流し倒れていたらしい。何故、川に行ったのかまでは明らかにされていませんでしたが、散歩でもしていて足を滑らせたのだろう、と結論付けられたそうです。つまり、これも事故死。
そして3人目は、一昨日発見されました。まだ幼い子供が、人通りの少ない裏路地で。この子供は廃屋の壁にもたれかかるようにして亡くなっていて、壁にべったり血がついていたことから壁に頭をぶつけたのではないか、と言われています。
これも事故死と断定され、どれもこれも事件性はないはずだった…いや、表向きは『そう発表されていただけ』だった。


「死体全てに、かじられたような跡が残っていたそうだ」
「かじられたような跡…?」
「最初は警察の奴らも野犬にでもかじられたんだろう、と思っていたらしいが…よくよく調べてみりゃあ違うらしい」
「悟浄と悟空が僕達に相談してきた、ということは…」
「ああ。もしかしたら妖の仕業かもしれない、調べてくれないか―――そう依頼を受けた」


かじられたような跡…ですか。それは確かに妖の仕業かもしれない、と思う悟浄達の気持ちもわからないでもないかな。更に詳しく話を聞いてみれば、『心臓だけ』抉り取られていたらしいですから。
野犬にかじられたと仮定すると、それはおかしすぎます。恐らく、野犬は人間の心臓になど興味は持たないでしょう。


「おい、聞いたか!また死体が見つかったんだってよ!」
「野次馬の話によれば、今度は腕が片方なくなっていたらしいぜ」


開け放っていた窓から聞こえた、そんな声。三蔵と2人で窓から外を覗いてみれば、さっきまで静かだった町中があっという間に喧騒に包まれていた。腕が片方なくなっている死体、か…これは本当に妖の仕業の可能性が高くなってきましたね。
これは早々に調査をして、祓わなければならなそうだ。そっと三蔵に視線を向ければ、彼は無言で頷きを返してくる。どうやら、今晩にでも決行するようです。





「三蔵、どうですか?」
「…今までに感じたことのない気が動いてやがるな」
「ということは、妖の犯行で決定ということですね」
「そのようだ。行くぞ、八戒」
「了解です」


彼が感じ取った気は、裏山の方かららしい。町中を駆け抜け、気が集まっている中心部へと向かう。十中八九、妖はそこにいますから。三蔵が妖の場所を間違えたことなんて、今の今まで一度もありません。信用できるんですよ、彼の能力は。
裏山付近に辿り着くと、彼のような探知能力がない僕でも悪質な気を感じ取ることができました。ここまでくれば、何処にいるかくらいは察知することができるかな。…けれど、ここまで悪質なものは初めてかもしれない。今までにも厄介な妖と対峙してきましたが、ここまでではありませんでした。これはすんなり祓える相手ではなさそうですね。


「濃い気配と、血の臭い…チッすでにやらかした後か」
「でもまだ逃げてはいないようですよ。この辺りから、です………」
「…八戒?」


ガサリ、と草を掻き分けた先に見えたのは、月明かりに照らされた女性の後ろ姿。でも辺りは暗くてもよくわかるほど、血で真っ赤に染まっていた。そっと視線を下げてみれば、そこにはすでに息絶えているであろう1人の男性がその身を真っ赤にして横たわっている。
けれど、僕が驚いたのはその光景に、というわけではない。佇んでいる女性の姿が、よく知っている―――いや、愛しくて仕方ない彼女の、なまえに似ていたからだ。


「あら…見つかってしまったのね」


ゆぅらりと振り向いたのは、なまえだった。


「お前、八戒の……?!」
「うふふ。この町の警察と退魔師は優秀なのねぇ…やっぱり、隣町で事を起こすべきだったかしら」
「…なまえ、貴方…妖、だったんですか?」


さらさらと風に揺れる黒髪。けれど、美しい髪は所々が血で赤黒く染まり、弧を描く口元にもべったりと血がついている。瞳は今までに見たことのない赤になっていて、額には小さな角のようなものが2本生えていた。

つまり彼女は、人を喰らう鬼だったということになる。

ボソリ、と呟いた僕に彼女は淡々とそうよ、と答えた。その声音はひどく冷たく、いつも感じている温かさは微塵も込められていない。
今までの彼女は嘘?幻?温かく、幸せだった生活は全て―――…ただのまやかしだったのだろうか。


「人間は愚かだから、きっと辿り着けないと思っていたのに…残念」
「どうして、」
「おかしなことを聞くのね、八戒。鬼が人を喰らう理由なんて、1つしか有り得ないじゃない」


人を喰らう鬼にとって、人間はただの食糧だ。ただの糧でしかない。…わかって、いるはずなのに…どうしてだろう。笑っていた彼女も、美味しそうに甘味を頬張る彼女も、僕の言葉に頬を赤く染める彼女も、どうしたってまやかしだったとも、嘘だったとも、演技だったとも思えないんだ。思えないんですよ、なまえ…!


「八戒、俺がそいつの動きを止める!その間に祓え!!」
「けれど三蔵!彼女はっ…彼女は僕の……」
「妻だろうが何だろうが、そいつは人間に害をもたらす妖だ!そのままにしておいたらきっと、お前まで喰われるぞ!」


三蔵の言葉が胸の奥深くまで、突き刺さった。震える手で呪を込めた短刀を握るけれど、一向に体は動いてくれる様子がない。
この手で彼女を、なまえを殺すなんて―――…そんな残酷なこと、できるはずがないのに。パタリ、と一粒の涙が頬を流れ落ちた。


「ねぇ、八戒。貴方に殺されるなら―――本望かな」


最期に見た彼女は、今までで一番綺麗な笑みを浮かべていた。

退魔師八戒さん×食人鬼夢主のお話です。
考えているうちにどんどん膨れ上がり、数話に分けるべきだったんじゃね?という詰め込み具合になりました…そしてこんな暗い話になる予定ではなかったのに。何故だ。
イメージしていたのはSound Horizonの「恋人を討ち堕とした日」です。…あ、だから暗い話になったのか?

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