Sweet,Sweet,Sweet.

「はい、どうぞ」
「?ありがとう…」


渡されたから思わず受け取ってしまったけれど、急にどうしたんでしょう?頭上に?を浮かべているだろう私を見て、八戒はにっこりと笑った。
笑った顔はとても素敵だと思うけど、…何で急に花をプレゼントされたのかはわからないです。できれば教えてもらえると嬉しいんだけど、この様子だと簡単には教えてくれなさそうだなぁとも思うわけでして。


「ねぇ、八戒。何で急に花?」
「んー…花屋さんで見て、綺麗だなぁと思ったので。嫌いでしたか?薔薇」
「いや、大好きですけども。…何で?」


とりあえず枯れてしまわないように水につけておこう、と空いたまま放置していたペットボトルに水を入れて、もらったばかりの薔薇を挿す。一輪だけだけど、真っ赤な薔薇なせいか存在感たっぷりだ。明日にはこの町を発つ予定だから、きっと長くはこの状態を保てないだろうし…今日だけはこの画を楽しんでおこうか。

テーブルの真ん中にペットボトルを置いて、八戒の向かい側に腰を下ろす。でもやっぱり頭の中に浮かぶのは、彼がわざわざ薔薇を買ってきた理由だ。
確かにこの人は三蔵達と違って、花を愛でる趣味はありそうだけど…普通、男性が見かけて綺麗だなぁって思ったからって買ってくるか?最初から贈るつもりで買いに行ったのならばともかく、そうじゃないのに買おうとは思わないでしょ普通。…別に嬉しくないわけじゃないよ?恋人からもらうものなら、何だって嬉しい。

(でもさ、何でもない日にプレゼント―――って…やっぱり勘繰っちゃうと言いますか)

ツン、と薔薇をつついて独り言ちる。もちろん、心の中で。チラリと八戒に視線を向けてみるけれど、いつの間にか彼の視線と意識は手元の文庫本へと移っていたらしい。相変わらず読書好きだなぁ、八戒は。
いいんだけどね、常に構ってくれなくたって。今日は同室だから一緒に過ごす時間は、夜にもたっぷりあるわけですし。…まぁ、あんまり遅くまでは起きていられないけどさ。寝坊したら三蔵にどやされちゃうもん。


「…本当はね、貴方に渡すつもりで買ってきたんですよ。ソレ」
「へ?」


パタン、と文庫本を閉じた八戒が見慣れた笑顔を浮かべる。でも瞳に宿る色が見慣れたものよりも優しくて、やっぱり胸が高鳴ってしまう。悟浄に言えば「つき合ってどれくらい経ってんのよお宅ら」って言われてしまいそうなくらい、私は初心らしい。それを八戒は可愛い、と言ってくれるけれど…うん、いい加減慣れたいなぁ…毎度見る度にこうドキドキしてたんじゃ、心臓がもたない気がしてきた。
その鼓動も心地良いといえば、心地いいのだけれど―――いつも、八戒に負けた気がして嫌なんです!勝ち負けなんて関係ないことだけど!!


「嬉しいけど、…今日、記念日でも何でもないでしょ?」
「あれ、気がついてませんでした?今日ってバレンタインなんですよ」
「―――バレンタイン?」


…そういえば、町の誰もかれも浮き足立っているような感じで、一体なんなんだろう?と思ったような記憶がある。何かお祭りでもあるのだろうか、と思っていたんだけど…いや、ある意味お祭りで間違いはなさそうなんだけどさ?それよりも大事なのは―――私が何も用意していない事実、ということだ。
三蔵達にはおろか、恋人である八戒の分すら用意していないとか!いっくら今まで恋愛事に興味がなくても許されることじゃないでしょーーーーー!!!バカか、バカなのか私はっ!!
地の底まで落ち込みたくなった私は、頭の中で絶賛反省会中です。ああもう、何してんだろ…私。


「なまえ、そんなに落ち込まないでください」
「ヤダ。落ち込む。…チョコ用意してない彼女は彼女じゃない…」
「またそんな卑屈になって、…僕はそんなこと気にしないのに」


でもチョコもらえるの期待してたでしょ?って聞けば、視線を逸らしてそれはまぁ…と呟いた八戒。
うん、ですよね!そうですよね!!そりゃあ期待しちゃいますよねー!!!私だって男だったら、彼女からもらえるであろうチョコを期待してると思うもん。めっちゃ楽しみにしちゃいますって。


「自分のことバカだバカだとは思ってたけど、…ここまでだとは思わなかった」
「完っ全にいじけてますね貴方…」
「い、いじけてない!バカさ加減に呆れてるだけ!!」
「いや、いじけてますって。…ほら、おいで?なまえ」


う…ズルイ、八戒はものすごくズルいと思う。だってそんな風に言われたら、柔らかく微笑まれたら…私は逆らえないのに。


―――ギュ、…

「期待していたのは本当ですけど、僕がなまえにプレゼントしたかったのも本当です」
「…だから薔薇…?」
「ええ。バレンタインというと女性から男性に贈るのが一般的ですが、男性から女性に贈る習慣がある所もあるんだそうですよ?」
「そう、なんだ…」
「何かの本で読んで、たまたま思い出して―――それで買ってきたんです。僕から貴方へ、愛を込めて」


チュッとリップ音が響く。キスをするのは初めてではないけど、何回しても慣れそうにない行為。本当に私は、色恋沙汰が苦手なんだなぁと心底思う。
…けど、苦手だけど、もっと八戒と触れ合いたいって気持ちはあるんだよ?手を繋いだり、キスしたり、こうやって抱きしめてもらったり…恥ずかしくても、もっとしたいって思ってるの。嘘じゃないわよ?


「―――来年は、ちゃんとあげるから。だから、…待っててね」
「…はい。楽しみにしていますね」
「大好きよ、八戒」
「僕は愛してますよ?なまえ」


赤くなった顔を隠すように、ぎゅうっと八戒にしがみつくように抱きついた。
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