やり直しバレンタイン

江戸に出てくる前は、バレンタインなんてイベントがあるなんて知りもしなかった。最初は女性が意中の男性に送るもの、と聞いていたけれど、今ではお世話になった人に送るのが主流になっている気がする。あれです、義理チョコ。あとは友達に送る友チョコとかね。ああ、男性が女性に送るパターンってのもあるみたいですよ?こうして変わっていくのだから、世の中というのは面白くできていると思う。うん。
かくいう私も、毎年仲間である皆さんにチョコを渡しているわけですが……今年はちょっとアレなんですよ色々と。なんと説明すればいいのかわからないのですが、私の、心の持ちようがちょっとだけ違うんです。真選組にはもちろん用意するんだけど、彼ら以外に渡したい人ができてしまったというか何というか!!!
恥ずかしすぎて、誰にも言ってないけどね。というか、相談できる人がいないんです。女性の知り合いがいないわけじゃないけど、こういう相談をしていい相手なのかと聞かれると困ってしまう。
お妙さん、九兵衛さん、神楽ちゃん、月詠さん、たまさん、キャサリンさん、お登勢さん、猿飛さんーーーあ、この人はダメだな。猿飛さんは却下、と。ううーん…お登勢さんが、一番話しやすいだろうか。スナックのママだし、聞き上手な気がするんだよね。相談にのってくれるかどうかは、まぁ別として。

「銀時はアンタの用意したモンなら、何でも喜ぶだろうさ」
「大の甘党ですもんね、あの人」
「それもあるが、相手がアンタなら尚更だ」
「私から…?」

水割りをちびちび舐めるように飲みながら、首を傾げた。お登勢さんはそんな私をチラリと見て、煙草の煙を吐きながらふっと笑みを零す。それはどこか呆れの色を浮かべているようにも見えて。
だって私からでなくとも、チョコに変わりはないじゃない。きっとあの人は、大好きな甘いものをもらえればくれた相手が誰であろうと喜ぶ。そうでなくとも、無碍にはしないと思っているから。何だかんだで情に熱い人だもの。万事屋さんは。

「好きな奴にもらえるんだ、有頂天にもなるさね」
「すっ……?!」
「おや。あのバカとアンタはそういう仲だと聞いていたが、違ったのかい?」

違くはない。決して間違ってないんですけど、お登勢さんがそれを知っているとは微塵も思っていなかったので!ビックリしただけです!!万事屋さんとつき合っていることを知っているのは、新八くんと神楽ちゃんと局長と副長と沖田さんと退さんだけだと思っていたから。
色々とお世話になったから、報告したんです。でもその中にお登勢さんは入っていなくて…だから、まさか関係を知られているなんて。新八くん達に聞いたのだろうか?でもあの子達は、面白半分に吹聴するような子達ではないはず。ということは、万事屋さんが報告したってこと…?!

「あ、あの…」
「なんだい?」
「あの人と私のこと、どなたから…?」
「銀時本人だよ。改まって話があるっていうから聞いてみれば、守りたい女ができたって言うじゃないか」

お登勢さんはあの人のことをバカだとか、甲斐性なしとか言っているけれど、浮かべられている表情はとても穏やかで優しげだ。喜んでくれていると、思ってもいいような気さえしてくる。

「アイツはね、甲斐性なしだが悪い奴じゃあない。…よろしく頼んだよ」
「色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

結局、どんなものを渡せばいいのか結果は出なかった。でも胸の奥がポカポカと温かくて、とてもいい気分。どこかふわふわしたままかぶき町をゆっくり歩いていると、ふと手作りにしてみようかと思いついた。人数が多いからという理由で、真選組の皆さんの分はずっと手作りだ。買うよりずっと安いし、簡単なレシピなら量産できるしね。今年もそのつもりだったし、万事屋さんの分も一緒に作ってみるのはどうだろうか。もちろん、違うものを作るけど。
でもひとつ気になるのは、万事屋さんが手作りを拒んだりしないかということ。
ほら、手作りが苦手って人もいるから…一応、あの人の恋人だし…それはないと信じたいけども。こればっかりは好きとか嫌いとか、恋人だからとかそういったものは一切関係ないですから。こういうことをお登勢さんに聞けば良かった…けど、あの時は手作りする気なんてこれっぽっちもなかったから仕方ないか。

「念の為に既製品のチョコも買っておこ…ダメだった時は、そっちを渡しましょう。うん」

そうと決まれば、早速スーパーに行って材料といざという時の既製品のチョコを買ってこなければ!でも何を作ろうか…甘党だと公言しているだけあって、甘味と言う名のつくものは何でも好きだと言っていたけれど、それでも好みというものはあるはずだ。
お登勢さんは私からなら何でも喜ぶと教えてくれたけれど、できれば一番好きなものをあげたいと思うのです。あ、いちご牛乳が好きでよく飲んでるって、前に新八くんから聞いたことがあったっけ。よく食べているパフェも、苺がのっているものが多かった気がするし。

「苺かぁ…もういっそのこと、ショートケーキにしちゃう?でもワンホールって何かなぁ」

あの人ならきっと、ワンホールでも喜んで食べてくれるとは思うけど…チョコ要素もゼロになっちゃうのはやっぱり頂けない気がするのです。苺のショートケーキは、誕生日にしておこう。今回はチョコのお菓子にしよう。はい、振り出しに戻りましたー。
うーん…お菓子を作るのは初めてじゃないし、苦手でもないけど、決して得意というわけでもない。毎年作ってるトリュフなら、失敗しない自信はあるもののせっかくなら違うものをあげたい。あの人だけの、特別なもの。

「生チョコ、ブラウニー、クッキー…あ、新八くんと神楽ちゃんと一緒に食べられる分も用意したいな」

神楽ちゃんはよく食べる子だし、万事屋さんだけに渡したらきっと取り合いになるだろう。それだったら2人の分も用意してしまえば、取り合いになることはないだろう。…多分。よし、ブラウニーと生チョコにしよう。それで真選組の皆さんには、例年通りのトリュフ!
万が一の時の為の既製品は、バレンタインコーナーに行ってから考えればいいかな。結局、バレンタインコーナーの前で20分程悩むことになるなんて、この時の私は思いもしませんでした。





「緊張してきた…」

散々悩み、お登勢さんに相談したあの日から数日。ついにバレンタイン当日を迎えてしまった。チョコ作りは何とか上手くいきました!味見もしたから、問題はないと思う。一番苦戦したのはラッピングですよね…いつもは小分けの袋に入れるだけだったし、それを大きめのカゴに入れて食堂のおば様方に預けていたから。食べたい人はどーぞ、とメモ付きで。そうすると大体、夕飯時には綺麗になくなっているのです。
でも万事屋さんの分はそうはいかない。屯所の食堂に置いておいても、あの人の元へ届くわけではないから。つまり、自分から万事屋へ足を運んで渡さなくてはいけない。バレンタインというものを知って、直接渡すなんてことするのは初めてだ。
というわけで、私は昼休憩の時間を使い、万事屋さんの所へ向かっている最中です。心臓が口から出そう。割りかし真面目に死にそうです。誰か助けて。心の中でそう叫んでみても、誰も助けてくれませんけどね。逃げたい、とても逃げたいけど、ここで逃げたら負けたような気がする。誰と勝負しているわけでもないし、万事屋さんと約束しているわけでもない。チョコあげますね、なんて一言も言ってないのです。だから渡さなくても多分、何も言われない、とは思うのだけれど。

そもそもあの人は万事屋を営んでいるわけで、かぶき町には知り合いが多いし、吉原にも知り合いが多いと聞く。私があげなくとも、たくさんの人からもらっているのではないだろうか。その中には綺麗な女性だってたくさんいるだろう。本命だって、いるかもしれない。…確かに今、あの人がつき合ってくれているのは私だけれど。
なんかだんだんとマイナス思考になってきたなぁ。やっぱり逃げ帰ろうか、と考えたけれど、いつの間にか万事屋の扉の前にまで来てしまっていた。ぐだぐだ悩んでいても仕方ない、覚悟を決めよう。深呼吸をしてインターホンを押すと、しばらくの間を置いて奥から「はーい」と少年らしい声が聞こえた。新八くんの声だ。

「すみません、お待たせしました!…あれ?なまえさん?」
「こんにちは、新八くん」
「こんにちは!あ、銀さんに会いに来られたんですか?」
「えっ…ええっと、」
「あのマダオ、仕事がないからって朝から出かけちゃってて…まだ帰ってきてないんです」

新八くんが眉を下げてすみません、と謝ってくれたけど、貴方が謝る必要はこれっぽっちもないと思う。慌てて約束してたわけじゃないから大丈夫、と声をかければ、少しだけ安心したように笑ってくれたけど。

「…いつもお世話になってる万事屋3人に、バレンタインチョコを持ってきただけだから」
「えっわざわざすみません!ありがとうございます!」
「手作り、なんだけど、もし手作りのものが苦手だったら捨てて構わないからね」
「そんなことしませんよ!銀さんも神楽ちゃんも僕も、全然大丈夫ですから。有り難く頂きますね」
「ついでにお願いしてもいい?」
「お願い、ですか?」
「うん。これをね、万事屋さんに渡しておいてもらえるかな」

ほんの数秒だけ悩んで、その末に私が新八くんに託したのは…頑張って作った生チョコが入った紙袋。もちろん、その中には念の為と思って買った既製品のチョコも入っている。このまま持って帰って自分で食べても良かったんだけど、どうせなら渡してしまえ!と思って。保険ではあるけど、これも万事屋さんを想って買ったものには違いないもの。
新八くんは必ず渡します、と笑いながら受け取ってくれた。良かったら上がっていきませんかって言ってくれたけど、もし万事屋さんが帰ってきたらどんな顔をしたらいいのかわからないので丁重にお断り。渡せた達成感(本人にじゃないけど)からか、屯所までの帰り道は足取りがやけに軽やかでした。

その後は食堂でお昼を食べ、午後も至って平和。相変わらず処理しなくちゃいけない書類が多いけれど、それ以外は特に問題もなかったのです。平和って素晴らしい…!
定時に仕事を終え、自室で私服に着替えていたら文机の上に放置していた携帯がブルブルと震え始めた。一瞬、呼び出しかと思ったけど、屯所にいるし、何かあったのなら直接呼びに来るはずだ。でも真選組以外でこの番号を知っている人は、そう多くない。もしかして月詠さんかお妙さんだろうか?帯までしっかり締めてから携帯を開くと、ディスプレイに表示されていたのは『万事屋さん』。思わず固まってしまったのは、仕方がないと思う。

「もっもしもし?!」
『あ、悪い。まだ仕事中?』
「いえ、今日はもう終わって…着替えていた所だったので」
『あ、そうなの?んじゃ今から出てこれる?』
「それは大丈夫ですけど…何かあったんですか?」
『うんにゃ?何もねーよ。ねーけど、用事なかったら会えない?』

うっ…そう言われてしまうと、とても弱いのですが…!
会えなくないです、と変な日本語で返せば、万事屋さんはとても楽しそうに笑った。

『ウチ来いよ。夕飯、一緒に食おうぜ』
「えっあっ…は、はい」
『くっ…んなきょどるなって』
「だ、だって万事屋さんの所に行ったの、まだそんな多くないんですよ…!でも新八くんと神楽ちゃんは?」
『今日はお妙に呼ばれて、そのまま泊まりだってよ』

だから、あんま気ィ遣わなくて大丈夫だぞ。
とても柔らかな声で言われて、ドキッとしてしまった。気を遣っていたつもりはないのだけれど、どうやら万事屋さんの目にはそんな風に映っていたみたい。
…真選組として何か依頼がある時に行くのならば、ここまで恥ずかしくもないし、緊張もしないし、狼狽えたりもしないと思う。けれど、今日のは完全にプライベートだ。そして万事屋は彼と神楽ちゃんの家だから、そこに踏み込んでいっていいのかと思ってしまう。
家主である万事屋さんがおいで、と言ってくれているのだから、そこまで気にしなくていいのかもしれないけど。それでもやっぱり、私は赤の他人だから…あまり深くまで踏み込まない方がいいんだと、そう思っているのです。

「すぐ出られるので、そう遅くならないうちに着けると思います」
『うん、待ってる。気をつけておいで』

また後で、と通話を切り、私はそのままズルズルと座り込んでしまった。
き、緊張したぁ〜…!電話なんてもう何度もしてるのに、まだ慣れない。何かこう、耳にダイレクトに声が響くから普段より緊張してしまうのだと思う。微かに乱れた呼吸を整え、勢い任せに立ち上がる。そうでないと足が震えてしまいそうだったから。うう、電話の度にこんなドキドキしてたら色々ともたない気がするよ。私。…とりあえず、万事屋に向かおう。待たせてしまうのも申し訳ないし。
廊下でばったり会った副長に出かけてくる旨を伝え、門番の隊士にも同じように伝えてバタバタと屯所を飛び出した。かぶき町へ向かう道中、昼間に新八くんへ託したチョコのことを唐突に思い出して足が止まる。う、わ…誘われた嬉しさですっぽ抜けてたけど、あのチョコは万事屋さんの手に渡ってるはず。感想とか、恥ずかしすぎて聞きたくないなぁ。
途端に歩くスピードが落ちたけど、もう行くと返事をしてしまったので屯所へ戻るわけにはいかない。会いたくないわけでは、ないし。それは断じてない。なかなか会える時間がないから、それを無駄にもしたくない。それに今日会えるとも思ってなかったし。不意に浮かんだ万事屋さんの笑顔にキュンとして、私は再び万事屋へと急ぐことにした。

「そんな急がなくても俺は逃げねぇよ?」
「はっ…そ、れは、そうなんですけど…!」
「でも嬉しい。ほれ、深呼吸してー」

結局、猛ダッシュで万事屋に来てしまった。
迎えてくれた万事屋さんは、ぜぇはぁと肩で息をする私を見て苦笑を浮かべている。そして先程のセリフであります。

「な、何か急がなくちゃいけない気分になって…」
「そういう可愛いこと言わねーでくれる?帰すの嫌になるだろ」
「帰れないのは…ちょっと…」
「だろ?俺もゴリラに怒られんの勘弁、」
「先に言ってくれれば、…外泊申請、出してきます」
「えっいいの?!」

何でそんなに驚かれるのか、理由が全くわからない。今まで外泊不可だなんて言ったことないはずなんだけど。首を傾げてみれば、「だってお前んとこ過保護じゃん」と眉をひそめた万事屋さん。そう言われてもあまりピンとこないんですけど…過保護ですかね?あの人達。
考えてもやっぱりわからなくて、またもや首を傾げる羽目になりました。

「その仕草もやめて…可愛い…」
「そんな風に言うの万事屋さんだけですよ」
「こーら。今仕事中じゃねーだろ?お前」

ぎゅーっと抱きしめてくれていた腕が緩められ、ムッとした顔で覗き込まれた。確かに仕事は終わったけれど、一体何のことを言って……あ、名前?

「銀時、さん」
「おう。なーに、なまえ」
「……呼んだ、だけですっ」

赤くなっているであろう顔を隠すように、彼の背中に腕を回してムギュッと抱きついた。いきなりすぎたのか、銀時さんは固まってしまったけれど。いつもは私の方が驚かされてるんだもん、このくらいしてもいいよね。うん!

「可愛い…ほんっとお前可愛いんだけど?!」
「銀時さんも今日はデレ多めですね?」
「俺、割といっつもデレ多めじゃね?え、違うの?」
「デレというか、変態っぽいというか…」
「ちょっとなまえちゃん?!そんな風に思ってたの?!」
「まぁ…時々」

だって出会いが出会いだし。私の中の銀時さんの第一印象は、さいっあくですよ。多分、あれ以上に最悪な出会いなんてないと思う。更新されることは、そうそうないんじゃないかなってくらいに。
その出会いを経て今に至るんだから、世の中ってどう転ぶかわからないなぁ。あの時はこの人に恋をするなんて、想像もしなかったのに。むしろ、有り得ないとさえ思っていたのにね。

「ふふ、好きですよー銀時さん」
「ふぅん?じゃあ銀さん大好きななまえちゃんは、なーんで俺宛のチョコをぱっつぁんに託しちゃったのかなぁ」
「あ、新八くん渡してくれたんですね」
「おー、頂きましたよっと」
「ぅわっ?!」

急に抱き上げられて、思わず声を上げてしまった。可愛い叫び声なんてあげられるわけがないので、色気がないとかそんなこと言わないでください。
てか、そんなことより何故私は銀時さんに抱き上げられてるの?軽々持ち上げて、そのまま私の草履を玄関に投げ捨て、スタスタと中へ。自分で歩けると猛抗議をしても素知らぬふり。すぐそこなんだから暴れんな、と言われる始末。何で私がワガママ言ってるような感じになってるの…!
そのまま事務所兼居間まで連れて行かれ、ソファに投げられました。ぽいっと。些か荷物扱いされてる気もするけど、これは…怒ってるというか、拗ねてる感じがする。あれ、私なにかした…?

「ぎ、銀時さん…?」
「あのさー、俺ちょっと怒ってるんだけど」
「怒ってるというより、拗ねてるように見えますが…」
「まー、ガキっぽいなぁとは思うけど…」

銀時さんはそこで言葉を切って、バツが悪そうな顔でガシガシと後頭部をかいている。何か言いたげなのは丸わかりなので、彼が口を開くまで待つことにした。
お腹は空いているけれど、我慢できないほどでもない。時間だってまだ余裕があるから。少しの間、待つことくらい痛くも痒くもないのです。普段、待たせてしまっているのは私だから。

「チョコは、ありがとな。新八も神楽も喜んでたし、めちゃくちゃ美味かった」
「良かった。味見はしたので大丈夫だとは思ったんですけど、ホッとしました」
「まぁ、ブラウニーの方はいいんだ。あれは万事屋宛なんだろ?」

ソファに座ったままの私に視線を合わせるようにして、銀時さんはストンッとしゃがみこんでこちらを見上げた。わ、このアングルすっごく新鮮!ちょっとドキッとする。思考がとっ散らかりそうになったけれど、銀時さんに名前を呼ばれて我に返った。
そうだ、今お話中でした。ええっと何だっけ……あ、そうだ。ブラウニーは万事屋宛かどうかって話をされてたんだっけ。その通りなのでコクリ、と頷きを返す。特に言葉を足す必要もないし。

「あの、」
「うん?」
「間違ってたら申し訳ないんですけど、もしかして…直接渡してほしかったんですか…?」

チョコは新八くんに託し、それは確かに銀時さんに渡されている。その状況でこの人が拗ねる原因になるものは、渡し方しかないと、思うのです。間違ってたらものすごく恥ずかしいけど!でもそれが違っていたら、もう思い当たる理由がないのも事実だった。

「そーだよ。悪ィか」
「えっ…」
「なんだよその反応!!」
「い、いえ…それしかないなと思いつつ、当たったら当たったでびっくりして」
「好きな奴からなら、直接もらいてぇだろ。普通…」

顔は伏せられてしまい、表情は全く見えない。でも耳が真っ赤になっているから、きっと照れていらっしゃるのだろう。大きな体を小さく丸めしゃがみこんでいる姿は、何だか可愛らしい。
こっそり笑みを零して、ふわふわしている銀髪に手を差し入れた。そのままわしゃわしゃ撫でてみるものの、銀時さんはされるがままだ。いつもはあまりいい顔しないのに。それどころじゃないのかな。

「銀時さん、私ね?あの時、貴方が不在だったことにちょっとホッとしてたんです」
「…何で。俺に会うの嫌だったのかよ」
「嫌とかじゃなくて、恥ずかしかったの。好きな方にこういうものを渡すの初めてなので…」

バレンタインというイベント自体は初めてじゃないけれど、真選組に渡すのと好きな方に渡すのでは全然違うのだ。特に心持ちが。だから新八くんに出かけてる、と聞いてホッとしてしまったの。会いたくないわけではないけど、銀時さんを前にしてちゃんと渡せるか不安で仕方なかったから。
あの時の心情を素直に話せば、彼は伏せたままだった顔をゆるりと上げた。頬には僅かな赤み。先程の名残りだろうか。

「そーいうの引っくるめて、全部見たかった」
「ええ…見たって面白くもないですよ?」
「面白い・面白くないじゃねぇんだ。お前のハジメテは、全部欲しいの」
「は、はじめてって…!」

その言い方はやめてください!なんか恥ずかしい!!そう叫んで、赤くなっているであろう顔を両手で隠した。それなのに銀時さんはそれを外そうとしてくるし!!すぐさま顔を見られたくない私と、見たいらしい銀時さんの攻防戦が始まってしまった。
まぁ、すぐに決着はつくんですけど。私の負けという形で。

「意地悪…!自分は隠したくせに」
「男の照れ顔なんて気色悪ィだけだろーが」
「貴方が言ったんじゃないですか…全部見たいって。私だって同じだってどうして思わないの」
「男は好きな奴の前ではカッコつけていたいものなんですー」

そういうものなんでしょうか…よくわからないなぁ。色んな顔、見てみたいのに。私だって。でもそれを言った所で、銀時さんは嫌だって言いそうだし…黙っておくことにしよう。

「なまえ、こっち」
「こっちって…これ以上、そっちに寄るとソファから落ちちゃうんですけど」
「んー…じゃあ俺がそっちに行きゃいいのか」

のそりと立ち上がった銀時さんの瞳は、いつも通りの色だった。とりあえず機嫌は直った、と思っていいのだろうか。纏う雰囲気もトゲトゲしてないし。そんなことを考えながらボケッと彼のことを見上げていたら、ふわりと浮かんだ感覚がしてハッと我に返った。

「な、なに…?!」
「んー?こうしたかっただけ」

何をされるのかと身構えたけれど、持ち上げられた体は銀時さんの足の間に下されて後ろからギュッと抱きしめられただけだった。だけって言っても、めちゃくちゃドキドキするんですけどね!
どれだけされても慣れないなぁ、色々と。

「…なぁ、バレンタインやり直ししてくれる?」
「やり直し…?チョコを新しく作ってくれってことですか?」
「いやいや違ぇーって。そうじゃなくて、俺に直接渡してって意味」

ああ、やり直しってそういう意味合いか…別にそれくらいなら全然構わないけど、どうしたらいいの?というか、とっくにチョコは食べてしまったものだと…それとも万事屋宛のブラウニーだけ食べて、生チョコには手をつけていないのだろうか?
さっきまでは銀時さんにしか向けていなかった視線を巡らせれば、デスクの上に見覚えのあるラッピングを施された箱が見えた。うん、食べてなかったんですね…意外だ。

「今日、突然呼び出した理由ってこれですか?」

彼の腕を抜け出してチョコの入った箱を手にしながら振り向くと、銀時さんはまたバツの悪そうな表情を浮かべてコクリと頷いた。どうしても私の手から渡してほしかったのだ、と。

「…銀時さん」
「うん」
「頑張って作ったんです、受け取ってくれますか?」
「ん、どーも。…食っていい?」

もちろん。その為に作ってきたんですもの。にっこり笑みを浮かべれば、逞しい腕に捕らえられてまた抱き込まれてしまった。これだと顔が見にくいんだけど、まぁいいか。雰囲気だけで上機嫌なのがわかるし。

「なまえ、口開けて」
「はい?むぐ、」
「んじゃいただきまーす」

押し込まれたのは生チョコだった。何故に自分で作ったものを食べさせられてるのかわからず、頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいる。てか、私の聞き間違いでなければこの人「いただきます」って言いましたよね?何か、…嫌な予感しかしない!この状態じゃ!!
でも時はすでに遅し。体を引こうとした時にはもう後頭部をガッチリ押さえられ、唇を塞がれてしまった。間髪いれずぬるり、と舌が入り込んで絡め取られてしまう。上顎も、歯列さえも舐められて、体が勝手に震えた。

「ん、んんっ…ふ、ぁ」
「は…すっげー気持ち良さそうな顔してんな…えっろ…」
「ぎ、んときさんが、そんなキスするから…」

嫌なら抵抗して。
銀時さんは掠れた声でそう呟いて、テーブルの上に置かれているチョコをひとつ口にした。さっきは僅かに感じていた嫌な予感も、今となっては期待でしかない。我ながらはしたないな、と思いつつも、抵抗する気が起きない。
唇が重なる瞬間、彼の首へ腕を回した。
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