何でもない特別な日
街中はたくさんのイルミネーションで彩られていて、キラキラと輝いていた。それを眺める人も、足早に通り過ぎる人も、誰も彼もが嬉しそうに楽しそうに笑っているように見えて―――私は思わず足を止めてしまう。
クリスマスらしいことをしたのって、どれくらい前だったっけ…実家で暮らしてた頃?学生の時だったかなぁ。今の職場に就職して、ひとり暮らしを始めてからはイベントごとに気を回している暇なんてなかったし…特にこの時期はやれ年末の特番だ、やれ年始の特番だーって感じで文字通り、走り回ってるから。
だから今まではあまり気にしてなかったんだけど、何故だか今年は気にしてしまう。気にしてしまって、ソワソワしている自分に気がついてしまった。あの人と、少しでもクリスマス気分を味わえたりしないかなって。
「ただ今、戻りましたー」
「おかえり、みょうじさん。寒かったでしょ、お茶とコーヒーどっちがいい?」
「え、あ、自分で入れますので大神さんは座っててください…!」
「俺もコーヒー飲みたくてさ、そのついでだよ」
「手を洗うついでに淹れてきますよ、カップください」
事務所に戻ると、そこにいたのは大神さんただ1人だった。紡ちゃんは今日、ロケ先から直帰だもんね…終わりの時間も遅いから、大神さんがそう伝えていたような覚えがある。
18歳という若さなのに私よりもかなりしっかりしていて、凛としていて、でもふんわりとした可愛さもあって。こういう女の子になれたら良かったのにな、と何度か思った。でもどんなに思っても、願っても、どう転んでも、きっと私はあの子のようにはなれない。そう開き直ってからは、あまり羨ましいと思わなくなった。諦めたとも言うけれど。
ケトルでお湯を沸かしている間に、大神さんから預かったカップを洗い、帰りにこっそり買ってきたケーキをお皿に移した。どんなケーキが好きなのかわからなくて、スタンダードなショートケーキを買ってきてしまったけれど…生クリームがダメとか、アレルギーだとかなかったよな?
今までの記憶を必死に思い出すけれど、ダメと言っていた記憶もなければ、好きだと言っていた記憶もない。僅かに血の気が引いていくけれど、もう買ってきちゃったしお皿に移しちゃったし後には引けぬのだ…!!もしダメだったら私が食べればいいや、うん。
「大神さん、コーヒー淹れてきました」
「あ、ありがとう……これ、」
「ショートケーキです。ちょっと休憩にしませんか?」
ケーキを見て驚いた表情は浮かべたものの、嫌悪感などは感じなかったし…困ったような笑みを浮かべることもない。恐らく、大丈夫そうだ―――と、思う。
大神さんのデスクに彼の分のケーキとカップを置き、自分のデスクへ戻ろうとしたら「離れて食べるのも淋しいし、一緒に食べよう」と声をかけられてしまった。
ただそれだけなのに、舞い上がりそうになる。嬉しすぎて。
「でもどうしたの?急にケーキなんて」
「駅前がイルミネーションでとても綺麗で…クリスマスだなぁって思ったんです。仕事で日々、実感してはいますけれども」
「うん」
「実家を出てからクリスマスらしいことしてないなって思って、たまにはって思ったのが最初で…」
そこで言葉を切り、ケーキを一口。
なめらかで、甘すぎないクリームが口の中いっぱいに広がった。
「大神さんと、少しでもクリスマスを味わいたいなぁって…思ってしまったので」
「…それで、ショートケーキ?」
「……すみません」
「別に怒ってないよ、大丈夫。可愛いなぁって思っただけ」
俯きかけていた顔をガバッと上げれば、もごもごとケーキを食べている大神さんとバッチリ目が合う。
呆気にとられたマヌケな表情を晒していると、彼はフォークを咥えたままゆるりと目を細めた。優しくて、甘くて…私が一番好きな、顔。
「帰りにイルミネーション見ていこうか」
「えっいいんですか?!」
「うん。俺も、君とクリスマスを味わいたくなったから」
それでご飯、食べに行こう。なまえ。
突然呼ばれた下の名前に、ケーキを吹き出しそうになったけれど寸での所で何とか耐えた私を褒めてほしい。
彼のことは大好きだけれど、時々こうして私をからかう所は意地が悪いと思うし、やめてほしいとも思う。思うのだけれど、やっぱり好きだなぁって許してしまう。これも惚れた弱み、というやつなのだろうか。
-26-
prev|back|next