05

小さい頃の約束はひどく曖昧なものだ。
よく幼稚園の時や小学生の時に「大きくなったら結婚しよーね!」なんて、好きな子と誓い合うけれどそれが現実になることって少ないと思うの。だって、そんな他愛もない約束覚えている人の方が少ないと思うから。覚えてたらすごい、と言うか…相手のことがすっごく好きなんだろうなーって思うかな。

…私にも、小さい頃約束をした経験がある。引っ越しをする前に幼なじみである新くんと。
叶う約束ではないこと、今ではちゃんと理解してる。それでも新しい土地へ行く不安と、彼と離れてしまう寂しさから、私にとってあの約束は安心を得るお守りだったんだ。
また必ず、会うことが出来るという、不確かな約束。馬鹿かもしれないけれど、私はそれを支えに頑張ってきたと言っても過言じゃない。それだけ、私には大切なものなの。
まぁ、最近まで曖昧になっていたけれどもね。新くんもきっと…覚えてなんていないだろう。





「なまえ、ごめんっ!急に部活のミーティングが入っちゃって…買い物行けなくなっちゃった…」
「部活の用事じゃ仕方ないよ、大会も近いんでしょ?私なら大丈夫だから、気にしないで蘭ちゃん」
「本当ごめんね…今度、必ず埋め合わせするからっ!」

楽しみにしてる、と返せば、蘭ちゃんは慌ただしく教室を出ていった。
うーん…どうしようかなぁ?一気に暇になってしまったぞ…園子ちゃんは用事がある、って断られちゃったし。真っ直ぐ帰るか、それとも1人でブラブラするか、図書館で借りたい本を借りて帰るか…悩み所だねぇ。
ひとまず教室を出ようか。カバンに教科書や筆記用具を詰め込み、私は人の少なくなった教室を後にした。

…そういえば、高校に入学してから1人で行動するのって初めてかも。朝も、学校にいる間も、帰りも、必ず新くん・蘭ちゃん・園子ちゃんの誰かと一緒だったもんね。誰も一緒にいないのは、考えてみれば一度もなかったかもしれない。…ちょっとだけ新鮮で、ちょっとだけ寂しい、かも。
新くんの楽しそうにからかう声も、蘭ちゃんの綺麗な声も、園子ちゃんの元気な声も、…何も聞こえない放課後。聞こえるのはグラウンドで部活動をする運動部の声と、まだ教室に残ってる生徒のおしゃべりする声のみだ。その中に私の知ってる声は、いない。

「こんなことで寂しい、なんて…私は子供か」
「なまえ?」
「へ?」
「オメー、こんなとこで何してんだ?今日は蘭と買い物行くとか言ってなかったっけ?」
「新くん…急に部活のミーティングが入っちゃったんだって。だから中止になっちゃった」

振り向けば、そこにいたのは少し驚いた表情を浮かべた新くん。その手には分厚い本が2冊ほど。相変わらずの本好き、だねぇ…再会した時も読んでたなー。
そんなことをほけっと考えてたら、もう帰んのか?と疑問の声が投げかけられた。慌てて頷けば、昇降口で待ってろとだけ言い残し、彼は夕焼けに染まる廊下を駆け出して行ってしまった。
待ってろ、って…一緒に帰ってくれるってことなのかな?恐らくそういうことなのだろう、と自分なりに解釈して、新くんの言う通り昇降口で彼が来るのを待つことにした。

靴を上履きからローファーに履き替えながら、待ち合わせをして帰るだなんて何だか恋人同士みたいだなぁとぼんやり思った。
けど、すぐにすごいことを考えてしまった!と我に返って、赤面する羽目になったけど。うう、新くん…まだしばらく来ないでください。あ、でも夕焼けの色で誤魔化せるかも。

「なまえ、お待たせ。帰ろうぜ」
「あ、う、うん!」

深呼吸をして落ち着きを取り戻した頃に響いた、安心する新くんの声。
…あぁ、やっぱり私は優しく響く彼の声が大好きだ。

「新くん、図書室にいたの?」
「ん?あぁ、ちょっと本探してた」
「本探してたって…新くんの家にもたくさんなかった?」
「あるけど、これは課題で使うやつ。ほら、今日現国の授業で出ただろ?」
「好きな本を読んで感想文を、っていう小学生の夏休みの宿題みたいなやつね…」

現国の授業の時のことを思い出して、思わず苦笑する。だって課題を出された時の皆のブーイングがすごかったんだもん。小学生の宿題かー!って。
それで新くんはさすがに推理小説で書くわけにもいかない、って思ったらしくて、図書室でいくつか見繕ってきたんだって。言われて思い出したけど、そういえば新くんって推理オタクとか言われてたっけ。

他愛もない話をしながら、通いなれた通学路を新くんと2人。
ふと、通りかかった公園。何気なく眺めていながら歩いていれば、小学低学年くらいの男の子と女の子が見えた。どうやら女の子は泣いているみたいで、男の子は慰めようとしているらしく…少し慌ててる。
微笑ましいなぁ、と思っていると、脳裏に同じような光景が広がった。

「……あ、」
「なまえ?どうしたんだよ」
「そういえばこの公園だったなーって、思い出したの」

そう。私が新くんと幼い約束を交わしたのも、この公園だったね。あの子達のように私が泣いていて、新くんが慰めようと必死になってて…ふふ、今思うとあんな焦った新くんってほとんど見たことなかったなぁ。
離れたくなくて、一緒に遊べなくなるのも会えなくなってしまうのも寂しくて仕方なくて、だから必ず帰ってくるからって宣言したんだ。戻ってこれる保証なんて、なかったのにね?

「『絶対っ…絶対、なまえ、帰って来るから!』」

不意に零れ落ちた、あの時の言葉。
…不思議なものだよね。曖昧だった記憶や言葉がちょっとしたことがきっかけで、一気にぶわーって蘇るんだもん。入学した時には曖昧だった新くんの言葉も、今ではハッキリ覚えてる。
そう、彼は確か――――――

「『そしたら俺と結婚してくれ』」
「えっ…?」
「ベタだよなぁ、今思うとさ。小さい頃の結婚の約束なんて」

あの頃より低くなった彼の声で紡がれた、同じ約束の言葉。
うそ、…絶対に覚えてないって、忘れてるはずだって思っていたのに。それなのに、

「覚えて、たの?新くん…」
「バーロー!俺の記憶力ナメんなよ?」
「だっだってもう7年も前の話だよ?小さい頃の他愛もない約束だよ?!」
「他愛もない約束だろうが何だろうが、…忘れるはずねぇだろ。だって―――」


俺はあの約束楽しみにしてたけど?


「っ、?!」
「ずぅっと好きだったんだ、なまえのこと」

思ってもいなかった告白に視界が歪む。
でもまだ泣いちゃダメ…!私だって、伝えたい言葉があるんだから。

「…たし、も…私もっ新くんのこと、ずっと好きでした…!」

彼の胸に飛び込んでそう告げると、嬉しそうに笑った気配がしました。
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