奪われてしまわないように
「…はい?」
「だーかーら、今日の夜は空いてる?って聞いたの」
そう告げた二階堂さんが事務所を訪れたのは、今から数分前のこと。メンバー全員での収録を終え、帰ってきた所だ。他の皆さんはそのまま真っ直ぐ寮へ帰り、二階堂さんだけが紡くんと一緒にこっちへ来たみたい。
その手には少し大きめの紙袋が握られていて、入ってくるなり万理さんにどーぞ、と渡していましたけど。万理さんは何で?って顔してて、彼がこの前風邪ひいた時に…と説明し始めたから、私もようやくお礼しないとなーと言っていたことを思い出した。…で、冒頭に戻るわけですが。
「姐さんには看病してもらったし、メシでもどーかなって思ったんだけど」
「別にお礼してほしくて行ったわけでは…」
「俺がお礼したいだーけ。つき合ってくんない?」
ダメ?と首を傾げるのは、ちょっと反則なような気がします。というか、二階堂さんってこういうのわかっててやってるんじゃないかなぁ、といつも思う。それで断りきれなくなる私も私なんだけど。とはいえ、せっかくの好意を突っ撥ねるのもやっぱりよろしくないわけで。
二階堂さんと2人で、なんて嫌な予感しかしないのだけれど、今日の夜は何も用事がないし、仕事も徹夜しなきゃ!って程に切羽詰っているわけでもない。やらなくちゃいけないことはたくさんあるけど、今すぐやらなくてはいけない案件じゃないんだよね。…あ、断る理由が見つからない。
「縁ちゃん、行ってきたら?最近、ちゃんとご飯食べてないでしょ」
「あ、ちょ、紡く…!」
「お疲れの大和さんに託すのもどうかと思ってしまうのですが、姉をよろしくお願いします」
「…だってさ、姐さん。肝心のお前さんのお答えは?」
「う、」
そこまで言われちゃったら、本当に断れないじゃないか!!
「紡くんまで共謀するとは思わなかった…」
「共謀って…単純に姐さんのこと心配してただけだろ?マネージャーは」
あの後、私は二階堂さんに引きずられるようにして事務所を出た。満面の笑みの紡くんと万理さんに手を振られて。チクショウ、何であんなに楽しそうなんだ2人共!!
けれど、連れて来られたお店の料理はどれも美味しい。さすが二階堂さんがオススメするだけのことはあるなぁ。
(てっきり居酒屋だと思ってたんだけど…)
着くまで内緒、と言われ、どんなお店なのかヒントすらもらえなくて。それでいざ着いてみると、そこはオシャレなカフェでした。二階堂さんはお酒が好きだと聞いているし、つき合いも兼ねてテレビ局の方と飲みに行っている姿もよく見ている。飲まない日はないんじゃないか、ってくらい飲んでいるらしいので、お酒が飲めるお店に行くんだろうなぁと予想していたんです。
でも違った。そんなこと全然なかった。むしろ、お酒が置いてないお店に来ちゃいました。私は未成年だからその方が嬉しいんだけど、いいんだろうか?それとも家で飲むつもりなのかな。
「どう?」
「美味しいです」
「そりゃー良かった。お前さんが好きそうだなー、と思ってさ…連れて来たかったんだ」
「んぐっ…!」
「おいおい、大丈夫かー?」
原因は貴方ですけどね?!でもそれを真正面から言う勇気はなくて、とりあえず大丈夫ですとだけ返しておいたけど。
「ゲホッ…でも意外でした、二階堂さんがこんなお店を知っているなんて」
「前にこの近くで撮影したんだよ。その時にたまたま見っけた」
「ふぅん…共演した女優さんとでもいらっしゃったんですか?」
…何で私はそんなことを聞いてるんだ?!むしろ、何でそんなことが気になっちゃったんだ?!思わず零れ落ちた言葉に、一番驚いたのは私自身かもしれない。二階堂さんも珍しく驚いた顔しているけれど、私は多分それ以上に驚いてると胸を張れる。胸張ってどうすんだって感じだけど。
でももう零れ落ちてしまった言葉を回収することも、なかったことにすることもできなくて、できるのは口を噤んでひたすら食事に集中することくらい。どうか二階堂さんがこのまま聞き流してくれますように…!驚いてる時点で無理だとは思いますけど!!
「来てないよー。言ったでしょ?たまたま見っけた、って」
「聞きましたけど…」
「なーに?俺がオシャレなカフェ知ってるのはおかしいって?」
「……まぁ」
お前さん本当に素直だよなぁ〜!
ちょっとだけ漏れた本音を聞いて、二階堂さんは楽しそうにケラケラ笑ってる。これは口には出さない本音だけど、こんなに楽しそうに笑う人だとは思ってなかった。皆さんの輪に入っているように見えて、いつだって一歩引いた場所から彼らの後ろ姿を見ているから。そりゃ、笑った顔は何度も見たことがあるけど…それはどこか、作られたような笑み。
愛想笑い、だとは思ってないんだけど、何て言うんだろう?大笑いとか、そう言われるものからは程遠いというか。うーん、上手く言葉にできないなぁ。端的に言えば、心からの笑顔だとは思っていなかったってこと?なのかな、多分。
だけど、それは前言撤回します。めちゃくちゃ笑うんだな、二階堂さんって。今思えば、私はこの人のこういう顔をよく見ている気がする。最近は、だけど。…何だか、気づいてはいけない事実が見えてきちゃいそう…料理に集中しよう、うん。
「話を戻しますけど、ここの料理どれもハズレがないですね」
「だなー。お兄さんもびっくりだわ」
「…でも良かったんですか?居酒屋とかじゃなくて」
「ん?」
「このお店、お酒を置いていないでしょう?」
昼間はカフェ、夜はバーになるというお店は最近よく見るが、このお店は昼も夜もカフェオンリーのようだし。気を遣ってもらって有難い、と思う反面、その為に二階堂さんが我慢をしているのだと思うと…やっぱり申し訳ない気持ちが込み上げてくるんだ。
「まー、酒は好きだけど…それは姐さんが成人してからのお楽しみってことで」
「はい?」
「どうせ2人で行くなら、一緒に飲めた方が楽しいでしょって話よ」
だから、成人したらお兄さんにつき合ってよ。ね?
水が入ったグラスを傾けながら言われた言葉が、ぐるぐると回っている。え?それはつまり、成人したら2人で飲みに行こうって話、ですよね…?
「ええっと、」
「成人した姐さん、予約させてね」
「なっ…何ですかそれ!」
―――やっぱり、この人と2人きりは苦手だ。掻き回されて、翻弄されて、いつもの自分を保つことができない。気がつけば二階堂さんのペースに巻き込まれている。
それが嫌だったはずなのに、少しずつそれも悪くないかなーとか、楽しいかもしれないなーとか思ってしまっている自分がいて、どうしたらいいのかわからない。ドクドクと脈打つ心臓が、痛い。