弱ったリーダー
スポーツドリンクやら何やらを買い込み、借りた鍵で寮のドアを開けると意外にもしーんと静まり返っていた。まだ誰か残ってるかな、と思ったんだけど…ふと腕時計で時間を確認すると、もうすでに紡くんが迎えに行く時間を過ぎていて。そりゃあ寮の中は静かか、と苦笑が漏れる。
そっとドアを閉め、半ば泥棒か忍者になったような気分でリビングへ向かった。
「先におじや作っておこうかな」
三月さんの話を聞く限り、二階堂さんは朝から何も食べていない可能性が高い。何か胃にいれなければ薬も飲めないし。
炊飯器を確認すると保温状態のままになっていて、中には約1人分のご飯が残っていた。うーん、これを全部鍋に突っ込んでしまうのはなぁ…きっと食欲もそんなにないだろうし。とはいえ、たった半分のご飯を冷凍しても中途半端か。
そしていきついた考えは、残った分は私が食べればいいか、でした。うん、我ながらいい考えです。それでいこう。
寮にある食器や料理器具は、私と万理さんで用意をしたものだ。よって、しまったのも私達なのでどこに何があるかなんて大方把握しているのである。それにしても、買った覚えのない器具がいくつかあるな…あれかな、三月さんがお菓子を作るのに買ったのだろうか。泡だて器とかボウルとか、男所帯にはいらないだろうと思って買わなかったのに。
必要なものを戸棚から出しつつ、ついでに足りなくなっているものがないか確認をしていく。足りないものはとりあえず、携帯にメモしていくことにした。それが粗方終わった所で、私はようやく本来の目的であるおじや作りを始めたのです。
「…しまった。二階堂さんの部屋って、どれだ」
どの部屋が誰かなんて、そんなの聞いていない。部屋決めの時に立ち会っていたのは、言わずもがな紡くんだし……仕方がない、ラビチャするか。1つずつ開けていくのも気が引けるし。
持っていたトレーをテーブルに置き、カバンに入れっぱなしの携帯を取り出した。簡潔な文を紡くんに送ると、それはすぐに既読になって返信までくる始末。思ったより早く返信があって有難いけど、仕事の邪魔はしていないか心配になります。こっちから送っておいて何だけど。
とにかくおじやが冷めてしまう前に部屋へ行くとしましょうか。置いたトレーを再び持ち、教えてもらった部屋の前へ。念の為ノックをしてみたものの、案の定返事は返ってきません。そりゃそうだよね、辛そうだったみたいだし。
お邪魔しまーす、とそろそろドアを開けると、シンプルすぎるだろうとツッコミをいれたくなるほどに、二階堂さんの部屋は何もなかった。ベッドと、テレビと、くつろぐ為であろうリクライニングチェア?と、何故かルンバ。
(…面倒くさがりに思えたけど、意外と綺麗好き?)
看病に来たことも忘れてじーっとルンバを凝視。すると、ベッドから衣擦れの音が聞こえてハッと我に返った。あ、しまった、本来の目的をまた忘れるとこだった。ルンバから視線を逸らして音がした方―――ベッドへと目を向けると、そこはこんもりと盛り上がっていて誰かがいることを証明している。誰か、って言っても二階堂さんしかいないんだけど。
それにしても起こしたかな、と思ったけど、そうでもなかったのだろうか。おじやとスポーツドリンクを載せたトレーを床に置き、少し小さめな声で彼の名を呼んでみる。
「う……」
「辛い所、起こしてすみません。小鳥遊です」
「姐、さん…?」
「はい。熱を出したと聞いたので、看病に来たんですよ」
「……ミツとナギか」
ええ、まぁ。貴方の予想は外れていません。
「起きられますか?水分補給と食事を少しでもして頂かないと」
「あー、うん…悪いな」
「そう思うんでしたら、早く治してください」
我ながら冷たい言葉だと思いながらも、本心でもあるんだから仕方がないと独り言ちる。もちろん、心の中でだけど。私の言葉にバツの悪そうな顔でゆっくりと起き上がる二階堂さんは、とても辛そうだ。顔も真っ赤だし、熱は相当高いのだろう。
市販の風邪薬が効かなければ、無理矢理にでも病院に連れて行った方がいいかもしれない。三月さん達から聞いた時はそんな大げさな、と思ったけど、これは確かに1人残していくのは心苦しくなるし、心配にもなるかもなぁ。演技派の二階堂さんがこんなにも隠せなくなっているなんて、よっぽどだ。
「卵おじや…」
「勝手にキッチンをお借りしました、食材も。それからこっちはスポーツドリンクですので、枕元に置いてこまめに飲んでくださいね」
「…姐さんってか、母親みたいだな。お前さん」
「何を言っているんですか、貴方は。ほら、一口でも構いませんから食べてください」
少なめに盛ったお椀とれんげを渡したものの、二階堂さんはそれをぼんやりと見つめたまま食べようとしない。やっぱり食欲がないのだろうか?だけど、空っぽの胃に薬をいれるのはダメ、よろしくない。無理にでも食べてもらわないとどうしようもないんだけどなぁ。
…もしくは三月さんの作ったものの方が良かった、とか?そりゃあね、三月さんの作る料理はどれも美味しいから私だってその方がいいなぁ、とは思いますけど。彼が本当にそう思っているかなんてわからないのに、勝手に(心の中で)文句を並べてみる。
でもずっとこうしているわけにもいかず、食べたくありませんか?と口に出してしまった。三月さんの作ったものでないと、という言葉は、こっそり飲み込んで。だけど、彼から返ってきた言葉は予想とは違うもので、思わず目を見開きました。
「…ねこじた、」
「作ってくれたお前さんには悪いんだけど、熱いもん苦手なんだよ…」
「なんだ。私が作ったものなんて食べたくないのかと」
「んなわけねーだろ、嬉しいに決まって、……!」
そこでピタリ、と二階堂さんの言葉が止まり、元々赤かった頬に更に赤みが増していく。
「あーくそ、しくった…」
「何か今日の二階堂さんは可愛いですね」
「うっせ。成人してる男に言う言葉じゃねーだろ」
それでも可愛いものは可愛いので、訂正はしないでおきましょう。
ふふ、と笑みを零す私をギロッと睨んだ後、まだ熱いであろうおじやを少しずつ口に運び始めた。多少は冷めただろうけど、まだ二階堂さんにとっては熱かったらしく僅かに肩を揺らしている。
「食べられそうですか?」
「ん、美味い」
「それは良かった」
その後は黙々と食べ続け、二階堂さんはお椀の中身をぺろりと平らげてしまった。少なめに盛ったものの、全部は食べきれないだろうと思っていたのに…けど、食欲があるのならまだ良かった。あとは薬を飲ませて、ひたすら寝て頂くしかない。私ができるのはここまで。医者でもないからね。
「そういや…お前さん、仕事は…?」
「万理さんにまでお願いされてしまったので、お休みのようなものです」
「うーわー…あの人にも今度、お礼しておかねぇとな」
「…も?」
「一番はお前さんだろ…?さんきゅ、正直ちょっと心細くてな…安心した、いてくれて」
ぎゅうっと、胸が軋むように痛んだ。柔らかいその笑みを見た瞬間に、ドクリと心臓が跳ねた。この人に安心した、と言ってもらえて、嬉しいと思った。
抱いてはいけない感情が、目を背けようとしている感情が、芽を出してしまいそう。