消えてしまったひとりの少女


それは少し前のこと。流星の如く現れた1人のアイドルが、あっという間に世間の人気を掻っ攫っていった。

歌手としても、役者としても、多大なる功績を残した人物の名は―――『久遠』。

だがしかし、人気絶頂の中、突如活動休止を事務所が発表した。本人からの言葉は今でも、何ひとつ発表されていない。今、どこで何をしているのか、そしてどんな素顔をしているのか、それを知る者はいないという。


 side:大和


「―――『久遠』?」
「ああ。お前も名前は知ってるだろ?」
「知ってるも何も、…急に活動休止したアイドルじゃん」


さすがに名前知ってる所の騒ぎじゃねぇよ。歌も演技も、聴いたことあるし見たこともある。すげぇな、って心底思った記憶だってあるし。
人気絶頂で、ライブも何もかも成功していたはずなのに急に活動休止を発表して―――そのまま芸能界から姿を消したっつー話。それが今から1年くらい前のことだっただろうか。


「そうだ。ただ、本人の口からは何も語られちゃいねぇし、同じ業界にいる奴らも何で休止したのか理由を知らない」
「…へぇ。んで?それを俺に話したワケは何よ、八乙女」
「久遠が所属してる事務所、知らねぇわけじゃねぇよな」


そりゃそうだ。知らないわけがない。だって『久遠』が所属してんのは、今、俺達アイドリッシュセブンが所属してる小鳥遊事務所だからな。さすがに俺でもそのくらいはちゃんと知ってるっつーの。
…つーか、珍しく八乙女にしちゃあ回りくどい聞き方をしてきてんなぁ。コイツ、いつもだったらもっとドストレートに言葉を投げてきてるのに。それとも、それだけ言いにくいってことか?まぁ、大体の内容は想像ついちゃいるんだけどさ。


「俺達が『久遠』の行方を知らねぇか、ってか?」
「…ああ」
「なんでお前がそれを知りたいの?」


八乙女も恐らくは、彼女のファンだったんだろう。だが、ただのファンだった男が行方を知りたがるか…?常識で考えりゃあ、それはただのストーカーになるよな。それをこの男がするとは思えない。だからこそのこの質問だったわけだが、…八乙女は黙り込んだまま、一口酒を流し込んだ。
あー、これは話す気がなさそうだなーとジョッキに口をつけた時、ただ一言「何で急に消えたのか、それが知りたい」と零したんだ。俺だけに聞こえる声量で。その姿はまるで、自分の前からいなくなってしまった恋人を捜しているかのようで。


「アイツ―――久遠は、TRIGGERといいライバルだったからな」


切磋琢磨して、そこそこ良好な関係を築いていたらしい。だからこそ、突然の休止宣言に納得できない部分があったんだと。それを本人の口から聞きたい、ってことか…気持ちはわからねぇでもないが、いなくなった人間を捜し出すっつーのはそう簡単なことじゃねぇだろ。それに今の今まで本人の声明がマスコミに流されていないことを考えると、聞き出すことだって難しいんじゃねーの?
実際に小鳥遊事務所にいるからわかる、あの社長はアイドル本人の声をもみ消すようなことはしない。だからきっと、本人が拒んだんだろう。休止の理由を、話すことを。とはいえ、俺は本人と顔を合わせたことも話したこともないから、これは勝手な推測にしかなんねーけども。


「事務所が違っても、アイツは仲間みてぇなもんだと思ってたんだよ」
「…へぇ?八乙女がそんな風に思うような奴だったんだ」
「歌も演技もピカイチだった。それに―――どこか放っておけねぇ奴」


ぼんやりと酒が揺れるグラスを見つめる八乙女の瞳は、哀し気にゆらゆらと揺れている。
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