君に焦がれる
好きだとか、愛してるとか、そういうんじゃない。そういう意味での『好意』じゃねぇのに、男女の間に友情は成立しないだとか何とか御託を並べ全てを否定してくるような奴らは真っ平だ。
人として、同業者として尊敬して好いている奴を捜すのは当然のことなんじゃねぇの?―――急にいなくなった奴なら、尚更。
side:楽
久遠の素顔は、誰も知らないと言われている。多分、髪は地毛だったんだろうが目には青のカラコンを入れていて、実際の目の色はわからない。カラコンを外したくらいじゃ、と最初は思っていたが、これが意外にも効果が抜群だったらしく、ライブ終わりや収録終わりの久遠に突撃できた記者は1人もいなかったらしい。もちろん、事務所の社長やマネージャー、それからライブスタッフはアイツの素顔を知っているのかもしんねーけど、それが公表されることは今でもなかったりする。
久遠のプライベートや素顔は、本当に闇の中っつー感じだ。だから休止を発表した後も、どこで何をしているのかとか…そういうのは一切わかっていない。…というか、今ではそれを追いかけることもしてないんだろうな。こういう業界っつーのはシビアで、消えた奴のことなんてどうでもいいって思っている奴らだって少なくはないだろう。一緒に仕事をしたことがなければ、それは尚更だと思う。
かつて久遠が所属していた小鳥遊事務所。今はアイドリッシュセブンが看板アイドルとして売り出されている。そのリーダーでもある二階堂に聞いてはみたものの、アイツの所在は一切わからないままだった。
いまだに休止のままになってはいるが、完全に芸能界から足を洗ったんじゃねぇか…と思い始めていた時、あまりにも似過ぎている後ろ姿をした女を見つけた。腰近くまで伸ばされた、少しクセのある金髪―――久遠だ、間違いないと俺の直感がそう言っている。
「久遠…?!」
思わずその腕を掴んだ。一緒に歩いていた天と龍も驚いてるし、その女と一緒だった紡とアイドリッシュセブンのメンバーも驚いた顔をしている。全く表情を変えなかったのは、俺に腕を掴まれているその女…ただ1人だけ。
ゆっくりと振り向いた女の目は、記憶の中のアイツとは違う色をしていた。雰囲気も変わっちゃいるが、久遠に似ている所の方が多すぎる。
「お前、久遠だろ?一体、今までどこに―――」
「どなたと間違えていらっしゃるんです?」
「は…?」
「初めまして。MEZZO”のマネージャーをしております、小鳥遊事務所の小鳥遊縁と申します」
綺麗なお辞儀をしたその女の名前は、小鳥遊縁と言うそうだ。だから自分は久遠ではない、人違いだと暗にそう言われているような気がした。
「―――楽、早く行かないと収録に遅れる」
「あ、…」
「楽が驚かせてごめんね!アイドリッシュセブンの皆もまた!」
グッと天に腕を引かれ、龍に背中を押され、俺はアイツの言葉に納得できないままその場を後にした。
収録に穴は開けなかったし、失敗もしていない。気がそぞろになるなんて以ての外。だが、無事に収録を終えて楽屋に戻ってきたのなら話は別だ。もう仕事は終わってる、この後の予定ももうない。だったら、他のことに思考を飛ばしたって誰も文句は言いやしねぇだろ。
さっさと着替えを終え、ソファに深く座り込んだ。あの姿、声…絶対に間違えてなんかいないんだが、誰と間違えてるんだって言いやがったな。あの時。名前も、全く聞いたことのないものだった。
「楽、大丈夫?はい、水」
「さんきゅ、龍」
「…そっくりだったね、久遠ちゃんに」
「目の色は違ったけど、確かに顔と背丈…それから声も似ていたかな」
「龍と天もそう思うっつーことは、本人の可能性が高いな」
似ていると感じたのが俺だけだったら、間違いの可能性も捨てきれなくなるが、同じように久遠と仕事をしたことがある2人が似ていると言うならば…その可能性は低くなる。まぁ、だからといって本人だ!って断言できるわけじゃねぇんだけど、俺の直感がひたすらに『小鳥遊縁は久遠だ』と告げている。
そう口に出せばうんざりというか、呆れた表情を存分に出した天が「どこからくるのその自信…」と呟いた。龍も眉をハの字に下げて苦笑い。ンだよ、お前らだってアイツが久遠だって思ってるだろ?
「似ているとは言ったよ。でもそれがイコールになるわけないでしょう」
「俺も同じような意見かなぁ…だって、本人が違うって言ってたじゃない」
「けどよ…」
「楽。彼女を久遠だと信じるのは君の勝手。でもね」
帰り支度が済んだ天が、カバンを持って立ち上がる。かち合った目はどこか、苦しそうにも見えた。何て顔してやがんだよ、とからかってやるつもりだったのに、やけに真剣な声音で「君の理想を彼女に押し付けて、訴えられるような真似だけはしないで」と口にするもんだから、何も言えなくなっちまったじゃねぇか。つーか、押し付けるつもりなんて更々ねぇよ…ただ、間違いないと思っているだけだ。
「その自信が危険だって言ってるの。しつこく言い寄ってみなよ、不利になるのは楽―――君の方だ」
カチン、ときた。その言い草に。けど、天は言いたいことだけ言ってそのまま楽屋を出て行ってしまった。紡ぐ予定だった言葉をそのまま飲み込んで、再びソファに体を沈める。
「…楽はさ、ずっと捜してるね。久遠ちゃんのこと」
「アイツの才能はしまっておいていいもんじゃねぇ。…それに、俺は知りたい」
「知りたい?何を」
「歌うことも、演じることも好きだったアイツが…何で急に表舞台から姿を消したのか」
あわよくばまた、久遠の歌を、演技を―――この目で見たいと、そう思うんだ。