闇夜に隠れて隙を伺う
こけら落とし公演は、全日程を大成功で終わらせることができた。百さんも声が出ていたし、とても楽しそうで…シャッフルユニットも好評だったみたい。これでまたアイドリッシュセブンの名が広がるのだろう。
今日のライブを見てもっともっと、彼らの良さを知ってもらいたいと思った。それと同時に、あの舞台にもう立てないんだなぁという僅かな羨望が―――胸の奥をチリチリと焦がしている。
(舞台に立たないことを選択したのは、自分なのに)
好きだと、この世界が堪らなく好きなんだと自覚してしまった。ずっと目を背けていたはずの感情なのに、素晴らしいライブを見てもう目を背けることはできないんだと実感したの。
休止した後も事務所で働いているのだから、私はこの世界から逃れられないんだなと思ったことは何度もあったけど、真っ直ぐに正面からこの気持ちを実感したのは初めてかもしれない。それくらい強烈だったんだ、あの3グループの光は。
「久遠ーっ!」
「わっ…!も、百さん危ないですよ!」
「楽に聞いたけど、久遠って呼ばれるの嫌なんだって?」
「あー…まぁ、もう表舞台からは降りてますから」
「ふぅん……じゃあ何て呼べばいい?」
そういえば、Re:valeの2人にはちゃんと自己紹介していなかったかもしれない。楽屋にお邪魔したのはライブ前だし、ゆっくり話をする時間も自己紹介する時間もなかったから。
打ち上げの席で、とちょっと思ったけど、名刺を百さんに差し出し、MEZZO”のマネージャーをしている小鳥遊縁です、と改めて自己紹介をした。
「呼び方はお任せします。久遠でなければ、何でも構いません」
「じゃあ僕は縁って呼ばせてもらうよ」
「オレも!」
「はい、どうぞ」
百さんの後ろからにゅっと顔を出した千さんにちょっと驚いたけど、何とか平静を装って言葉を返す。もっと普通に現れてくれればいいのに…というか、さっきまで万理さんと話をしていたような記憶があるんだけど、こっちの会話も聞いてたの?器用な人だなぁ、この人。思わず苦笑が漏れてしまった。
千さんと百さんが皆さんの輪に戻ってから、改めて室内を見回してみる。小鳥遊事務所の一室に、Re:valeとTRIGGERとアイドリッシュセブンが揃ってるってすごい光景だよね。最近はこの3組が一緒にいるのをちょくちょく見かけてはいたけれども、何度見たって感嘆の息が漏れるのは仕方ないと思う。+ウチの社長と事務員、3組のマネージャーも揃っているときた。…よく姉鷺さんOKしたな、この打ち上げ。
「姐さん?」
「え?あ…二階堂さん」
「ちゃんと食べてる?さっきからボーッとしてるけど」
「それなりには…」
私の隣に腰を下ろした二階堂さんは、その返事だと食ってねぇな?と訝し気な表情。その手には缶ビールと料理がのった紙皿を持っていた。お酒のおつまみとして持ってきたんだろう、とお茶を口にしていると、紙皿が目の前に差し出された。何だろう、と即座に思った。
差し出されているものが何かわからないとか、そんなことじゃないんだけど…何故差し出されているのかはわからなかった。このまま紙皿とにらめっこしていても仕方がない、視線を上げて二階堂さんを見れば「食べなさい」と言われました。え、いや、これ二階堂さんの分なんじゃ…?!
「俺はちゃんと食ってるって。空きっ腹にビールはさすがにマズイのわかってるし」
「私も食べてますよ」
「の割には姐さんの周りに紙皿も箸も見当たらないけどなー?」
「う、」
本当にこの人は周りをよく見ていらっしゃる。もう反論はできまい、と白旗を上げた私は、大人しく美味しそうな料理がのった紙皿を受け取る。一緒に渡された割り箸を割り、ポテトを口にすれば、冷めてはいるものの美味しいと感じることができた。うん、お腹空いてたんだな。全然自覚なかったけど。
そういえばお昼に軽食を口にして以降、何も食べていなかったんだっけ…集中したりしているとお腹が空かないから、すっかり忘れてた。黙々と食べ始めた私を見て、二階堂さんはくつくつと喉を鳴らしている。
「…なんです?」
「お前さんってほーんと可愛いなぁ」
「ンぐ、!」
「うわ、大丈夫か?」
誰のせいですか、誰の…!いきなりか、可愛い、とか、何で二階堂さんはそんなセリフを簡単に言えるんだろう。六弥さんの言葉には大分慣れつつあって、今ではもう出会ったばかりの頃のようにドキッとすることは減ったけれど…二階堂さんの言葉には、いまだ慣れる様子がない。
ドキドキして、顔が熱くなって、やめてほしいと思う反面、嬉しいと感じてしまっている自分もいる。―――私はこの人が好きなのか、と自問自答してしまう。
恋をしたことがないわけじゃない、それでもやっぱりわからないものはわからないんだ。自分の気持ちも、相手の気持ちも。二階堂さんは一体、どんな思いを抱いてあんなことを私に言うんだろう。ただからかっているだけ?それとも、
(…馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるわけないじゃない)
まだ楽しそうに笑っている二階堂さんを軽く睨み、ひとまず盛られた料理を平らげてしまおうとまた箸をのばす。その後は彼と私の間に会話はなくて、周りの賑やかな声をBGMに食事は進む。
でも、彼との間に流れるこの静かな空気は不思議と居心地がいい。沈黙も辛いと思ったことがない。苦手だと感じていた相手のはずなのに、気がつけば少しずつ印象というか…何かが変わりつつあるような、気がする。今ではほとんど苦手意識は消えているし。それでも時々、鋭すぎる二階堂さんの観察眼に嫌気が差すこともあるけれど。
「縁ちゃん、大和さん!」
「ん?どったの、マネージャー」
「そろそろお開きにすることになりましたので、荷物をまとめておいてくださいね」
「ああ、わかった。りょーかい」
「もうこんな時間だったんですね、気がつかなかった」
打ち上げを始めてもう2時間が経とうとしていた。これ以上は体に障る。翌日がオフだったとしても、今日はライブだったわけですしゆっくり体を休めてほしいもの。紡くんに言われた通り、自分の荷物をまとめ始めた二階堂さんを視界の端に留めながら私は机の上を片づけることにする。
アイドルに片付けを手伝わせるわけにはいかないからね、社長も頭数には入れないだろうし…そうなると、必然的に万理さん・紡くん・私の3人で片づけることになるわけです。時間も時間だし、片づけ始めておいた方がいいでしょう。さすがに私も早く帰って休みたい。
箸や紙皿、紙コップをゴミ袋に突っ込みながらくあ、と欠伸を漏らした。無心でポイポイとゴミを放り込んでいたら、百さんに声をかけられた。隣には肩を震わせている千さんと、そんな千さんを不審者を見るような目で見ている二階堂さんの姿。なんだ?何故に3人が揃っていらっしゃる?というか、珍しい組み合わせのような気がしないでもない。
「なんです?百さん。そしてなに笑ってやがるんですか、千さん」
「き、君が真顔でぽんぽんゴミを突っ込んでるから…!」
「…そんなに面白い光景です?」
「いやー、あはは…ユキのツボ、時々めっちゃ浅いから」
「はぁ…もういいや。何か用事でした?」
「あ、うん!オレ達ももう帰るんだけど、ちょっとお願いがあって…」
百さんがお願い?それはもう珍しいことだと思う。何でしょう、とゴミ袋を床に置いて首を傾げると、外までお見送りしてくれない?!だそうです。
…え、お見送り?お願いって、もしかしなくてもそれですか?
「ねっお願い、縁!」
「構いませんけど、いります…?」
「いるいるっ超いるよ!ねぇ、ユキ」
「ふふっ…うん、そうね」
千さん、まだ笑ってんですかアンタ。いい加減、思いっきり溜息吐きたくなってきましたけど。
ええっと、とりあえず2人と一緒に外に出ればいいのかな。上機嫌な2人(主に百さんだけど)の後ろを追いかけると、相変わらず仏頂面のままの二階堂さんがついてきた。どうかしたんですか?と問いかけると、心配だから、とだけ返される。
よくわからないけれど、彼も一緒に2人をお見送りするってことなのだろうか。表情から察するにあまり乗り気ではなさそうだけど。そんな顔をするくらいなら中にいればいいのに、と苦笑を漏らせば、いーんだよって。
「あっそーだ縁!これ」
「…?」
「それにオレとユキの連絡先書いてあるから、あとでスタンプでも送って」
「せっかく再会できたんだから、今度ご飯でも行こう。ね?」
「わかりました。あとで送りますね」
ありがとー、と太陽のような笑みを浮かべた百さんは、車に乗り込みそのまま帰っていった。残されたのは二階堂さんと私の2人だけ。特に会話もなく、しんとした静かな空間。
さて、そろそろ戻ろう、と踵を返そうとした時、少し先の電柱に黒い影を見たような気がした。
「姐さん?どうかしたのか?」
「あ、…いいえ、何でもありません。戻りましょうか」
冷えてしまいますよ、と二階堂さんの背中を押し、中に入る直前にもう一度だけ、さっき影が見えた気がした電柱に視線を移す。だけど、そこには何もなかった。
私の見間違いだったのかな。それならばそれで構わないけど。内心ホッとして、中に入ってドアを閉めた。
「ようやく見つけた、なのに、なのに―――」
なんできみの隣にいるのは、おれじゃないの。