鋭い視線
MEZZO”の2人を寮に送り届けた後、私はまたすぐに別のスタジオへと車を走らせていた。今日、アイドリッシュセブンのメンバーはバラバラに仕事をしていて、紡くんは未成年である一織くんと七瀬くんに付き添っていた。六弥さんも未成年ではあるものの、三月さんが一緒だから問題ないとされたらしい。そしてMEZZO”には私が付き添うので問題ない。
残るは最年長の二階堂さん。彼は少し都心から外れたスタジオで、スペシャルドラマの撮影真っただ中なのです。いつもは1人で大丈夫、と言う彼の言葉に甘えているのだけれど、今回は電車移動だとなかなかに大変なのと、撮影自体が深夜までかかりそうなので終電で帰れない恐れがあるので私が仕事が終わり次第、迎えに行くことになったんだ。
少し押してしまったけれど、二階堂さんからまだ撮影終了の連絡はない。高速を飛ばしていけばそう遅くならないうちにスタジオに着けるはず。
「では、本日はこれで撮影終了になりまーす!」
「お疲れ様でしたー」
高速は時間帯が遅かったのもあり、割とスムーズだった。当初の予定よりもスタジオに着くのが遅れたものの、まだ撮影中だったようで終わったのは私がスタジオに着いて1時間後のこと。お疲れ様でした、と出て行く俳優さん・女優さんの中から目当ての人物を捜していると、ぽんと肩を叩かれた。
いきなりのことだったからビクッと肩が跳ねたのは、もう致し方ないことだと思うんです。それでも失敗した、と内心思いながら振り返ると、案の定笑いを堪えた二階堂さんの姿があった。その後ろには困ったように笑う楽の姿もある。…忘れてた、今回のドラマって楽と共演だったんだっけ。確かW主演だ。
「お疲れ、姐さん。悪いな、わざわざ」
「いえいえ、このくらい構いません。お疲れ様です、二階堂さん、八乙女さん」
「おー、お疲れ」
「楽、早く着替えてらっしゃい。帰るわよ」
スタジオの入口からひょっこり顔を出した姉鷺さんが、楽に声をかけた。それにわかったよ、と返事を返し、またなーと手をヒラヒラと振ってスタジオを後にする。
「私達も戻りましょう。ブランケットとアイマスク積んでありますから、寝てて大丈夫ですからね」
「おお、至れり尽くせり」
「明日の送迎も私がすることになりましたので、お願いします」
「え?マジで?ソウ達は?」
「明日は四葉くんはオフ、逢坂さんは三月さんと六弥さんと仕事ですので紡くんが」
というわけで、明日は朝から夜まで二階堂さんの臨時マネージャーということになる。最近では珍しいことではないけれど、それでも回数が多いわけではない。ましてやドラマ撮影に付き添うなんてこと、大分久しぶりだもの。でもちょっとだけ、二階堂さんの演技を間近で観れることにワクワクしている自分もいたりする。それを口にするのは憚れるので黙っておきますが。
私のようなたかが事務員兼マネージャーがそんなことを言った所で、決して調子に乗るような人ではないのだけれど…何というか、私が恥ずかしい。ただ単純に恥ずかしいのもあるし、仕事だという自覚がないんだと思われてしまうのも嫌だから。何だろう、…二階堂さんには誤解を、してほしくないと思ってしまう。
「はー…腹減った……」
「あ、おにぎりとお味噌汁もありますよ」
「え、なんで?」
「MEZZO”のお2人を送り届けた時、三月さんから預かりました」
「ミツの奴…」
「帰ったらすぐに寝たいだろうから、って」
本当に気の利く方だなぁ、と思います。三月さんは。おにぎりはもう冷めてしまっただろうけど、お味噌汁は魔法瓶に入れてあったからまだ温度は高いと思う。多少はさめてしまっているかもしれないけど、二階堂さんは猫舌なのでそう問題ではないでしょう。うん。
着替えてくる、と楽屋に入っていった彼を、廊下で大人しく待つことにした。だって着替えるのに一緒に入るわけにもいかないじゃない…!入ればいいのに、とニヤケながら言われたこともあるけど、無言で脇腹にチョップ入れたよね。セクハラで訴えますよ、あの人はもう。
二階堂さんが楽屋に戻って数分、あの人はあっという間に着替えて出てきました。衣装はそのままにしておいていい、とのことだったので、廊下を並んで歩く。もう日付が変わっているスタジオ内はとても静かだ。恐らく、さっきまでドラマを撮影していた俳優さん方やスタッフさん、そして警備員さんくらいしか残っていないのだろう。
昼間とは違い、しんとしているスタジオはどこか薄気味悪く感じてしまい、思わず二階堂さんの服を握ってしまいました。しまった、と思ったけれど、それはもう後の祭り。離そうとした瞬間、二階堂さんにするりと手を握られた。
「にっ…!」
「誰もいないから問題ないっしょ。車に戻るまで、な?」
「うう…やっぱり大人はズルイと思います……!」
「ははっズルイってなんだよ、ズルイって!」
カラカラと笑う二階堂さんと一緒にスタジオの外へ。そこから裏手にある駐車場へ向かおうとしていた所、ゾクリと背中に悪寒が走った。なんだろう、これ…あと視線?のようなものを感じる気が。歩みを止めて、奇妙な感覚の正体を確認しようとキョロキョロと辺りを見てみるけれどそれは見当たらない。気のせい、だったのかな…薄気味悪い、と思っているから、感覚も過敏になっているだけ?
まだ違和感は残るけれど、これ以上は二階堂さんに迷惑をかけてしまう。すみません、と隣に立つ彼に視線を向けると、とある一点を鋭い瞳でじっと見つめていて言葉を失ってしまった。
「…縁、行くぞ」
「えっあ、はい!」
グッと腕を引かれ足早に駐車場へ向かう。途中、足が縺れそうになるものの何とか持ち直し、駐車場へ着く頃にはヘトヘトだった。
こ、ここまでそんなに距離ないはずなのにすっごい疲れた…!
「は、…二階堂さん…?」
「あ、ワリ。早かったか?」
「早いどころの騒ぎではありません。めちゃくちゃ疲れました」
「悪い、悪い。怪我とかしなかった?」
「それは全然問題ありませんが、…何かあったんですか?さっき、一点を見つめていらっしゃいましたよね?」
何があるんだろう、と視線を向けようとした時には、もう二階堂さんに腕を引かれてしまっていたから何を見ていたのかは確認できず仕舞い。聞いてみても何でもないよ、と笑うから、それ以上聞けそうにもなくって。
渋々、ロックを外して私は運転席、二階堂さんはブランケットやらアイマスクやらおにぎりやらを積んである後部座席へ乗り込んだ。