視界が赤く染まる


ここ数日、アイドリッシュセブンと万理さんの様子がおかしい。…気がする。紡くんに何かあったのか、と聞くと、何もないよ?とキョトンとした顔をされるだけ。そのままじーっと彼女の顔を見つめてみるけれど、特に嘘を言っているような感じはしない、かなぁ。紡くんは昔から嘘をつくとわかりやすい所があるから。
今回はそれがないし、本当に何もないのだろう。もしくは、彼女にも言っていないかのどちらかだ。可能性として高いのは後者だけど、何かあったと仮定してマネージャーに報告しないってことある?色々問題になるよね、黙っていると。
それに万理さんまで何も言わないとか、それは有り得ないと思うんだ。そうなると私の勘違い、として片づける他、術は残されていなかった。


「縁ちゃん?」
「えっ?あ、なに?紡くん」
「何だかボーッとしてるけど、大丈夫?疲れてる?」
「…ううん、大丈夫」


いけない、いけない。今日はこれからアイドリッシュセブンの新曲発売のミニライブがあるんだから、しっかり気を引き締めていかないと!気合を入れ直し、再度スケジュールを確認する。ミニライブは13時からと、16時からの計2回。場所はレコードショップのイベントステージ。このショップは大物アーティストもミニライブを行っていて、イベントステージもなかなかに広い。整理券はあっという間になくなってしまったらしいけど。
今日はこのミニライブがあるから、全員午後に仕事はライブ以外入っていない。午前中、六弥さんだけ雑誌の撮影の仕事が入っているけれど、それには珍しく万理さんが付き添っています。そのままレコードショップに向かうそうなので、紡くんと私は残りのメンバーを連れていくだけだ。日曜日だから一織くんと四葉くんも学校はお休みだし。
うん、何の問題もない。今日の仕事も滞りなく、無事に終わるだろう―――この時は、そう信じて疑わなかったのに。





『ありがとうございました!これからもアイドリッシュセブンをよろしくお願いします!』


七瀬くんの声に反応するかのように、黄色い歓声が湧き上がる。13時のライブも、16時のライブも大盛況でした。大きなトラブルもなかったし、心配だった七瀬くんの体調も一切問題なさそう。これでホッと一息つけるな、と笑みが零れる。ステージを下りた皆さんにタオルと水のペットボトルを渡し、楽屋代わりにお借りした会議室へと連れていく。
皆さんの顔には安堵の表情と、楽しくて仕方がないという表情が浮かんでいます。とてもいい笑顔で、心から良かったなと思える。お客さんを楽しませること第一だけれど、本人達も楽しめなくちゃきっと何も届けることができないから。だからこそ、彼らが楽しそうに笑っているのが嬉しくて堪らなくなるんです。


「すっごい楽しかった!!」
「ええ。反応も上々でしたし、良かったんじゃないですか?」
「笑顔、いっぱいだった」
「そうだね、楽しかったね。環くん」
「愛らしいレディの笑顔、たくさん見れました!」
「やっぱり反応が即座に返ってくるのっていいよなー!」
「まぁ、ライブじゃないとこれは味わえないよなぁ」


着替える手を止めることなく、でも口から零れ落ちるのは楽しかったとか、嬉しかったという言葉。やっぱりあれだな、アイドリッシュセブンの魅力を一番引き出せるのも、伝えられるのも、ライブなのかもしれない。
もちろん歌番組やバラエティ、それからドラマでだって魅力を引き出せるし伝えられると思う。現に伝わってると思うしね。だけど、このキラキラした感じは、ライブでしか引き出せることができない。このキラキラこそ、アイドリッシュセブンの最大の魅力なのかもしれないなぁ。


「楽しかったのは十分伝わったよ。続きは車の中でしよう」
「そうですね。そろそろ出ないと、お店にご迷惑が…」
「うわっマジ?!環、陸!もう出るぞー荷物まとめろー」
「ナギ、お前もだよ。行くぞ」


万理さんと紡くんが声を掛けると、即座に三月さんと二階堂さんが動いて未成年組を促す。一織くんはもう準備万端なようで、2人が声を掛ける様子はない。相変わらず、一織くんはしっかりしています。まだ高校生なのに。カバンの中身を出したままだった四葉くんは、逢坂さんに手伝ってもらいながら準備を進めていて。よく見る光景だなぁ、と苦笑が漏れた。
そして全員がその会議室を出たのは、もうすぐ18時になるという時でした。予定では17時半には車に乗り込んでいるはずだったんですけど、…色々ずれ込みましたね。レコードショップの方々は大丈夫ですよ、と笑ってくれていましたが。最後にもう一度、お世話になった旨と退出が遅れてしまったお詫びをお伝えしてから私も皆さんの後を追う。

午前に個人で仕事をしていたメンバーがいる為、車は2台ある。紡くんと私が乗ってきた車はワゴンなので、そっちにメンバー全員と運転手の紡くんが乗り、もう1台の方に万理さんと私が乗ることになりました。乗るまでの間も皆さんはワイワイと話していて、いまだ話題は尽きそうにありません。疲れているだろうに元気だなぁ、と思っていると、誰かの鋭い声が―――二階堂さんの名を、呼んだ。
反射的に視線を上げると、全身を黒で覆い、目深にフードを被った男が二階堂さんに向けて何かを投げようとしているのが見えた。私の体が勝手に動くのと、ほぼ同時に。

―――ガッ!

鈍い音と、鋭い痛み。こめかみを生温い液体が伝う感覚。ポタリ、と地面に落ちたソレは、真っ赤。ああ成程、血が出ているのか。ガンガンと痛みが襲ってくるけど、まだあの男が何か仕出かしてくるかもしれない。だったらまだ、この腕を離すわけにはいかない。
私の名前を呼んで、必死に離せ!と叫ぶ二階堂さんの声を無視して、さっき以上に力を込めて彼の体を抱きしめ、体を丸め、二階堂さんを庇うように男に背を向けた。どれくらいの時間、そうしていただろう。二階堂さんではない、誰かの声が私の名前を呼ぶ。縁さん、と呼ぶのは…誰?万理さん?


「マネージャー!何か押さえるもんくれ!!姐さんが怪我してるっ!」
「はっはい!」
「一織くん!警備室へ行って事の説明と、警察へ連絡してもらうようお願いしてきてもらえる?」
「わかりました!」


ようやく、…ようやく、辺りの声や音が耳に入ってきた。同時にズキズキと激しい痛みに襲われ、思わず痛い、と声が漏れた。それは小さな声だったはずだけど、傍にいた二階堂さんと万理さんには届いてしまったらしい。
すぐに病院連れて行ってあげるからね、という万理さん。触るぞ、と何か柔らかいもので傷口を押さえてくれる二階堂さん。体の力が徐々に抜けていくのを感じた。
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