とある少女の涙


ここ、何処…?目を開けて真っ先に飛び込んできたのは真っ白な天井。体を起こそうとしたら額がズキン、と痛んだ。その痛みでようやく私はミニライブ終わりに怪我をしたことを思い出す。
そうだ、あの後、救急車で運ばれて―――…記憶がそこまでで途切れているということは、救急車の中で意識を飛ばしたってことか。一度でも認識してしまうと途端に痛みがぶり返してくるとか何なの…引く様子のない痛みに舌打ちをしそうになってしまう。


―――ガチャッ

「小鳥遊さん、目が覚めたんですね。昨夜のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「朧げではありますが…」
「そうですか。今、担当医を呼んできますのでお待ちください」


しばらくしてやって来たお医者さんの問診を受け、レントゲンなどの結果を聞き、そのまま帰っても問題ないと告げられた。傷口が塞がるまではしばらく通院をしなきゃいけないらしいけど、まぁそれは仕方がない。何とか時間を作ろう…悪化して入院とか、そんなの洒落にならないし。
さて、どうやって帰ろうか。その前にまず、ここは何ていう病院なのか確認しないとなぁ、とぼんやり考えていると、部屋を出て行こうとしていた看護師さんがロビーに迎えの方が来ていらっしゃいますよ、と教えてくれた。迎え?万理さんか紡くんかな、あとはー…お父さんってことも、有り得なくはないよね。うん。お父さんだった場合、そのままお説教タイムに入りそう。
うへぇ、と思いながらエレベーターで1階に下り、見知った顔を捜す。たくさんの人でごった返しているから、捜すのは大変そうだと思っていたんだけどそんなことなかったです。数秒で見つかった。―――手を振っている、二階堂さんが。





「―――で?何でお前さんはあんな無茶をしたわけ?」


車の中ではずっと無言だった。彼が口を開いたのは、事務所に着いてしっかりとドアを閉めた後。雰囲気からして完全に怒っているだろうな、とは予想していたけれど、それはもう予想以上で。静かな事務所内に響くのは二階堂さんの普段よりかなり低めの声だけ。
万理さんと三月さんと六弥さんもいるけれど、3人は口を噤んだままこっちの様子を窺っている感じ。というか、口を挟めないっていうのが正しいかも。


「なぁ、姐さん。わかってる?あんた、下手すりゃ打ち所悪くてあの世行きだったんだぞ」
「…二階堂さんはそう言いますけど、」


拳をギュッと握る。カタカタと僅かに震えているのは、恐怖か。はたまた怒りか。


「私が動かなければ、間違いなく怪我をしていたのは貴方の方です。そっちの方が大問題でしょう」
「あんたが怪我するのは問題じゃないって言いたいの?」
「アイドリッシュセブンの七分の一である二階堂大和と、事務員である私―――天秤にかけずとも、どちらに価値があるかなんて明らかじゃないですか」


そう。たくさんの人に愛され、笑顔にできるアイドルである彼と、陰で支える立場の私なんて…そんなの比べる間でもないでしょう。深く考えずとも、どちらを優先すべきか誰だって即座に判断できる。だからこそ、あの時の私だって勝手に体が動いたのだと思っている。この人に怪我を負わすべきではない、直感でそう思ったから。
そう、そうだよ。私は間違ったことなんてしていない、二階堂さんが怒る理由も、私が怒られる理由も、なにひとつ存在しないはずなのに。零れ落ちた言葉達は、確実に彼の怒りの琴線に触れたのだろう。ダンッと大きな物音がひとつ、響き渡った。


「…ッざけんなよ、どっちに価値があるかなんて明らかだ、だと?」
「……」
「自分には価値がねぇから怪我してもいいって?…じゃあそんなあんたを心底心配してる俺達はどうなんだよ」


ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。
怒鳴ったりはしなかった。ただただ静かな怒りが彼を覆い、言葉を紡がせているような…そんな不可解な感想を抱きながら、私は二階堂さんの声を聞いていた。バタンッと大きな音を立てて事務所を出て行くまで、大和くん!と声を上げながら追いかける万理さんの姿が見えなくなるまで、私は黙りこくったまま。その場を動くことすら、できなかった。


「ユカリ」
「っあ、…」
「今の言葉はいけません。絶対に言ってはいけない言葉です…ヤマトでなくとも、怒りますよ」
「なぁ、姐さん。姐さんはそんな風に言うけどさ、オレもナギも大和さんも…それに一織達だって、皆あんたのことが好きなんだ」
「…はい」
「好きだから心配するし、怪我だってしてほしくねぇし、さっきの大和さんみたいに怒ったりする」


六弥さんの落ち着いた声が、三月さんの優しい声が、ゆるゆると私の中の何かを溶かしていく。


「自分に価値がないとか、そんな悲しいこと言わないでくれよ」
「っ、ぅ、…」
「姐さん」
「い、嫌だった、んです、二階堂さんが怪我をすること、守りたいって思ったんです」


だって、二階堂さんが危ない目に遭ったのは―――私の、せいだから。
パタパタと流れ落ちる涙は、いまだ止まる気配を見せない。
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