先輩のアドバイスは素直に受け止めようとは言うけれど
二階堂さんがしばらくホテル暮らしをしていた時、私は千さんにちょっと愚痴…というか、弱音を吐いてしまった。あの時は潰れたりしないよう、色々と必死だったからアレなんだけど今思えば、完全に二階堂さんと私の関係性を暴露してしまっているようなものだったわけで。
ハッキリとつき合ってますとか、そういうことを言ったわけではないにしろ、私が不用意に零した言葉達はきっと千さんに決定打を与えていたんだと思う。だってその証拠に、
「もー!縁も大和ももっと早く言ってくれればいいのに!」
百さんまで私達の関係を知っているから。
「小鳥遊事務所関係者はともかく、楽と龍さんに知られたのは不可抗力なんですって…」
「僕にうっかり零したのは?」
「あれも不可抗力…ってか、完全に無意識でした」
「ってことは、オレ達に言うつもり全然なし?」
「当たり前じゃないですか…」
お世話になっている先輩だし、信頼も信用もしている。私達の関係を話した所で、それをマスコミに売るとかそんなことはしないってちゃんとわかってはいるんです。でもそれとこれとは別問題というか、ホイホイと言いふらすようなものでもないでしょう?
芸能界という業界は、いつどこで誰が聞き耳をたてているのかわからない世界だから。やり過ぎなくらいの警戒心は、やっぱり必要だと思うんです。それでも事務所関係者にはどうしたってバレてしまうだろうから、そこは先手を打ったけど。言わないわけにもいかないし。
「でもまぁ、そうだよね。内緒にしておくのが大和の為にも、縁の為にもなるか」
「それでも可愛い後輩達の幸せは、祝ってあげたいと僕は思うけどね」
「それはもっちろん!今日は大和がいないけどさ、今度4人でご飯行こう!」
「…二階堂さんにお話しておきます、嫌がりそうですけど」
あの人、千さんのことを思いっきり嫌がるからなぁ…過去を知っているからとか、色々と理由はあるんだろうけど。その辺りは詳しく話してくれていないし、私も聞く気はない。嫌がる言動も、素振りもあるけれど、あの全てを曝け出したあの日以降、心の底から嫌がってる―――ようには、見えない。
嫌がってないとかそういう演技だってわけでもないみたいだけど、なんだかんだ言いつつ受け入れてる感じは…あるかな、うん。尊敬している部分だって、きっとあるんだと思う。
「それでおつき合いってやつは順調なの?」
「おっユキ、恋バナいっちゃう〜?」
「僕自身のことは嫌だけど、縁のことだったら別問題だよね」
「オレも気になるなー、大和と縁の恋バナ」
思いっきり、噎せた。それはもう盛大に噎せた。そしてお茶が変なとこ入った…!さっきまで真面目な顔してたと思ったのに、いきりなりぶっ込んでくるんですかこの人は!!そして聞いてどうするんですか、そんなの。溜息交じりにそう言ってみても、千さんも百さんも引く気は更々ないらしい。百さんに至ってはとっても楽しそうに、尚且つ目をキラキラさせてこっちを見ていらっしゃいますけど。いや、そんな目で見られても話しませんからね?!というか、話すことが皆無、で………そこでようやく気がついた。
二階堂さんに告白されたし、私も返事をした。それは間違いないし、夢オチでしたーってわけでもない。それは断言できる、こうして報告した相手もいることだし。しかし、だ。つき合い始めてもう数ヶ月経ったけれど、私達は一度たりとも恋人らしいことをした記憶がありません。仕事の合間を縫って食事には何度か行ったけれど、それくらいだ。デートもしていないし、手を繋いだりっていう甘酸っぱいことも…一切していない。
その事実に気がついて、私はビシッと固まってしまった。
「縁?どしたの?」
「えっあ、いや、あの…な、何でもない、です」
「嘘だね。目が泳いでるよ」
「う、」
「なになに?悩み事?」
さっきまでとは打って変わり、百さんは心配そうな表情になっていた。いや、あのですね?そんな心配するようなことでは決してないんです、ないんですけれども…!
ああああ、これはどう説明したらいいのかな?!でも説明しないときっと2人は納得してくれないだろうし、下手するとこのまま帰れないってことも…ないとは言い切れないわけでして。うん、もうこの際どうにでもなれ精神になるしかないのかな。
「もう数ヶ月経つんですけど、…デートとか、恋人らしいことしたことないなぁって」
「…え?」
「いや、あの!職業的に難しいのはわかってますし、仕方ないことなんですけど!!」
そう、そうなのだ。二階堂さんは人気がうなぎ上りのアイドル・アイドリッシュセブンの一員。そして実力派俳優としてもドラマや映画に引っ張りだことなっている。そんな多忙に多忙を極めた彼と、何処かに出かけるなんてことできるはずもなくて。初めからわかっていたつもりだし、覚悟もしていたはずなのに…いざそういう状況になってみると、淋しくて仕方がないだなんてどうしようもない。もちろん、それを本人に言えるわけもなくひたすらに悶々とする他なかった。
これはさすがに紡くんや万理さんにも言えないしなぁ。それに言った所でどうにもならないことは理解しているし、仕事を辞めてほしいなんてことも思っていない。仕事に打ち込んでいる姿もカッコイイと思うし、素敵だと感じているから。
「縁は、淋しい?」
「…正直、淋しいです。でも言ったら二階堂さんは気にしちゃうし、無理する気がするから言いたくない」
「でも言わないと大和くんには伝わらないよ?」
「そう、ですけど」
二階堂さんにももっと何でも話して、と言われたこともある。言いたくないことは言わなくて構わないけど、もっと頼られたいからって。そう言ったのだ、あの人は。だからきっと、今抱えているこう…淋しいとか会いたいとか、モヤモヤした気持ちも言った方がいいのだというのは頭ではわかってる。
嫌がることもないとは、思うけど…迷惑にならないか、というのとは別問題だと思うんです。だって忙しい時にそんなこと言われたら、大迷惑にも程があると思わない?重荷にだけはなりたくないんだもん。
「可愛い可愛い彼女に淋しいって言われて、迷惑だって思うような男には思えないけどな〜大和は」
「そうね。一度、懐に入れた相手に―――踏み込むことを許した相手に、そんなことはしないでしょう」
「うんうん、遠慮はしないでいいと思う」
「遠慮、というか…」
嫌われたくないというのが、私の本音なんだと思う。わがままを言って困らせたくない、でも淋しい。そんな矛盾した気持ちが延々と、胸の中で渦巻いているんだ。
「なら、逆のパターンで考えてみるといい」
「逆…?」
「忙しく走り回っている君の元に、大和くんから淋しいとか会いたいって連絡がきたとしよう。―――迷惑だって、そう思う?」
「そんなのっ…そんなの、嬉しいに決まってます」
「だよね。大和もさ、同じ気持ちじゃないのかなぁ?きっと」
だから大丈夫だよ、大和は縁のこと嫌いになったりしないから。
百さんはそう言ってにっこりと笑った。千さんも穏やかな笑みを浮かべたまま、私の頭をくしゃくしゃに撫でて。いつもだったらやめてください、とその手をベシッと叩き落とすところなのだけれど…何となく今日は、色んな気持ちがごっちゃ混ぜになってて別にいいかって思ってしまった。だってこれはきっと、千さんなりの精一杯の優しさと甘やかしだから。Re:valeの2人にはあの頃からずっと、甘やかされてきていると思う。
「ありがとう、ございます」
「大和くんにもそのくらい素直になったらいいのに。そろそろ帰ろうか」
「だねー!あ、縁、オレ達は会計してから行くから先に外で待っててくれる?」
「えっいや、奢って頂くわけには…!」
「いいの、いいの!お祝いってやつだよー」
ほらほら、行った行った!と背中を押され、私はそれ以上何も紡ぐことができませんでした。だって何か言う前にもう入り口近くまで来てしまっていたから。本当強引な所があるんだから、あの人達…心の中でブツブツ文句を言いつつも、大人しく外に出る。
そういえば2人は迎えを呼んでいるのだろうか、と考えていると、聞こえるはずのない声が耳に届く。甘く、優しく響く声が私の名を呼んだんだ。
「よ。楽しかったか?」
「に、かいどう、さん…?」
「ん?そーよ、二階堂さんだよ。別人に見える?」
「見えないですけど、何でっ…!」
今日の食事は夕方、百さんからのラビチャで急遽決まったことだ。だからこのことを知っているのは、家族であるお父さんと紡くんだけ。他の人には言っていないし、というか言う必要もないから。それなのに何故、二階堂さんが此処に…?!それにさっきの口ぶりだと、私が誰と食事をしていたのかを知っている感じだったし。
もう、何が何だかわからないんですけれども。混乱している私を見て二階堂さんは、楽しそうに笑ってスマホの画面をこちらに向けた。え、見て大丈夫なの?でも見たらまずかったらきっと、こちらに向けたりしないし…と無理矢理飲み込んで、スマホに目を向ける。映し出されていたのはラビチャの画面で、そこには私達が食事していた居酒屋の名前と住所…それからお迎えよろしく!の文字。差出人は、私に外で待っているように言った百さんだった。
「えっ…ええええ…?!」
「はは、ビックリしてるビックリしてる」
「しますよ!だって、会えるなんて思わなかった…」
ポロッと零れ落ちてしまった本音は、二階堂さんの耳にもしっかり届いてしまったらしく、彼は一瞬だけキョトンとした表情になった後、嬉しそうに笑った。…ん?嬉しそう?どうして?
「お前さん、割と素直になった方だけどそういうこと言わないから」
「ひ、否定できない…」
「そんな子から会いたかったー的なこと言われたら、そりゃあ喜ぶって」
「…二階堂さんって、そんなに素直でしたっけ」
熱くなった頬を手で覆い、そんな恨み言を言ってみる。完全なる照れ隠しだし、きっと二階堂さんもそれに気がついているとは思うんだけど…どうしたって恥ずかしくて何か反論しないと、居ても立っても居られなかったんです。仕返しというか、八つ当たりに近いものかも?
でもそれは彼には効果ナシだったようで、依然、嬉しそうな顔のままだ。そしてどうぞ、と手を差し出してきたのです。これは、手を繋ごうってことでいい、のかな。間違っていたら嫌だなぁ、と思いつつ、おずおずと差し出された手に触れるとスルリ、と指が絡まった。それは所謂、恋人繋ぎというもので思わず叫びそうになったよね。寸での所で飲み込んだけど。
いや、恋人繋ぎが心底嫌で叫びそうになったわけでもないんだけど、突然こんなことされたら死にそうになります…!だって今まで、一度だってこんなことなかったから。
「に、二階堂さん…!」
「ん?手ェ繋ぐの嫌だった?」
「嫌じゃないですけどっ…でも誰かに見られたら、」
「ちゃんと変装してるし、この辺は人通りも少ないから平気だよ」
…本当なら、ダメですって言うべきだ。恋人としても、小鳥遊事務所の事務員としても、外でこんな目立つことはしてはダメですって言わなくちゃいけないのに。これで誰かに見られて、それで記事にでもなったら二階堂さんにもアイドリッシュセブンにも迷惑がかかってしまうのに。
(わかっている、はずなのに―――ダメだって言うことも、この手を離すこともできない)
できないんじゃない。したく、ないんだ。もう少しだけ、この人に触れていたい。もう少しだけ、触れていてほしい。そしてできればこのまま、離さないでほしいと願ってしまっている。