Mission:君とのデート
「縁、こっち」
「あっおはようございます、にか、」
「だーめ。今日はその呼び方と敬語、封印してって言っただろ」
「……大和、くん」
「はい、よくできましたー」
でも敬語だけは、どうにも無理な気がしているのは私だけですか。
というわけで突然ですが、今日は二階堂さんと水族館に来ています。所謂、初デートというやつなのですが…ド緊張していてどうなることか不安でいっぱいです。だって今まで誰ともつき合ったことないですし、デートだってもちろん未経験なんですもん。どうしたらいいのかわからなくて、昨日もあまり眠れなかった。
この服だって紡くんを巻き込んで、しかも数時間悩みに悩んで決めたものだったりする。そしてヘアアレンジも紡くんにお世話になりました。あの子は嬉々としてやっていたけれど。
(変じゃ、ないかな)
紡くんは大丈夫、バッチリだよ!と太鼓判を押してくれたから、問題はないと思うんだけど、それでも好きな人に変な格好とか髪型とか言われたくないのはきっと、乙女心というやつなんだと思う。うん。
ちょっとしたことでこんなに一喜一憂することになるなんて、思いもしなかった。少しでも可愛いって思われたいとか、そういう気持ちは私には一生無縁なものだって思ってたんだけどなぁ。そりゃ、…好きな人がいたことがないわけではないけど、ここまで少女漫画のように感情を振り回されるようなことは初めてだ。
「や、まとくん…あの、敬語だけは勘弁して頂けないでしょうか…!」
「んー?俺としてはせっかくのデートなんだし、仕事モードじゃなく恋人モードになってほしいんだけど」
「名前呼びだけで精一杯です…」
「…ま、それだけでも進歩か。いーよ、口調は戻して」
無理言ってごめんな、と苦笑を浮かべ、私の頭を撫でた二階堂さん。事の発端は、数日前に彼から水族館に行かないかとお誘いを受けたことだった。プライベートで一緒に出かけたことなんてなかったし、偶然にも2人のオフが重なる日もあったのでそれは二つ返事で了承したのです。
そう、そこまでは至って普通なんだけれど…待ち合わせ場所や時間を決める為にやり取りしていたラビチャで、せっかくの初デートだし名前で呼んでほしい・敬語も外してほしいと言われたのだ。即座に無理です、と返信しちゃったけど。でも珍しく二階堂さんは折れることなく、お願いしてくるもんだから私の方が折れざるを得なかった。あんまりこういうこと、主張してこないし。この人。
…なんだけど、いざやってみようとするとえっらい難しいことに気がつきました。特に名前呼びなんて罪悪感半端ないといいますか…!!何に対する罪悪感なんだ、って感じでもあるんだけど、自分でもよくわかりません。でも罪悪感を感じるんですもん。なのでくん付けで渋々納得して頂きました…それでも緊張するんですけどね、呼ぶの。敬語は緊張するとかそういうことではなく、何というかもうクセのようなものでなかなか外れないんです。紡くんや天くん達のように慣れていれば問題ないんだけど。
「とりあえず、中入ろうぜ。どこから見たい?」
「ええっと、ここってイルカショーあるんですよね?それ見たいです!」
「ん、イルカショーね。他は?」
「水族館に来るの久しぶりなので…順に見て行きたいかなぁ」
「それもそうか。…じゃあ、お手をどうぞ?」
「うっ…そのお姫様扱いやめましょうよ、大和くん…」
それでも差し出された手を取ってしまうのは、心底この人に惚れているからなんだろうなぁ。ドラマとか映画でこんな王子様のような役がきても、二階堂さんなら難なく演じてしまいそうな気がする。本人やアイドリッシュセブンのメンバーは、ガラじゃないって大笑いしたり眉間にシワを寄せたりしそうだけど。殺人犯とか、猟奇的な役を演じることが多いから余計かもしれない。
繋がれた手、そして館内マップに視線を落としている彼の横顔を順に見てそっと笑みを浮かべた。
(ああ、嬉しい。…温かくて、幸せだ)
あまりにも気が緩みすぎてニヤケ顔にならないように気をつけたいところだけれど、でもそれはちょっと難しいかもしれないなぁ。だってどうしようもないんだもの。
これが仕事中だったらきっと、意地でもそうならないようにすると思うんだけど…今は仕事でも何でもない、プライベート。もし万が一、ニヤけてしまったとしても咎める人はどこにもいない。ただ私が恥ずかしい思いをするだけなのだ。
まぁ、だからといってだらしない顔になるのは避けたいけどね。相手が二階堂さんなら尚更、あまりそんな醜態は晒したくない。
「うわぁ、海の中にいるみたいです…!」
「海中をイメージしたトンネルだって。こういうの好き?」
「海とか空の青って、すごく綺麗じゃないですか」
「あー…まぁ、そうね」
「大和くんは嫌いですか?」
歯切れ悪い返事をした二階堂さんを見上げると、チラッとこっちに視線を向けた後すぐに逸らされてしまった。そして苦笑を浮かべている。
「海とか空って、なーんか眩しくてな…ちょっと苦手だった」
「…はい」
「多分、アイツらに抱いてたのと同じモンだと思う。でも今は―――…好きになれるかも、とは思うよ」
「ふふっそうですか。今度は海に行きましょう!夜じゃなくて、昼間に」
告白の返事をした時に行ったっきりの海。あの時も潮の香りや波の音はしていたけれど、当然真っ暗だったので見えているようで見えていなかったから。だから今度は、陽の光がキラキラ反射している海を見に行きましょう。私と2人が嫌なら、メンバーの皆さんや紡くん、万理さんも誘って。
彼の両手を握ってそう言えば、困ったような笑みを浮かべて「アイツらと行くのも悪くないけど、最初は縁とがいい」って言われてしまいました。顔から火が出そうな程に恥ずかしかったけれど、でもそれは二階堂さんの本音だと感じることができたから。建前とか、社交辞令とかそういうものは一切混じっていない心からの言葉。私は、そう思った。
「贅沢を言っているのも、わがままを言っているのもわかってるんですけど…」
「ん?」
「もっと、…大和くんと色んな所に行きたいです。それで思い出を、増やしていきたいです」
「善処する。…って言っても、それを握ってるのはマネージャーと縁なんだけどな」
「…あ」
「でも俺も同じ気持ちだし、そういうのはもっとぶつけて。溜め込むな。些細なことでも全然いいから、」
繋がれた手がするりと解け、二階堂さんの手が私の頬に触れた。そっと包み込むように。
「縁のこと、もっと教えて」
「大和くんも教えてくれますか?」
「―――…うん、出来る限りは」
言えないことも、あるかもしんないけど。
それでいいんです。全てを曝け出してくれなくたって、いいから。私だってまだ貴方に言えていないことがあるから。だから全てを、なんてことは言いません。ほんの少しでも頼ってくれたらきっと、私は嬉しい。それは貴方も一緒なのでしょう?二階堂さん。
そんな願いを込めて頬に触れている彼の手に触れれば、一瞬だけ驚いた顔をしたけれどすぐに笑顔を浮かべてくれた。嬉しそうに見える、そんな笑顔だと思った。
「好きだよ、縁」
二階堂さんの唇が、額にそっと触れた。