A
「いってくるッス!」
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
社会人組、学生組を送り出せば談話室は大分静かになる。あとはまだ部屋にいる人や、すでに朝食を食べ終えて部屋に戻ってる人くらいだろうか。談話室に残ったのは朝食の片づけをしている臣くんと私だけ。
さて、大学に行く前にラッピングを済ませた皆へのチョコレートをテーブルの上にセッティングしていかなければ。直接渡すことも考えたんだけど、運悪く会えない場合もあるし…それだけは避けたかったから、だったら朝のうちに置いておけば勝手に持って行ってくれるかなぁって思って。
「皆へのチョコレートか?」
「うん、そう。これなら勝手に持って行ってくれるじゃない?」
「確かに。それに昼間のうちは談話室も暖房使っていないしな」
そうそう。冷蔵庫に入れておくことも考えたけど、あまりスペースを使ってしまうのもちょっとね。
あとはわかりやすいようにメッセージを書いたメモをカゴに引っ付けて、と。よっし、これでかーんせーい。
「はる、俺ももう出るけど」
「あっ私も一緒に出るから、ちょっと待って!」
「そんなに焦らないでも大丈夫だから。ほら、準備してこい」
皆へのチョコレートはこれで完璧。いつもの友人達へのチョコレートも大丈夫。…残るは、臣くんへのチョコレートだ。
作ったはいいけれどいつ渡そう…帰ってきてから寮で?いやいや、皆がいる所で渡すのはさすがに恥ずかしすぎる。かと言って私の部屋に呼び出すのも、些かやりすぎのような気もしないでもない。だとすると、大学で渡すのが一番いいかなぁ…臣くんって今日は何限までだろう。サークルはあっただろうか。さすがに時間割とかまで把握はしてないから。
放課後、時間作ってほしいって言ってみるのが一番いいかも…?時間なかったら諦めて寮で渡すけど。……多分。
「臣くんさ、今日何限まで?終わった後、時間もらえたりする?」
「今日は3限で終わりだけど、サークルがあるのと…それまでは課題をやろうと思ってる。サークルまでなら時間もあるが、どうした?」
「じゃあ少しだけ私にちょうだい」
「それは全然いいけど」
よし、約束は取り付けた。一応、退路は断った…はずだけれど、これでも私は隙あらば逃げようとしちゃうんだよなぁ。自分のことのはずなのにどうしてだろう、と思ってしまう。
理由は多分、至極単純だ。『居た堪れなくなるから』。まぁ、理由にもよると思うけどね?その時々の。顔を合わせたくないとかさ。でも今回逃げるとすれば、『居た堪れなくなるから』だろう。うん。
「はるは?何限までだ?」
「今日は2限で終わり」
「……待たせちまうことになるけどいいのか?」
「うん、それは大丈夫」
臣くんは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべたけれど、待つこと自体はそんなに苦じゃないから全然いいんです。千鶴も2限までって言ってたし、あの子を巻き込んで時間潰せるし!
だから大丈夫、と笑みを返せば、じゃあ終わったら連絡するからってようやく臣くんも笑顔を浮かべた。
大学へ着いてしまえば、学部が違う私達は当然別行動。お昼に食堂でばったり会うこともあるけれど、大体はお互いにそれぞれの友人といることが多いからあらかじめ約束をしていない限りは、大学内で一緒に行動することってないかも。
ゼミも終わり、友人達にチョコレートを渡し、お昼も食べ終え―――残るは、臣くんとの約束のみである。
「しの、顔が怖い」
「こわ………?!」
「表情がガッチガチに強張ってるんだもん。戦地に赴く隊士ですか、あんたは」
告白しに行くんでもないんだし、もう少しリラックスしなさい。
雑誌に視線を落としたまま、千鶴は淡々とそう告げた。いや、うん…私自身ももう少しリラックスしたいとは思ってるんです。でも無理なんだよ、何故か!!どうしよう、本当に。
頭を抱えていたら、テーブルの上に置いておいたスマホが短く震えた。そっと画面を見てみるとそこにはLIMEのメッセージ通知。相手は言わずもがなです、臣くんです。どうやら3限が少し早めに終わったらしい。
「臣くん授業終わったみたい」
「あれ、少し早かったんだね。んじゃ、決意が鈍らないうちに行っておいで」
「うん、…いってくる」
中庭で待ってて、とメッセージを返し、急いで食堂を出た。この時間ならそんなに人もいないだろう、と思っていたら、案の定ビンゴだったらしい。中庭のベンチに座っていたのは臣くんだけ。
「臣くん!」
「お疲れ、はる。待たせてごめんな」
「ううん、大丈夫。…えーっとですね、」
「うん?」
いざ本人を目の前にすると、告白をした時みたいな緊張感。ただ渡すだけなのに、今までにも何度もやってきたことなのに、…渡すものを手作りのチョコレートに変えただけで、こんなにも緊張することになるとは思わなかった。
それでもここまできて怖気づいてやめた、何でもないよなんて結果にはしたくない。いまだ私を見上げたままきょとんとした表情を浮かべている臣くんの前に、持っていた紙袋をずいっと差し出した。無言で。
「えっと、…?もらっていいのか?」
「うん、あの…バレンタイン、なので」
「別で用意してくれてるとは思わなかった」
「へ?」
「朝、皆へのチョコレートをカゴに用意してただろ?俺の分もそこかな、って思ってたから」
あー…それはそうか、そう思われてもおかしくはないよな。別で用意してるなんて伝えてないし、約束を取り付けた時もそんな話は一切していなかったし。
臣くんも自分から聞いてくるようなタイプではないから…こういうことに関しては。それはごめんね、って思う。
「恋人になって初めてのバレンタインだし、そのくらいの配慮はします…」
「ははっそうか、ありがとう。…嬉しい」
「喜んでもらえたなら良かった」
一応、手作りですよ。と、彼の隣に座りながら呟くと、やけにビックリされてしまった。え、なに?
「お前の作った菓子は何度も食べたことあるけど、バレンタインに手作りをもらうのは初めてだなって思って」
「あー…そうだね、初めてだね」
「来月のお返し、楽しみにしててくれ」
「―――…うん、楽しみにしてる」