珍しい頼み事もあるものだ


「東雲さん、この通りです!」

パンッと両手を合わせてそう言ってきたのは、後輩の綴くんである。食堂でバッタリ顔を合わせたかと思えば、その数秒後にはこの状態になったんだけどなんのことだかさっぱりなんだが。
え、なに?この通りってなにが?焦ってるのはよくわかったけど、ひとまず用件を言おうか。用件を。返事をするのはその後です。
別に可愛い後輩である綴くんの頼みなら、なるべくは聞いてあげたいけれど…ほら、内容によるじゃない。やっぱり。変なことを頼まれたりはしないと思いますけど、念の為ね。念の為。

「うん、まず座って」
「っす」
「それからこれ食べて」
「ども。…あ、うま」
「臣くんお手製のドーナツだからね。…落ち着いた?」

素直にもりもりとドーナツを食べている彼にそう問いかければ、僅かに頬を赤く染めてゆっくりと頷いた。
よし、落ち着いたなら良かった。では、改めて用件を聞くとしますかね。

「あの、東雲さんって今バイトとかって…」
「バイト?長期では特に…短期ではやってることもあるけど」
「俺、今天鵞絨町にある小さなカフェでバイトしてるんすけど…」

綴くん曰く、今日カフェのバイトが入っているそうなんだが、一緒にシフトに入る予定だった人が急遽来れなくなってしまったそうな。
元々小さなカフェなので雇われているバイトも少数で、シフトに入っていない面々は授業やら用事やらで代わりに入ることも無理。そこで店長さんから綴くんに臨時でバイトに入れる知り合いや友人はいないか、と連絡がきたんだって。

「…それでなんで私?」
「前にカフェで働いてたことあるって言ってたじゃないっすか、それで」
「ああ…言ったね、そういえば」

その時も臨時だったから長い間やっていたわけではないけれど、まぁ一応経験者ではある。うん。
基本は古書店の手伝いに時間を使っていたから、その合間にちょこちょこ短期でやってただけなんだよね。

「お願いします!この店、水曜の夕方から夜って混むんすよ…!」
「まぁ…君の頼みだし、いいよ。役に立てるかはわからないけど」
「恩に着ます!!」

いや、いいけどそんなの。
今日はもう講義は終わってるし、夕飯の当番でもなければサークルや用事があるわけでもないし、ここ最近は短期バイトも減らしてたしちょうどいいかもしれないな。

「それでどんなカフェなの?」
「こじんまりとしてますけど、雰囲気とかめっちゃいいんすよ。ほら」

スマホで見せてくれたのは、お店のホームページ。おお、確かに綴くんの言う通りこじんまりとはしてるけど、いい感じの外観…………んん?ここ、何か見たことある気がするんだけど…気のせい?
いつも行っているカフェとは違うし、でも既視感あるんだよなぁ。外観も内装も、店名も。さすがに店長さんの写真はないか…ホームページに載せる必要はそんなにないもんね。メイド喫茶とかそういうコンセプトのカフェじゃないし。
まぁ、直接行ってみればわかるかなぁ…この既視感も。ただ見たことある気がする、ってだけかもしれないし。似たようなお店に行ったことがあるだけ、とかさ。勘違いするなんてことよくあることだよね。

「俺、16時からのシフトなんすけど…」
「もう講義は終わってるから何時でも。でも場所わからないし、一緒に行ってもらえると助かるかな」

スマホで検索すれば問題なく行けるのはわかってるんだけど、バイトの先輩である綴くんが一緒の方が助かるし心強い。
先に行ってもどうしたら・何をしたらいいかわからないしね!ひとりはそれなりに不安になるのです、これでも。

「わかりました。俺、あと一コマ講義あるんで終わったら迎えに行きますね」
「一コマなら図書館で待ってるよ」

足早に講義へと向かう綴くんの背中を見送り、そういえば終わりの時間聞かなかったな…と思った。16時からって言ってたし、閉店までのシフトだとしても21時くらいまでかなぁ。
カフェってそんなに遅くまでやっているイメージないもんね。チェーン店だと22時とか23時までの所もあるけど、見た感じ個人経営っぽいもの。
夕飯は帰ってから軽く食べるにしても、遅くなる旨は連絡しておいた方がいいよね。いづみさんと夕飯の当番である臣くんにも連絡しておこう。

「カフェでのバイトなんて久しぶりだなぁ…」

短期でバイトをする時はイベント系だったり、棚卸だったり、そういう系統の職種ばっかり選んでたから飲食系はそこまでやったことがない。それこそ高校時代に臨時でやったことがあるだけだ。
久しぶりすぎて接客とかお会計とか、大丈夫だろうか。ちょっとだけ遠い目になるのも仕方ないと思うのです。
でもこの臨時のバイトがまさかの再会に繋がるなんて思いもしなかったのである。
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