バスタイム・アフタートーク
パシャリ、とお湯で遊んでいたら、その手をぎゅっと握られた。どうかしたのかと見上げてみたら、甘い蜂蜜色の瞳が私を見下ろしていた。
ずいぶんと機嫌が良くなったというか、落ち着いたらしい。浮かべられた笑顔は見慣れた、普段の臣くんだった。
「…時間大丈夫かな」
「あー…さすがにそろそろ帰らねぇとな…俺もはるも当番ではなかったはずだが」
「綴くんか、いづみさんか…」
昨日の夕食は誰だっただろうか、と記憶を巡らすけれど、まだいくらかぼんやりとしているのかいつまで考え込んでも思い出せそうになくて思い出すのを諦めた。無理なものは無理だ。
そのうち思い出すだろうし、思い出せなくてもまぁ支障はない。私の記憶力が衰えていくだけで。…それはそれでちょっと嫌だな。
密かにショックを受けていると、耳の裏と項にチリッと痛みが走って勢い良く振り向いた。
「おっと」
「ちょっ…今、痕つけた?!」
「バレたか」
そう言って意地悪な笑みを浮かべている臣くん。バレたか、じゃないよバレたかじゃ!そりゃバレますよ感触で!!それに気がつかないほど鈍くもないっつーの!
散々シている間に痕つけまくったでしょうが…まだ足りないのか、アンタは。まだ鏡で確認してはいないけれど、ここから見える限りでもかなりの量のキスマークがあるんですよね…胸元とか、あと足の付け根とか太腿とか。
それに首筋には歯形があるし、…あ、そうだ、すっかり忘れてたけどこれどうしよう。
「歯形隠れるかな…」
「タートルネックでない限り難しいかもな…」
「だよねぇ…」
さすがにもうタートルネック着ないなぁ…絆創膏で隠れるだろうか…隠れたとしてもめちゃくちゃ目立つけどね、これ。
しばらくは襟付きのシャツとかを着るようにして、なるべく首元が開いていない服を着るようにしておこう。
しまってある服をひとつずつ思い出していると、するりとお腹に腕が回され、耳元で「悪い」と小さく謝罪が聞こえた。歯形をつくほどの力で噛んでしまったことを、臣くんはまだ気にしているらしい。
謝罪の声は心なしか落ち込んでいるように感じる。その割には遠慮なく痕をつけやがりましたよね。でも臣くん曰くそれとこれとはちょっと違う、らしいです。どうやら。
まぁ、痕をつけることを了承したのは私だし全然いいんだけど。…あ、あれかな。キスマークは時間が経てば痕も残らず消えるけど、首筋の歯形は傷になるかもしれないってことだからなのかな。もしかしたら。
(聞いてみてもいいけど、これ以上追い込むのは趣味じゃないなぁ)
よしよし、と臣くんの頭を撫でれば、そのまま肩に顔を埋められた。ちょっとくすぐったいけど、まぁいいか。甘えてくれてるみたいで私も嬉しいし気分がいいから。それに可愛いし、今の臣くん。
「…はるは、」
「ん〜…?」
「ちょっと許容範囲広すぎないか?」
んん?いきなり何を言い出したんだ、この人は。言ってることの意味がしっかり理解できなくて、臣くんに寄りかかって「どういうこと?」って見上げてみると、少しバツの悪そうな顔で「今日したこと、全部許しただろ」だって。
いや、うん…だって嫌なことをされてるなんて思ってないし。それのどこが問題なの?って話でして…。
「いや、問題だらけだろ…」
「ええ…?まぁ、歯形はちょっと遠慮したいけど…痕つけられるのは、隠せる場所なら別にいくらつけて―――あ、あんまり多すぎるとお風呂困るなぁ…」
「つけるな、とは言わない辺り、許容範囲が広いって言ったんだよ」
「別に普通じゃないの?所有印でしょ?これ」
「おっ…前、その言い方…!」
「間違ってる?」
間違ってはいねぇけど、…
そうもごもごと何かを呟いている臣くんの顔は薄っすらと赤くなっていて。長湯しているからなのか、それとも照れているのか…そこは判別できないけれど、何か言い淀んでいる所から察するに若干の照れが入っているんだろうなぁ。うん。
普段は私の方が今の臣くんみたいになってることが多いから、逆になってるのはちょっと新鮮だなぁ。こういう一面もあったんだなぁって。
「怖がらせて、傷つけて、…勝手に勘違いして疑って、それなのに怒らねぇだろ」
「あー…んー…」
そうか、怒る人もいるのか。いくら恋人だからってあんなことされたら。
まぁ、強姦まがいと言ったらそうなのか…?有無を言わさずっていうのは確かにそうなんだけど、…今思えば、私全く怖くなかったんだよな。ビックリすることは多かったけど、相手は臣くんだったし。
「臣くんなら、いいよ。何しても」
「またそういうこと…簡単に言ったらダメだろ。勘違いするし、つけ上がるぞ」
「勘違いじゃないし、自惚れていいんだよって言ったじゃん」
「……遠慮しなくなるぞ?本当に」
遠慮なんかいりませんって。
それに許容範囲広いっていうなら、多分それは臣くんの方だと思うけどなぁ。カンパニーの皆に対しても、私に対しても。私は臣くんだけだもの、許容範囲が広いのは。
そりゃカンパニーの皆や、サークルのメンバー、友人達に対する範囲もそれなりには広いと思うし、出来ることならやってあげたいって思うことだって多いけど…臣くんに対するものと比べたら、全然狭いと思う。恋人になってからは尚更だ。
だから―――臣くんにだけ、なんだよ。本当に。
「―――好きだよ、はる」
「うん、…知ってる。私も好きですよ、臣くん」
言ったはいいものの、お互いに照れ臭くなって笑い合って、唇を重ねた。