案外気が合うのかもしれない、という話
はるに知られたくない、と願っていた感情をぶつけてしまって、ひと月ほど。街中で件の従兄弟とバッタリ会い、あの日のことを土下座する勢いで謝ったのが2週間ほど前。
その従兄弟ははるに恋人がいることを本人から聞いて知っていたらしく、「まさか初対面で睨まれるとは思わなかった」とカラカラと笑った。話してみれば何てことはない、気さくで話しやすい人だったんだよな。
そのまま流れでLIMEの交換した俺達を見て、はるは「どういうスピードで仲良くなってるの?」と半目になっていたが。
side:臣
講義が終わりスマホを見てみると、優紀さんからLIMEのメッセージが入っていた。『終わったらカフェに来い』って…どういうことだ?というか、なんでまた急に。
まぁ…今日はサークルもない、夕食当番はカントクだったはずだから少し寄り道をしていっても問題はないか。あの人が淹れるコーヒーは美味いから、1杯だけ飲んで帰ろう。
一緒に講義を受けていた友人と別れ、校門へと向かっていると後ろから声をかけられた。
「お疲れっす、伏見さん」
「綴もお疲れ。もう帰りか?」
「そっす。今日はバイトもないんで、帰ります」
…あ、それなら―――
「用事がないならちょっとつき合ってくれないか?」
「?いいですけど…買い出しですか?」
綴の言葉に緩く首を振り、とりあえず行こう、と再び歩き出した。
「お、来たな?伏見くん。なんだ、皆木くんも一緒だったのか」
「大学が一緒なんで…」
最寄りの天鵞絨町で電車を降りて、歩いて10分ほど。目的の場所であるカフェに到着すると、連れてきた綴が目を大きく見開いた。
ああ、そりゃ突然自分のバイト先に連れてこられたらビックリするよなぁ。ボソッと「今日、バイトだったっけ…?」と呟いているのが聞こえたが、うん、悪い。そういうことではないんだ、単純に用事がないなら綴も連れて行こうって思っただけなんだ。
「お疲れ様です、店長」
「おう。伏見くんと知り合いだったんだな、君」
「大学の先輩なのと、同じ劇団所属っす」
「ああ、なるほど。そういう繋がりか」
ひとまず座りな、と言われたので、綴と並んでカウンターに座ると聞き慣れた声が聞こえたような気がした。
声が聞こえた方に視線を向けてみると、このカフェの制服に身を包んだはるが学生グループの接客をしている。…困ったような笑顔を浮かべて。
「はる…?」
「え?あ、ほんとだ。東雲さんじゃないっすか…誰か来れなくなったんすか?」
「いや、来れるんだが遅れるらしくてな…少しの間だけヘルプを頼んだんだが…」
出勤してから今のあいつらで3組目だ、ちょっかい出してるの。
眉間にシワが寄ったのが自分でもわかった。優紀さん曰く、今日は珍しく常連以外の、それも学生くらいのお客さんが多いらしく、その大多数が注文を取りに来たはるにああやって話しかけているらしい。
相手はお客さんだし、はるもあまり邪険にはできないんだろう。ハッキリと嫌だと言える奴ではあるが、それは時と場合による。しかも此処は彼女の従兄弟である優紀さんの店でもあるから、店の評判が落ちるようなこともしたくないんだろうな。
とはいえ、あの状況はあまり良くないというか…『俺が』面白くないし、嫌だ。助けに入りたい所だが、店員でもない奴が行っても火に油を注ぐことになりかねない。そうなると結局、店長である優紀さんに迷惑をかけてしまう。
どうしたものか、と思っていると、優紀さんがおもむろに口を開いた。
「東雲さん、ごめんね。これ運んでもらえる?」
「あ、はい!…失礼します」
学生グループは文句だか何かを言っているようだが、はるはどこかホッとした表情でこっちを向いて驚きに目を見開いた。
どうやら俺達に気がついていなかったらしい。軽く手を振れば嬉しそうに笑ってくれるんだから、本当に可愛いよな。
「あと30分で退勤させてあげられるから、連れて帰ってやって」
「…ああ、LIME送ってきたのってそういうことだったんですか?」
「そういうこと。大丈夫だとは思うけど、待ち伏せされてたらまずいだろ?」
納得はしたし、連絡もらえたのもありがたいけど、…わざわざ連絡をした方がいいと判断するほどにしつこい奴がいたってことか?モヤッとするにはするが、実害が出る前に連絡をもらえたのは良かったのかもな。…声かけられてる時点で、実害は出てるっちゃ出てるのか…?
さっきまでの状況は面白くはないし、嫌だとは思うが…それでも何となくあの時に比べて気持ちが落ち着いているのは、はる自身が困っているのがわかったからなんだろう。現金だと言えばそれまでなんだけど。
アイツは笑ってたし、怖いと思わなかったと言ってはいたが…できることなら、あんな真似は二度としたくない。とことん甘やかして、大事にしたい。怖がらせてしまうことはしたくないんだ。
…はるはそれすらも許容して許しちまうから、困る。俺も多分、大体のことなら許しちまうとは思うが、…それとこれとは別の話だと思う。
「ほい、アイツが退勤するまでこれ食ってな。あとコーヒーな」
「えっあ、俺達ケーキは頼んでないっすよ、店長」
「試作品なんだ、感想聞かせてくれ」
確かにメニューにはないものっぽいけど、…いいのか?俺達が、というより…俺が食べても。綴は此処でバイトしているから意見を聞くのはあることだとは思うけど。
どうするべきか、と考え込んでいると、「料理上手だって聞いたんだ」と優紀さんの声が降ってきた。どうやらはるから聞いていたらしい。いつかメニューの試作品を食べてもらいたい、と思っていたからちょうどいいと楽しそうに笑っている。役に立つかはわからないけれど、まぁ…いいか。興味はあるし。
「ん、美味い」
「っすね。コーヒーとよく合います」
「そうか?そりゃ良かった。もう少し甘くするか悩んでるんだが…」
「これくらいで大丈夫だと思いますよ。くどくなりすぎちゃいますし」
「なるほど。んじゃこれでいくかなぁ」
方向性が決まったのか優紀さんは満足そうに笑みを浮かべた。