無防備な姿を見せるのはやめてくれ
久しぶりに熱を出すほどに体調を崩してから数日。ようやく体調も元に戻り、稽古や大学に復帰した。
苦戦している課題はまだ残ってはいるものの、提出期限まで余裕はある。今度は体調を崩したりしないよう、休憩を挟むようにしねぇとなぁ。皆にはかなり心配をかけちまったし、また同じようなことになることだけは避けたい。
side:臣
休んでいたのはたった数日なのに、久しぶりの講義はやたらと疲れるな。休んでいる間はここまで長く座っていることもなかったし、稽古に復帰して思ったけど…体力も少し落ちていている気がする。疲れを感じやすいのはそれも関係しているんだろうな。秋組の公演はまだ先だが、困ることになる前に少しずつ戻していかねぇと。
友人達と別れ昼メシを食おうと空いている席を探していたら、はるの友人達を見つけた。だが、はるの姿は見えない…別行動中なのかもな、と視線を外そうとしたら、俺自身も中学時代からつき合いのある桜井と目が合う。
「伏見くん!」
「お疲れ、桜井。…すげぇ勢いでくるな、珍しく」
「ねぇ次の時間って空きだったりする?!」
「え?おう、講義はないけど…」
「じゃああの子のことお願い…!」
あの子?あの子って誰のことだ…?思わず首を傾げるけれど、桜井が指をさしているのが目に入ってその先を追っていくと―――リュックを枕にしてぐーすか寝こけているはるらしき姿が見えた。
昼メシの載ったトレーを持っていなければ、頭を抱えていたと思う。何で食堂で寝こけてるんだ、アイツ…。いや、どこで寝こけててもあれなんだが。つまり、桜井が言っていた『あの子』っていうのはあそこで寝こけている幼なじみ兼恋人だということだな。
「アイツは講義ないのか?」
「次の時間は空きなのよ。でも私達、皆講義があるから…起こしても深く寝入ってるのか起きないし、かといってあのままにしておくのはさすがに心配だし…」
「…幼なじみが迷惑かけて悪い」
「もう慣れたからいいんだけど。…お願いしてもいい?伏見くんがいてくれれば安心だし」
「ああ、任せてくれ」
頷くと彼女はホッとした表情を浮かべて、友人達の元へ戻っていく。その後を追えば、時間がギリギリだったらしく「よろしく!」とだけ残してバタバタと食堂を出て行った。それにも気がつかず眠っているはるの向かいに腰を下ろせば、僅かに顔が見える。本当にぐっすり眠ってるな、コイツ。
俺が通りかからなかったら、通りかかったとしても用事があったとしたら、どうなっていたんだろうか。きっと彼女達のことだ、置いていくことはしなかったかもしれないが…誰かしらが午後の講義に出席できなかったかもしれない。それを知ったらコイツは地の果てまで落ち込むんだろうな、申し訳なさで。
(それにしても、校内でここまでぐっすり眠りこけてる姿は初めて見るな)
学部が違うから、講義で一緒になることはない。食堂や図書館、廊下で会うことはないわけじゃないが…眠っている所は見たことがない気がする。寝不足だったんだろうか。…ああでも、その寝不足の原因を作ったのは他でもない俺だな。寝込んでいる間、ずっと傍にいてくれたし。恐らくまともに睡眠をとっていなかったんだろう。
あの日から数日経ってはいるが、確か課題がどうのって言っていたし、看病してくれている間にできなかった分を根を詰めてやっていたのかもしれない。とはいえ―――
「無防備すぎやしないか?お前…」
安心しきった顔でぐっすり眠っているはるの頭をくしゃりと撫で、独り言ちる。小さな小さな声で呟いたそれは、喧騒に溶けて消えていく。時間はまだたっぷりあるし、無理矢理起こすことはないが…この無防備な姿をそのままにするのは、少しだけ嫌な気分にはなるな。
けれど俺の気持ちとはるの睡眠を天秤にかければ、はるの睡眠の方に傾く結果になるのは目に見えている。ひとまず、メシを食っちまうか。それから起こそう、ぐっすり眠っている所を起こすのは忍びないけどな。そう決めて冷めかけている味噌汁に手を伸ばした。
「んん、………?」
味噌汁を飲んでいたら、はるが身じろいだ。視線だけを向けると、まだ眠いのか目を擦りながら体を起こし、とろんとした目でこっちを見上げる。
ああ、これは寝ぼけてるな…状況を理解するまでに少し時間がかかるかも。俺も特に声をかけることなく、黙々と食っていると寝ぼけ声で名前を呼ばれた。疑問形で。まぁ、そうなるよな。
「なんだ?」
「………?」
はるが首を傾げて固まったまま数分が経った。ようやく目が覚めたのか、とろんとしていた目は見開かれ「何でいるの?!」と驚かれた。
寝起きでびっくりするのはわかるけど、ここ食堂だからな?ちょっとボリューム落とそうか、声の。あと座れ。
「あ、はい。…え、本当に何でいるの?千鶴達は?」
「講義。たまたま通りかかって、お前が起きないからよろしくって託されたんだ」
「え。」
もう講義が始まっている時間だというのを腕時計で確認した彼女は、「マジじゃん…」とか細い声で呟いて項垂れた。やっと起きたのにまたリュックへと顔を埋めて唸っている。気持ちはわからんでもないけど、とりあえず唸るのはやめろって。他の奴らが何事だって思っちまうだろ。
それでも小さく唸るのをやめないはるの姿に苦笑が漏れる。ったく…仕方のないやつだよな、本当。そういう所も可愛いと思ってしまう辺り、俺ははるにベタ惚れらしい。今更な気もするけどな。
「ほら、いい加減に唸るのやめろ」
「だってさぁ〜…」
「お前の気持ちもわかるが、唸っていても仕方ないだろ」
「はぁい………臣くん、今ご飯食べてるってことは空き?」
「ああ。今日はあとサークルだけだ」
「サークルの時間まででいいからさ、ちょっとつき合ってもらえない…?」
もそり、とリュックから顔を上げたはるの眉はハの字になっていて、どこか申し訳なさそうな顔に目を見開いてしまう。何でそんな顔をしてるかな、お前は。
「だ、だって臣くん病み上がりじゃん…!」
「少し体力は落ちてるけど、もう熱も喉の痛みも怠さもない。大丈夫だよ」
「それは良かったけど…」
「食欲も戻ったしな。…で?どこに行きたいんだ?」
「え、あ、うん…あのね―――」
話を進めていくうちに表情が解けていくのがまた可愛くて、思わず頭を撫でた。