打って変わって穏やかな夜に


薬が効いたのか、臣くんの熱は翌朝には微熱まで下がっていた。まだ頭痛や喉の痛みは残っているみたいだけれど、おかゆを食べられるまでには回復したみたい。昨日はプリンひとつ食べきるのも辛そうだったから、少しでも食色が出てきたのなら良かったと思う。
起き上がるのも苦ではなくなってきたようで、秋組の面々が代わる代わるお見舞いに来てくれるのを嬉しそうに応対していらっしゃいます。まぁ、まだ熱は下がりきってないので1人5分くらいのお見舞いだけどね。

「良かったっすね、熱下がり始めて」
「ほんと。紬さんから風邪を拗らせ気味って連絡がきた時は、どうなることかと思ったけど」
「疲労とかもあったみたいっすよ」
「ああ…面倒な課題出てるとか言ってたしなぁ」

あの分ならもう2日くらい休めば大学にも行けるようになるだろうし、あともう少しって所かなぁ。体調を崩して寝込んでいることはいづみさんと左京さんの耳にももちろん入っていて、治りかけで無理をするとまたぶり返してしまうからとことん休んでもらおうと意見が一致しました。
いくらしっかり体調管理をしていても無理な時は無理だから、そこを怒る人は誰もいないんだけど…ちょーっと無理して課題をやったりしていたことがバレたようで、恐らく風邪が治ったら左京さんからお説教がありそうなんだよね。臣くん。
でもまぁ、それは仕方ないことだということで我慢するしかない。自業自得ってやつだからねぇ、これ。

「東雲、皆木」
「あ、おかえりなさい古市さん」
「おかえりなさい。夕飯は食べました?」
「ただいま。まだ食ってねぇ」
「じゃあ用意しますね」
「悪いな。…伏見は?」
「大分いいみたいっすよ。熱はまだ微熱が続いてますけど」

綴くんの言葉に左京さんはホッと息を吐いた。顔には出づらいけれど、左京さんもかなり心配していらっしゃったから。個別に病院は行ったのかとか、何か必要なものはあるかって連絡もくれたしね。
左京さんなりに秋組メンバーを愛していて、大事にしているのが伝わってきて思わず笑ってしまったのは記憶に新しい。わかりにくいかもしれないけれど、きっと秋組にはきちんと伝わっている気がする。皆も左京さんのこと大好きだもんなぁ。

「どうぞ、左京さん。今日は早かったんですね」
「ありがとう。…すんなり仕事が終わってな」
「それは良かった」

左京さんの食事が半分くらい済んだ所で、談話室のドアがそっと開いた。その先にいたのは臣くんで、私も左京さんも綴くんもちょっとだけビックリしてしまう。だって彼が自ら此処に来ることはなかったから。
熱で朦朧としてひとりでは歩くのもままならなかったんだから、それも当然なんだけれども。

「どうしたの?具合悪くなった?」
「いや、飲み物なくなっちまって…」
「なんだ、LIMEしてくれれば良かったのに」

熱の具合を見ようと触れたおでこや頬は、まだ仄かに熱い。いや、昨日に比べれば全然マシなんだけど。昨日の今日でここまで下がれば大したものだとも思うし。支えがなくても歩けるようになったことにもホッとする。
ひとまずソファに座らせて、飲み物の希望を聞くとしよう。

「冷たいものがいい?それとも温かいものがいい?」
「あー…じゃあ温かいやつ」
「ん、ちょっと待ってて」

これから寝ることを考えると、カフェインが入っているものはアウト―――そもそも病人にコーヒーとかはよろしくない。喉の痛みがまだあるって言ってたし、ホットレモン作ろうかね。
レモン汁と蜂蜜、それからすりおろした生姜をほんの少し加えてあとは片手鍋で温めるだけ。簡単だけど喉の痛みに効くし、生姜で体も温まるというお手軽な飲み物なのです。生姜湯でも良かったんだけどね。
どうせなら、と綴くんと左京さんと私の分まで作ることにした。そっと臣くんへ視線を移すと、向かい側のソファに座った綴くんと何やら楽しそうに会話をしていらっしゃる。キッチンからじゃあいつの顔は見えないけれど、辛そうな感じは然程残っていなさそうでホッとする。
ちゃんと元気になっているのはわかってはいるんだけど、昨日の状態を知っているから…ちょっと傍にいない時間が長くなると、どうしても心配になってしまうというか…過保護だというのも、心配しすぎだというのも自覚してるけどさぁ。うっかり焦がしてしまわぬよう鍋に視線を戻して悶々と考え込んでいると、隣に誰かが立つ気配がした。

「…なんだ、幽霊でも見るような顔しやがって」
「それは申し訳ないですけど、ビックリしたんですよ…食べ終わったんですね、シンクに置いておいてもらえば洗いますよ」
「お前も気を遣いすぎだ。このくらいできる」
「いや、できないとは思っていませんけど…」

別にお皿を洗えないとか、割ってしまいそうだとか思っているから言ったわけではなく、仕事終わりでお疲れだと思って言っただけなんだけど…でもやって頂けるのは有難いので、そのままお願いしてしまうか。少しだけ罪悪感というか、申し訳ない気持ちは残るけど。あまり頑なにお断りをすると怒られてしまいそう。
それにしてもキッチンに左京さんと並んで立つのってないから何だか新鮮な気持ちになるなぁ。ホットレモンが出来上がるのと、左京さんのお皿洗いが終わるのはほぼほぼ同時で、キッチンを出ていこうとする左京さんによろしければ、とマグカップを差し出した。

「多めに作ったのでどうぞ。温まりますよ」
「ああ…悪いな、もらう」
「臣くーん、綴くーん、ホットレモンできたよー」
「ありがとう、はる」
「えっ俺のもあるんすか?すみません、ありがとうございます」

私は臣くんの隣に。自室に戻るかと思った左京さんは綴くんの隣に腰を下ろした。何ともまぁ、珍しいメンバーが揃ったもんだな…臣くんと綴くんと私は大学で顔を合わせることもあるし、ここに十座くんが加わってお昼を一緒に食べることも少なくはないから珍しくも何ともないんだけどさ?
左京さんって普段は本業の仕事が忙しくてあんまり寮に長い時間いないし、いたとしても大体大人組でお酒を飲んでいたり自室で仕事をしているかで…うん、やっぱり何か新鮮な気持ちになります。しかも飲んでいるのはホットレモンというね。

「伏見、あんまり無茶するんじゃねぇ」
「あはは…すみません」
「少し自分のことを疎かにすることをやめろ」
「あー…でもそれは左京さんも同じでしょう?」

苦笑を浮かべ、まだ掠れている声で、でもしっかりと言い返した臣くんに左京さんは面食らい、綴くんと私は思わず吹き出してしまった。
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