ベストを尽くしたきみに休息を
脚本を書き始めるとかなり根を詰めるクセがある、と聞いたのは、MANKAIカンパニーに入る前の話だったと思う。それは綴くん自身も自覚はあるらしく、どうにかしないといけないと思っていないわけではないようで。でもそう簡単に変えることができたら苦労しない、というのが、クセだと思うんだよね。
現に今でも彼は脚本を書き始め、ノッてくると平気で―――というか無意識に?食事と睡眠を疎かにしてしまうのだ。倒れないように真澄くんが食事を持って行ったりしてくれてはいるみたいだけれど。
「で、できたっす…!」
「執筆お疲れ様、綴くん。今、いづみさんは買い出しに出ちゃってるから先に仮眠とっちゃいな。起きたらご飯用意してあげるから―――…」
談話室のソファで左京さんに借りたDVDを見ていたら、よろよろと綴くんが入ってきた。その手には出来上がりほやほやであろう脚本が握られている。
けれど、いづみさんは少し前に夕食の買い出しに出かけてしまった。まだしばらくは帰ってこないだろうから、その間に仮眠をとってもらえばきっと夕食が終わる頃には目を覚ますだろうと思ったんだけど…私の言葉が聞こえてるのか聞こえてないのか、彼からは反応が返ってこない。無言のまま、そして覚束ない足取りでこっちに近づいてきたかと思えばバタッと倒れ込んでしまったんですけれども。それも私の太腿の上に。
床の上でないだけいいのかもしれないけれど、そのまま眠り込まないでくれるかな?!綴くん!何徹したか知らないけど、疲れてるのにこんな所で寝ても疲れとれないと思うんだ。あと多分、体バッキバキになるからベッドに行こう!風邪もひいちゃうから!!
肩を揺すってみても、声をかけてみても反応なし。聞こえるのは静かな寝息だけ。あ、これはもうぐっすりのやつですわ…起きるまで大人しく枕でいるしかないやつかなぁ。
とりあえず、何かかけるもの…あ、これをお借りすることにしよう。ソファの背もたれにかけてあるブランケットを借りて、綴くんにかける。そして握られたままの脚本がぐしゃぐしゃにならないよう、そっと引き抜いてローテーブルへ。いづみさんが返ってきたら代わりに渡しておかなくちゃね。きっとその頃はまだ、綴くんは夢の中にいるだろうから。
今日は休日だけれど、寮内は割と静かだ。いづみさんのように出かけていたり、部屋で趣味に没頭していたり、客演の台本を読み込んでいたり、中庭で日向ぼっこや花壇の手入れをしていたり…談話室に揃っていると会話があるから賑やかに感じるけれど、そうでないと割と静かだよな。そのうち皆帰ってきたり、談話室に集まってきたりするだろうからすぐに賑やかになるだろうけれど。
「たっだいまー!」
「ただいま」
「ただいまー」
綴くんが夢の中に旅立ってから1時間ほど。ドアが開く音と、元気な声が聞こえてきた。九門くんと莇くんといづみさんかな?寮の前で一緒になったんだろうか。
クセで出迎えに行こうとしたけれど、綴くんを膝枕している状態なので無理でした。うん、仕方ないね。おかえりなさい、と声は出したけど、果たして届いているかまではわからない。
「あれっ?遥さんだけ?…ぅわ!それ綴さん?!大丈夫?!」
「九門、うるせぇ。…え、大丈夫なのか?生きてんの?」
「生きてる、生きてる。眠ってるだけだよ。おかえり、九門くんに莇くん」
「ただいま!」
「ただいま」
2人から少し遅れて談話室に顔を出したいづみさんも、私の膝の上を見てビックリしている。まぁ、帰ってきて早々こんな光景を見たらビックリするのも頷けるけども。私だってビックリするよ。ぱっと見、死んでる!って思われても仕方ない感じだもんね、ソファから人の腕がだらんと垂れていたら。何度か見ていたとしても、ビックリすることに変わりはないと思うんです。
さて…まだ起きそうにないなぁ、綴くん。足が痺れたとか、トイレに行きたいとかはないからいいんだけど、そろそろなにか飲みたい。ソファに座る前に用意した紅茶は、とっくのとうに飲み切ってしまっているし。どうにか抜け出せないかと試みてみたものの、寝ている人間というのは想像以上に重いんだよね。無理でした。
無理矢理に起こす手もないわけじゃないんだけど、談話室に入って来た時の顔色を思い出すとどうしてもね。もう少し寝かせてあげたいな、と思ってしまうわけでして。いや、起こしてベッドに連れて行った方が断然いいんだけども。
臣くん、丞さん、十座くんの誰かがいればお願いして運んでもらうんだけど、今日は3人でツーリングに出かけているからまだしばらくは帰ってこないだろうし。
「あ、いづみさん。これ」
「うん?…あっ脚本!」
嬉しそうな顔で脚本を受け取ったいづみさんは、向かいのソファに座って早速読み始めた。
今回は確か夏組の公演だったよね、どんなお話にしたんだろう。綴くんの紡ぐ世界はどれも楽しくて、ワクワクして、時々胸が痛くなることもあるけど…いつだって素敵な世界が描かれている。今回もきっと、そんな世界が広がっているんだろうなぁって思うんだ。楽しみだな。
「―――お疲れ様。ゆっくり休んでね、綴くん」
普段はお兄ちゃんをしている彼のあどけない寝顔に笑みを零し、そっと頭を撫でた。
(んん、…あれ…おれ……?)
(あ、目が覚めた?綴くん。おはよう)
(おはようございます、東雲さん……………えっ俺どこで寝てんの?!)
(遥ちゃんの膝枕だね)
(膝枕だな。皆木、いい加減に根を詰めるクセをどうにかしろ)
(うっわすみません!!ほんと!!!!俺、伏見さんに殺されません?!!)
(大混乱だね。されないよ、大丈夫大丈夫)