どうせならきみ好みのものを


「あ、遥。はよ」
「おはよう」
「おはようございます…」

サークルの衣裳制作や雑務をやっていたら朝になってしまったので、寝る前に朝ご飯を食べてしまおうと談話室に顔を出したら、まだ至さんと千景さんは食べている最中だった。
まだ出勤前だったのか…朝なのはわかってたけど、時間確認しなかったからなぁ。何となくもう出勤してしまっているかと思った。

「東雲さん、顔ひでぇことになってますけど…寝てないんすか?」
「やることやってたら朝になってた…コーヒーもらってもいい?」
「お前、これから寝るんだろ?カフェインとってどうするんだ」
「いやー…あわよくば、作業の続き……」
「はかどらないだろ、徹夜明けの状態じゃ。ココア淹れてやるから」
「ハイ」

相変わらずの会話っすねぇ、と綴くんが笑いながら、2人分のコーヒーを持ってキッチンを出て行った。きっと至さんと千景さんの分なのだろう。私も同じもので良かったんだけどなぁ…これから学生組が起きてきて慌ただしくなるんだから、別にわざわざ違うものを作ってくれなくてもいいのに。
そんなことを思いながら、先に朝食のプレートを受け取った。

「寝不足の所悪いんだけどさ、遥」
「なんすか…?」
「今日の夜って空いてる?」

向かいに座っている千景さん、そして隣に座っている至さんからそんなことを聞かれた。………え、なに急に。

「東雲さん、顔」
「ははっ遥ってそんな顔できるんだね」
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいでしょ」

いや、だって…何か嫌な予感しかしないんだもん。でもまぁ…一応、話を聞くだけ聞いてみるか…バターがたっぷり塗られているトーストに噛り付きながら、先を促してみることにした。
何でも買い物についてきてほしい、とのことで余計に頭上にはクエスチョンマークが浮かぶし、眉間にもシワが寄る。その表情を見た千景さんはまた笑うし、綴くんも吹き出すし、臣くんも苦笑してるし、至さんは「悲しい」って言いながら泣き真似するし…なんだ、このカオスな空間。今、他の人が入ってきたらビックリすると思う。

「買い物って、…ええ?」
「大丈夫、ちゃんと臣の許可はもらってるよ」
「いや、論点と心配してるのそこじゃな、……え、マジなの?」
「ああ、昨日聞かれたな」

何で臣くんへの許可が先なの。私の予定確認するのが先じゃないの?普通。
ツッコミを入れようかどうしようか迷って、もういいやってなったので黙っていることにする。ただでさえ寝ていなくて体力削られているのに、余計な労力使いたくないので。節電モードでいよう、うん。

「それで?遥の予定は?徹夜してたってことは、大学はないんでしょ?」
「いや、午後に一コマありますけども…」

午後からだからいいかな、と思って徹夜しただけで、休みではない。案の定、呆れた顔されましたけれども!いいんです、これから少し仮眠するだけの余裕はあるので。
それはそうと夜の予定だっけ、…ええっと、と回らない頭で今日の予定を思い返すけれど、講義がある以外に予定や約束はなかったはずだ。サークルも今日は活動日じゃないし。夜は空いてますよ、とココアを飲みながら答えれば、「じゃあ定時で上がるから、18時半に駅前でね」と残して2人は出勤していかれました。
あ、いってらっしゃーい。…………マジで買い物行くの?冗談ではなく?

「…何でいづみさんじゃなく、私…?」

小さな声で呟いたその疑問に答えてくれる人は、誰もいない。





―――もうすぐ着くからロータリーにいて。
講義が終わった後、寮に帰るには微妙な時間だったから少しだけブラついて、その後はカフェで時間を潰していた。さすがにもう徹夜は無理だなぁ…と欠伸を噛み殺していたら、ブブッとスマホが震えてメッセージを受信した。恐らく至さんか千景さんだろうと思っていたら、案の定でした。
ちょうど良く飲み終えたし、タイミングバッチリだなぁ。マグカップを返却してロータリーを目指す。どの辺ならわかりやすいんだろう…ロータリーにいて、ってことは車で来るんだと思うんだけど。
とりあえず、車が停まっていない所で見つけてもらいやすい所―――と、キョロキョロしていたらクラクションが聞こえた。車道にはいないんだけどな、と眉をひそめると、それは千景さんが鳴らしたものだったらしく、助手席に座った至さんが手を振っている。

「お待たせ。後ろ乗って」
「今日は俺の車なんだけどな?茅ヶ崎」
「まーまーいいじゃないですか、先輩」
「お邪魔しまーす…」

後部座席に座りシートベルトを締めると、それをミラーで確認していたらしくすぐに車は動き出した。朝はボーッとしてたし、2人の出勤時間でもあったから詳しくは聞かなかったけれど一体どこに連れて行かれるんですかね。車に乗せられたってことは、少し遠出する感じなのだろうか。
別に聞けばいいんだけど、何となく至さんはゲームをしている気がしているし、千景さんは…素直に答えてくれるイメージがあまりないんだよなぁ。到着すればわかるしいいか、と窓の外へと視線を移す。すると目に入ったのは、デパート。もしかしてあそこに行くのか…?

「…デパート?」
「そうそう。ちょっと遥に手伝ってほしくてさぁ…」
「服とかスーツの見立てなら、私より幸ちゃんの方がいいと思いますけど…」
「違う、違う。服じゃなくてお菓子を選ぶのを手伝ってほしいわけ」

…お菓子?なんでまた急にお菓子?それもデパートで…?
目的地に着けばわかるだろう、と思っていたのに、なにひとつわからなかった。頭が回ってないのも理由のひとつではあると思うけど、そうでなかったとしても正解には辿り着けていないと思う。自信はないです。

「ほら、先月バレンタインだっただろう?」
「ああ…でもお2人ってもらってないって言ってませんでした?」
「個人的なのはね。部署全体に配られたものはさすがにいらない、とは言い切れなくてさぁ…」
「こっちも同じようなものかな。あと監督さんからと遥からももらっただろう?」

ああ、劇団員全員にって作りましたね。談話室のテーブルの上にカゴに入れて置いておきましたけど。

「お返しを選んでほしいってことですか?…いや、それ私が選んじゃマズイやつ…」
「最終的に決めるのは俺と先輩だと思うけど、選択肢が多すぎるんだよマジで」
「その選択肢を狭めてほしい、と…?」
「そういうこと!遥、甘いもの好きだったでしょ?」

好きだけど、詳しいわけではないです。特にデパートで売っているような高級なお菓子は。私が食べるのはスーパーやコンビニで売っているお菓子と、臣くんお手製のお菓子だけなので。
貰い物を食べることはあるけど、そこまで頻度が多いわけじゃないし…そういうことならよくお取り寄せをしている、十座くんや東さんにアドバイスをお願いした方がいいと思うんだけどなぁ。
そう進言してみたものの、2人揃って「遥がいいんだよ」って言うもんだから、もう折れるしかなかった。手伝うのはいいですけど、あとで文句言わないでほしいです。切実に。

「マジ助かるわー。わっかんないんだよね、こういうの」
「監督さんは好きなものがハッキリしてるから、選びやすいけどね」

カレーそのものか、もしくはスパイスを効かせたチョコレートとか喜ぶかもしれないね。いづみさんは。………そんなチョコレート、果たしてあるのだろうか。まぁ、探してみればいいか。
そもそもホワイトデーって何をお返しするんだっけ…何かお返しするものに意味があったような気がするんだけど。飴とかマシュマロとかクッキーとか…?気になってしまったのでスマホで検索、っと。便利だよなぁ、こういう時。
あ、あったあった…飴は『貴方が好き』、マシュマロは『貴方が嫌い』、クッキーは『貴方とは友達のままで』…あ、マカロンをお返しすることもあるんだ。これはあんまり見たことなかったかも。
うーん、個人的に渡されたものへのお返しではないらしいし…意味を深読みされるようなことはないと思うけど、無難にいくならクッキーとかラスクとかかなぁ。飴はちょっと避けておいた方がいいかもしれない。念の為に。至さんも千景さんも会社でモテるそうなのでね、その辺は気をつけておいて損はないと思う。面倒なことになっても大変だろうし。

「あのー…」
「ん?どうしたの」
「多分、お2人なら知ってるとは思うんですけど…ホワイトデーにお返しするもので意味をもつお菓子があって…」
「え、そんなのあるの?」
「ああ…何か聞いたことあるかもしれない。飴は『貴方が好き』とか…そんなのじゃなかったかな?」
「千景さん当たりです。個人的に渡されたものへのお返しでないのなら、まぁ大丈夫だとは思いますけど…そこを避けるのもひとつの手かなって」
「なる。それは確かにね」

飴は色んな種類がまとまって入ってるし、可愛いものも多いし、いいとは思うんだけどね。瓶詰のカラフルな飴とか見てるだけでウキウキしてくるし。

「じゃあ飴は避けるとして…」
「遥のオススメは何かあったりする?」
「オススメというか、無難なのはクッキーとかラスクとかかなぁって思いましたけど」
「あーその辺なら小分けになってるだろうし、数もそれなりに入ってるよね」
「ですね。あと味にハズレがないです」

クッキーやラスクって大体美味しいので。百貨店のスイーツコーナーなら有名なメーカーのクッキーやラスクが多いはずだから、探すのもそんなに大変じゃないと思う。味見はできないけど、まぁ大丈夫でしょ。よっぽど変な味がない限り。
というわけで、クッキーとラスクに絞ってスイーツコーナーを見てみることになりました。そういえば、私もいづみさんにチョコレートもらったからお返ししなくちゃ。あと臣くんと、何故か十座くんと椋くんと咲也くんにももらっちゃったのよね…お世話になってるので、って。
何をあげようかなぁ…手作りにするか、それとも何か美味しそうなお菓子を買うか…悩みどころだなぁ。

「あ、ここのラスク美味しいですよ。結構有名ですし」
「味もプレーンとチョコがあるんだ」
「自分の好みで詰め合わせを作れるので、両方の味を同じ個数入れるのもアリだと思います」
「いいんじゃない?茅ヶ崎はここにするのか?」
「そうですねぇ…これにしてみようかな。先輩はどうします?」
「さすがにお前と同じにするわけにもいかないからな。もう少し探してみる」

ああ…まぁ、それはそうかも?とすれば、千景さんはクッキーかなぁ。至さんがラスクの詰め合わせを注文している後ろ姿をボケッと見ていたら、千景さんに手招きされた。もちろん、至さんには別の場所を見てくると声をかけて。
片手を上げたのが見えたから、わかりましたーっていう意味合いだと思う。多分。

「茅ヶ崎が会計をしている間に、俺も買い物を済ませちゃおうと思って」
「それはいいですけど、私まで一緒に行く意味あります?」
「オススメ教えてもらおうと思ってね」
「ええー……あのラスクは差し入れでよくもらうから覚えてたけど、クッキーかぁ…」
「クッキーじゃなくてもいいよ」

それじゃあ余計にわからないです。
洋生菓子のお店が並んでいるエリアを抜けると、焼き菓子のお店が立ち並ぶエリアに辿り着いた。わ、どれも美味しそう…でも知っている所なさそうなんだけれども。市販のクッキーを食べないわけじゃないけど、さすがにメーカーはチェックしていないのである。クッキーが入っていた缶を思い出す他に術はない気がしてきた。そのくらいなら何とか覚えてそうな気がするし。

「………あ」
「ん?何か見つけた?」
「ここのクッキー、小さい頃に食べてた気がする…」

確か古書店の常連さんが年に2回くらいかなぁ…持ってきてくれてたんだよね。今思うとお中元とお歳暮だったんだと思うけど。
その時にしか食べられない特別なクッキーってイメージだったなぁ…このクッキー缶も見覚えがあるし。

「遥は好きだったんだ?」
「そうですね。美味しかったです」
「じゃあここのクッキーにしようかな。すみません」

至さんもだけど、そんなにあっさり決めちゃっていいんだろうか。会社の女性陣へのお返しなのに。まぁ…当人である2人がいいならいいですけども、私は。
これで目的は達成かな…お腹空いた。今日のご飯は何かなぁ…当番は綴くんだった気がする。チャーハンかな?それとも違うメニューかな?何にせよ、彼も料理上手なのでどんなものでも美味しいのだけれど。
千景さんが無事にお会計を終えた所で、至さんが合流。おお、よく見つけられたな…どのお店に行くかわからなかったでしょうに。ちょっとビックリしたんだけど、閉店までそう時間もないから人が少なくて探しやすかったらしいです。
そこでようやく辺りを見回してみると、確かに人はまばらだ。それに百貨店の地下って割と見通しやすいかもしれない。

「つき合ってくれてありがとね。おかげでミッションクリアだわ」
「それは良かったです。帰りましょっか、お腹空きましたし」
「さて、遥。ここからが本題なんだけど」

にっこり笑ってそう言った千景さんに、私は首を傾げるしかなかった。本題なんだけど、って…え?今日の目的って会社の人達へのお返しを買いに来たんじゃないの?それ以外に本題があるなんて、全く聞いてませんけれども?!
これから何が始まるの、何をされるの。あまりいい予感はしないなぁ、と半目になる。そんな私を見て2人は吹き出しましたけどね。おいこら、こうなってる原因は貴方達ですからね?!言っておきますけど!

「そんな顔しなくても、遥にとって悪いことじゃないから安心して」
「はぁ………?」
「―――あ、来た。監督さん、こっちこっちー」

え?いづみさん?!至さんが手を振った方へ視線を向けてみると、そこには確かにいづみさんの姿が。尚更、わけがわからなくなってきた…何が始まるの本当に。

「遥ちゃんも一緒だったんだ!」
「ええ、まぁ…色々あって」
「監督さんも来たことだし、移動しますかね〜」
「2人はなに食べたい?」

食べたいもの…?これから寮に帰って夕飯を食べるんじゃないの?またもや首を傾げるしかない私に、千景さんは「バレンタインのお返しだよ」とウインクをした。
おお、千景さんのファンはこういう所にドキッとするんだなきっと。様になっているのは確かだけれど。

「てか、監督さんに聞いたらカレー一択でしょ先輩」
「ああ…じゃあ遥に選んでもらう?」
「だって。遥ちゃんなにかある?食べたいもの」
「ええ?いきなり聞かれても…いづみさん決めていいですよ」
「ほんと?!じゃあこの近くに美味しいって評判のカレー屋さんができてね…」

というわけで至さんと千景さんから、バレンタインのお返しにカレーを奢ってもらいました。めちゃくちゃ美味しかったです。
あと悩んだ挙句、十座くん・椋くん・咲也くんにはラスクの詰め合わせ、臣くんには瓶詰の飴をあげることにした。喜んでくれるといいんだけど。
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