キスしないと出られない部屋


怒りながらドアをくぐったものの、くぐった先に広がった光景を見て怒りは急速にしぼんでいきました。元々、そんなに怒ってもいないけれども。
ねぇ、本当にこれ臣くんが言った通り無限ループだったりする?まーた同じ部屋なんですけれども。ここまでくるともうガッカリするとか以前に、またかってなるよ。

「もう壁をぶっ壊せばいいんじゃないか?」
「全力で同意したいけど、多分無理だし、もし寮のどこかだったとしたら左京さんの雷が落ちる」
「………それはさすがに勘弁してもらいたい」
「私もですよ。えーっと、今度はなにかな、……?!」
「はる?」

新たに出現したドアに貼られた紙を見上げて、私は言葉に詰まった。まだ見ていなかったらしい臣くんは、そんな私を見て恐らく首を傾げていると思う。でもね、これを見たら私と同じ反応すると思うんだ。……いや、案外平気だったりするかも…?

「ええっと、…『キスしないと出られない部屋』…?」
「だそうです…なんなの、本当にもう」
「ははは…」

これ、一緒に迷い込んだのが臣くんで良かったと改めて思うよ。彼以外の誰かとだったら、多分一生出られないと思う。もし今、私が見ている夢の世界での話だとしても…やっぱり臣くん以外の人とは嫌だなぁ、と思うので。……私なに言ってんだ?

「とりあえず、…します?キス」
「止まれなかったら殴るなり、蹴るなりしてくれ」
「不穏な宣言しないでくれるかな?!」

そんなに何回もしなくていいやつでしょ?これ!1回して離れればそんなことにはならないと思うんですけれども?!
しなくちゃ出られないことはわかってるけれど、臣くんの発言に反射的に後退ってしまった。けれどそんな私を逃がしてくれるはずもなく、後頭部と腰を大きな手でがっちり固定されて塞がれた唇。すぐに離れて、また重なって…啄むような軽いものだけれど、何回も触れられていれば段々と熱も上がってくる。
最後に下唇を甘噛みされて、ふるりと体が震えた。

「1回でいいやつじゃん絶対…!」
「だから先に言っておいただろ」
「そこは理性働かせて?!普段、鉄壁じゃんか…っ」
「お前と2人きりでそんなもの働くと思うのか?」

今すぐ、押し倒したいって思ってるのに?
耳に直接注ぎ込まれるように囁かれた言葉と、声音に心臓がもっていかれるかと思った。防衛本能みたいなものが働いたのか、今度は思いっきり後退ろうとして足が縺れてよろけてしまう。これは倒れる、と頭を打つことを覚悟して目をぎゅっと瞑ったけれど、いつまで経っても予想していた衝撃はやってこずじまい。
そこでようやく何か温かいものに包まれていることに気がついた。

「―――っぶねぇ…どこか打ったりしてないか?」
「だ、いじょうぶ……あっ臣くんは?!腕痛めたりとかしてない?!」

胸倉を掴むような勢いで詰め寄れば、びっくりされてしまったがそんなことを気にしている場合ではない。私は何ともないけど、それで臣くんが怪我していたら元も子もない!
あまりの気迫に圧されてしまったのか、いまだびっくりした表情を浮かべたまま、「大丈夫だ」と頷いた。良かった…!一安心した所でホッと息を吐いたら、足元でくしゃりと音がした。なにか踏んでる…?

「こんなのさっき落ちてた?」
「なかったと思うが、…嫌な予感しかしない」
「あはは…それは同感かも…」

今気がついたけれど、ドアに貼られた紙に書いてあった通りにしたのにドアは開いていない。開く気配もない。おまけに、いつの間にかその紙はなくなっているという始末。剥がれ落ちて足元に落ちてきただけ、というオチならいいんだけど…そうだったとしたら何でドアが開かないの?って疑問が残ってしまうわけでして。
臣くんが拾い上げた紙を恐る恐る覗き込んでみれば、そこにはさっきまでとは違う文面が書かれていて思いっきり溜息を吐いた。なんだこれ…!

『ディープキスをしないと出られない部屋。これが最後の指令です。張り切っていきましょう』

そう書かれた紙を彼の手からぶんどり、ぐっしゃぐしゃに丸めて、思いっきりぶん投げた。それはもう力任せに。それなりに勢い良く飛んでいきました。そんなことでこのイライラとかモヤモヤは解消されませんけれども、これっぽっちも!!

「張り切っていきましょうじゃねーわあほんだら!!!」
「どうどう…気持ちはわからんでもないが、ひとまず落ち着け。な?」
「落ち着けたら苦労しない!」
「それはそうだな」

苦笑しつつも、いまだに唸っている私の頭を優しく撫でてくれる。それを数回繰り返されれば、至って単純な私は少しずつ落ち着きを取り戻し―――…紙に書かれた内容を再度思い出して、頭を抱えた。
イライラモヤモヤは大分落ち着いたけれど、急激に恥ずかしさが込み上げてきたんです。今更な気もするんだけれども。でも慣れるようなものでもない気がするんだよね、こういうの。いや、知らないけど。いまだに慣れない私がおかしいだけかもしれない、とはちょっと思うけども。

「おいで、はる」
「…いつも思うけど、臣くんの『おいで』はズルイと思う」
「なんだそれ。嫌なのか?」
「嫌じゃない〜…」

壁を背に腰を下ろした臣くんは、腕を広げた。その中に飛び込んでぎゅうっと抱き着けば、抱きしめ返してくれるから嬉しくて頬が緩んじゃう。んん〜…すっごい安心感。このまま目を閉じたら安眠できそうなくらい。温かくて、安心できて、大好きだなぁと再認識する。
大分満足して顔を上げると、こっちを見ていたらしい臣くんと視線が合った。ゆるりと細められた瞳がめちゃくちゃに甘くて、心臓がどくりと鼓動を速める。やっぱり私の幼なじみ兼恋人は、ズルイと思う。そんな目をされたらドキドキして、どうしようもなくなるじゃないか。

「はる、ちょっとごめんな?」
「へ?ぅ、わ?!」

座ったままの状態で私を持ち上げたかと思えば、そのままあぐらをかいてその上に座らされた。さっきまでの状態も近かったけど、こっちの方がもっと近いんですが…?!

「ち、近い…!」
「床に直に座るより、こっちの方が痛くないだろ」
「そうかもしれないけど…」

がっちりと抱き込まれて、この状態だと逃げ場がないことに今更ながら気がついた。臣くんにその意図があるのかどうかはわからないけれど。
妙に恥ずかしくなってそっと視線を逸らせば、そんなのは許さないと言わんばかりに上を向かされてしまった。顎に添えられていた親指が、ゆっくりと唇をなぞる。その仕草に背筋が震え、勝手に体が反応してしまうのが死ぬほど恥ずかしい。でもその先を期待して、望んでいる私がいるのも本当で。
臣くんの服を握り込んだのが合図になったのか、そっと唇を塞がれた。舌先でノックするように擽られて、おずおずと口を開ければあっという間に中に入り込まれて背筋をゾクゾクと快感が走り抜けていく。思考回路もどろりと溶けていくようで、もう何も考えられない。

「っぁ、…ン」
「…っそんな声出すなよ。―――抱きたくなる」
「無理ぃ…ふ、ぁ…きもちい、」

もっと欲しい。もっと、…キスだけじゃ足りない。臣くんが欲しい。抱いて、と言いかけた時、カチャリと音がして、反射的に臣くんも私も動きを止めた。
今の、鍵が開いた音…?さっきの紙にはこれが最後、と書かれていた。つまり、あのドアを抜ければきっと帰れるんだと思うけど、…帰りたくないと咄嗟に思ってしまった私は、はしたないのだろうか。

「…はる、立てるか?」
「う…多分…?」
「無理そうなら抱きかかえるが」
「それはそれで魅力的だなぁ…」

すり寄るように首に腕を回せば、ふっと臣くんが笑ったような気配がした。まだくっついていたいのが本音だけれど、このままうだうだと此処にい続けるわけにはいかないよね。やっぱり。
呼吸も大分落ち着いてきたし、と離れようとした瞬間、ふわりと体が浮いて慌ててしがみついた。ちょ、何も言わずに急に立ち上がるのはやめようか?!ビックリしたじゃないか!

「はは、驚かせたか。悪い」
「絶対に悪いって思ってない顔だ…」
「思ってるよ」
「も〜………」





結局抱きかかえられたまま部屋を出た、はずだったんだけれど、…気がつけば私は自分の部屋のベッドで寝転がっていた。傍らには読みかけの本。それはあの部屋に閉じ込められる前と、何ら変わらない光景だった。
…え?なに?今の夢だったり、する…?夢にしては香りとか、温かさとか、感触とかいやにリアルだったけど…食べたポッキーの甘さだって、微かに口の中に残っている。それに―――…キスの、余韻だって。思い出すだけでこんなにも彼のことが欲しいと疼くのに。
誰もいないのに熱を持った顔を隠すように、両手で覆った。これはマズイやつだ…しばらく誰も訪ねてこないでほしい。絶対に誰にも見せられない顔をしていると思うんだ。それこそ臣くんにだって。

顔を覆ったまま丸くなっていると、何かが振動した音が耳に届く。スマホか…?どこに置いたっけ、テーブルの上かな。多分この辺…と当たりをつけてもぞもぞと腕を伸ばせば、指先にそれらしい感触。引き寄せたスマホの電源ボタンを押すと、LIMEが届いていた。それもまさかの臣くんから。
なんなんだ、このベストタイミング…何がベストなのかよくわからないけれど。恐る恐るメッセージを開いて、読んで、数秒固まって、枕に顔を埋めた。なかなかの勢いで。ちょ、ちょっと待って…あれはやっぱり夢でも何でもない、現実だったってことなの?!

―――今日の夜、空けておいて。続きがしたい。
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