幼なじみの秘密
嬉しそうな顔をしてできたよ、と談話室に来たのはカントクだった。USBメモリーとパソコンを手に。
その声と表情にいち早く反応したのは、次の公演を控えた夏組のメンバーだ。偶然居合わせた脚本家でもある綴も、どこか嬉しそうに笑っている。
Side:臣
カントクができたよ、と持ってきたUSBメモリーに入っているのは脚本―――ではなく、公演で使う楽曲達だ。数日前にもうすぐメインの曲ができるみたいだ、と聞いていたから、恐らくそれなんだろう。できたよ、とカントクが持ってきたのは。
「今回のもめっちゃいいじゃん!」
「気になる箇所があったら言ってください、って伝言もらってるから、何かあったら私に教えて。綴くんもイメージとかあったら教えてね」
「っす。…でもいつも俺のイメージとそんなかけ離れてることないんすよね…」
「あの、」
「どうしたの?椋くん。どこか気になった?」
「あっいえ!曲はとても素敵なんですけどっ…個人的に、どんな方が作ってるのかなぁって…」
いつも公演の度に曲を作ってくれている作曲家さんとは、実は俺達は会ったことがない。打ち合わせなどは行っているらしいが、それは主にカントクや脚本家である綴が行っているから役者である俺達と顔を合わせることはないんだ。舞台は観に来てくれているらしいんだけどな。
この劇団に入るまで演劇未経験の俺は、そういうものなのかなと思っていたし、いつか顔を合わせる機会は来るのかもなくらいだったんだが…どうやらどんな人物か気になっている仲間は多かったらしい。
「…そういえばあの人、まだ明かしてないんでしたっけ」
「うん。でも機会があれば、とは言ってたし…教えちゃっても問題はないんだけど」
今、談話室にいるメンバーで唯一知っているカントクと綴の会話が耳に届く。成程…意図的に隠している、ってわけではないのか?まぁ、今までもそうだったのかまではさすがにわからないが。
その会話を聞いて談話室内は、どこか浮足立った雰囲気に包まれ始める。大人組と称される冬組のメンバー(特に紬さん)ですら、どこかソワソワしているように見えて思わず笑みが零れた。知らなくてもきっと問題はないんだろうが、一度気になってしまうとなぁ…気持ちはわからないでもない。
「あのね、ずっと曲を作ってくれているのは遥ちゃんなの」
一瞬、談話室内はしんとなった。誰ひとり言葉を発することなく、恐らく全員がぽかんとした表情を浮かべているんだろう。例に漏れず俺も、だが。
今、カントクの口から零れ落ちたのは幼なじみの名前だった気がするんだが…同じ名前ってわけではないよな?あの口ぶりから察するに、確実に俺達の知っている人物だろうから。そうなると、…え、本当にアイツがずっと曲を作っていたのか…?!
「えっはるるん?!」
「初耳ッスよ?!臣クンは知ってたの?!」
「いや、…知らなかったな」
俺も皆と同様、初耳だよ。はるの親父さんが作曲家だったことは聞いて知っているし、一度だけ夢を聞いたこともあったし、アイツ自身が曲作りに興味を持っていることも知ってはいたけど…実際に作っているとは、思いもしなかった。衝撃の事実に何も言葉が出てこない。本当にただビックリしているだけで、何で言ってくれなかったんだって思いは生まれもしないが、…いや、想像以上に衝撃がでかいな。
まだ上手く飲み込めてはいないが、とりあえず菓子作りを再開させると「ただいまー」と声が聞こえた。その声の主は、今正に話題にのぼっていた彼女のもので、一成と太一がバタバタと玄関へと駆けていく。閉められなかったドアからは2人から質問攻めにあっているらしい、はるの困惑した声が聞こえてくる。ああ…帰ってきて早々詰め寄られたら、驚きはするよな。俺達の驚きと衝撃はそれ以上だけど。
どうやら左京さんも一緒に帰って来たらしく、一成と太一は「うるせぇ!」と一喝されている。
「伏見さん、何か手伝います」
「あー…じゃあ、生クリームの泡立て頼んでもいいか?」
「っす」
外から聞こえてくる声に苦笑を零していたら、さっきまでソファに座っていたはずの綴が隣に立っていた。意識を外に向けていたせいか、気がつかなかったな。
「綴は知ってたんだっけ、作曲家のこと」
「あ、はい。キャラクターとか世界観のイメージとか、そういうのを伝える機会を監督が設けてくれて…」
綴はどこか言いにくそうに教えてくれて、首を傾げてしまう。何でそんな気まずそうな顔―――あ、もしかして俺が気を遣わせてるのか…?いや、確かに俺もさっきまで知らなかったけど綴が気にすることなんか、全然ないんだぞ?というか、言ってもらえなかったことで拗ねてるとかもないし。だから、綴がそんな顔をする必要はどこにもない。
必死に生クリームと格闘している綴に笑いながら告げれば、少しだけ表情と雰囲気が和らいだような気がした。
「なんか、…とてつもない罪悪感に苛まれました」
「はははっ何でだよ。言わなかったのは多分、はるの意向だろ?」
「ええっと、まぁ………はい、そうっすね」
うん、そんな気はした。一時期カンパニーと距離を置こうとしていたのは何となくわかっていたし、そんな彼女を見ていたから…予想はついている。はるはそういう所がある奴だから。
それも今更のことだから、あまり気にはならない。まぁ…恋人関係になった今となっては、少し寂しい気持ちがないわけではないが…全てを曝け出せというのは無理な話だと十分理解している。