きみとふたり


臣くんと出かけることは少ないわけではないけれど、『2人きりで買い出し以外』で出かけることは、そう多くない。
大学帰りに一緒になれば寄り道することもあるけど、千鶴や橘くん、それから綴くんや十座くんの誰かが一緒のことが多いから…2人きりっていうのは案外少ないと思う。
恋人同士になっても私達は、あまり関係性としては変わってないんだろうな、って思うんだよね。そういう触れ合いはするし、意識していないとか…そういうわけではないんだけれど。
もちろん休みが合わないってわけでもない。お互いまだ学生だしね。だけど、…臣くんも私も寮で暮らしているからかなぁ?気がついたらお菓子作りしたり、買い出しに行ったりしてて、休みは終わってしまう。
私達の関係を皆は知っているから、たまにはデートでもしておいでよ、って気を遣ってくれるんだけど…何となく気恥ずかしくて、笑って誤魔化しちゃうんだ。
そんな中、秋組の公演を無事に終え、脚本家のネタ出しと執筆期間に入った今日―――珍しく臣くんと出かけることになりました。それも2人きりで。
買い出しなら2人きりでも何とも思わないのに、そうでないとわかると途端に緊張してくるのは何でなんだろう…自分のことながらよくわからない。でも出かけられるのは嬉しい。誘ってくれたのも嬉しい。
というわけで、幸ちゃんにコーディネートを相談中。メイクは莇くんに相談しようと思ったんだけど、今日は九門くんとお出かけらしくて。

「遥、これつけてみて」
「イヤリング?」
「ううん、イヤーカフっていうやつ。この前作ってみたんだ」
「え、幸ちゃん手作り?!すごい可愛い!」
「はいはい、ありがと。いいからつけてみてってば」

あ、はい。すみません。
渡されたイヤーカフをつけてみると、耳元でシャラリと音がした。おお、すごい…こういうのひとつつけるだけで印象変わるんだな…普段はアクセサリーなんてつけないから。可愛いとは思うし、見るのは好きなんだけど。

「うん、やっぱり似合う。それあげる」
「えっい、いくらお支払いすれば…?!」

そう簡単にあげる、とか言っちゃダメだよ幸ちゃん。これは確実にお金を払わないといけないやつだよ。
持っていく予定のショルダーバッグを引き寄せて財布を引っ張り出して顔を上げたら、「何言ってんの?こいつ」って目をした幸ちゃんが私を見下ろしていました。
そんな目で見ないでください…!人によってはご褒美かもしれないけれど、私は心をやられますので!!いや、悪いのは私なんだろうけど。

「元々、遥にあげる予定で作ってたからいらない」
「でもさすがに…」
「この前買い出しにつき合ってもらったし、それにクレープも奢ってくれたでしょ。そのお礼代わり」

確かにそんなこともあったけれども…それ以上の値打ちあると思うんですけどね。これ。
また何かお礼をしよう、うん。

「…ありがと」
「どういたしまして。それよりいいの?オカン待たせてるんでしょ?」
「あっそうだった!!」

すでに準備を終えているらしい臣くんを談話室で待たせているんだった!お誘いを受けたのは一昨日だというのに、何でこんな当日にバタバタするのかな私は。
…あらかじめ幸ちゃんに相談しておかなかったのが原因です、わかってます。ってそんなことを懺悔している暇は、今はなかったんだ!
幸ちゃんにお礼を改めて言ってから、一緒に部屋を出た。鍵をかけるのは忘れずに、っと。

「楽しんできなよ、久しぶりなんでしょ?デート」
「デートって言わないで、緊張感が増す…!」
「いい加減に慣れなよ、あんた…ま、いいや。いってらっしゃい、遥」
「うん、いってきます!幸ちゃん」

階段を駆け下りて談話室へ顔を出せば、綴くんと太一くんと話していたらしい臣くんの視線がこっちに向いた。
その瞬間に瞳が柔らかく細められるもんだから、ドキッとしてしまう。この瞳と甘さと色に、私は弱いんだ。

「準備終わったのか?」
「終わったよ。待たせてごめん」
「気にしなくていいよ。行くか」
「いってらっしゃい。伏見さん、東雲さん」
「いってらっしゃいッス!楽しんできてね!」
「ああ、ありがとう。いってくる」

2人に手を振って、私達は寮を出た。外は快晴。気温もちょうど良くて、出かけるのにはうってつけな日和だと思う。雨が降らなくて良かった。
さて、外に出たはいいものの…実は行く場所って決めてないんだよね。此処に行きたいから出かけようって誘いがあったわけではないから…多分、臣くんも行きたい所があったってわけではないと思うんだけど。
でもそれは私が思っているだけだから、言っていないだけで実はあるのかもしれない。写真展とか、カフェとか、その他諸々。

「臣くん、何処か行きたい所あるの?」
「いや、…行きたい所があるというか、久しぶりにはると出かけたいって思っただけなんだ」
「へ、ぇ…?!」
「秋組の公演も終わったし、レポートも終わっただろ?少しゆっくりできるかな、って」
「さいですか………」

そこまでハッキリ言われてしまうと、とても照れてしまうんだが?!
赤くなっているであろう顔を隠すように下を向いてみるけれど、きっと臣くんはそれすら予想済みなんだろう。頭上から笑い声が聞こえてきたから。
何かもう、色々と見透かされてるんだよなぁ、臣くんには。隠し事をしたって大体暴かれてしまう。こっちが本気で知られたくなくて、話したくないことは踏み込んでこないけど、それ以外のことはあっさりバレてしまうんだから臣くんの観察眼はどうなってるんだ、と思ってしまう。
それとも私がわかりやすいだけなんだろうか。…そっちの説の方が有力な気はしてきたな…観察眼が鋭いのもあるとは思うけど。

「はるは?何処か行きたい所とか、見たいものあるか?」
「んー…あ、ちょっと遠いんだけど、気になる雑貨屋さんがあって」
「雑貨屋?」
「そう。えっとね…あ、これこれ」

スマホを取り出してホームページを見せる。大学の友人が私が好きそう、と教えてくれたんだ。可愛い文房具やアクセサリーなどを取り扱っているらしく、機会があったら行ってみたいとずっと思ってたんだよね。でもなかなかその機会に恵まれないまま、今に至っているので、ちょうど良かったかもしれない。
内装も可愛いんだけど、臣くんは抵抗あるかな…ファンシーな感じだし。断られるかな、そうしたら今度幸ちゃんかいづみさんにつき合ってもらおうかなとか考えながら、臣くんの答えを待っていたら「じゃあ行ってみるか」と笑った。

「え、い、いいの…?」
「何でそんなこと聞くんだ?」
「だって結構、内装ファンシーだし…臣くん入りづらいかなって。それにちょっと遠いし…」
「ああ…そんなこと気にするな。時間はあるんだし、大丈夫だよ」

ほら、おいで。
そんな風に言われてしまったら。手を差し出されてしまったら。―――もう、何も言えなくなるじゃないか。
差し出された手を取って、駅までの道を歩き出す。こういう所が、堪らなく好きなんだ。私を甘やかすのが本当に上手いと思う、この人は。
甘やかしてばっかりじゃ本当に調子に乗るんだからね、私。そんなことを本人に告げてみても、そのくらい構わないって言われるし…どこまででも甘やかしたいんだ、と甘い声で囁かれてしまうと、私はもう逆らうことができなくなるから。
そういう所、とてもズルイと思うんだ。本当。悶々と考えていたら、あっという間に駅に着いていたらしく、タイミング良く来た電車に乗り込んだ。





「さすが連休初日だな…」
「だね。電車も混んでたし、平日にすれば良かったかな…ごめんね」
「謝る必要ないだろ?せっかく来たんだし、楽しまないと損だぞ」

それもそうか…せっかく足をのばしたんだし、そして臣くんとのデートなんだし、目一杯楽しまないと損だよね。
そうと決まれば、早速雑貨屋さんへと行ってみよう!―――と、勇んで人混みへ飛び込んだのはいいものの、ここまでの人混みを歩くことはそう多くないからなかなかに動きづらい。下手すると臣くんとはぐれちゃいそうだな、とか思っていたらうっかり手が離れてしまった。
断じてわざと手を離したわけではないです!そんなバカなことはしないです!!まぁ、彼は背が高いから見失うことはないけど、でもちょっと…追いつけるかが心配になる。
手が離れてしまったことは臣くんも気がついたらしく、すぐに振り向いてくれたけれど、肝心の私が人混みに埋もれて流されてしまいそうになっている。
あ、これは本気でマズイかもしれない。サァッと顔が青褪めるのと、グッと腕を引かれたのはほぼ同時くらい。そのまま引っ張られて、少しずつ人が少ない方へと進んでいく。見慣れているはずの大きな背中が、いつも以上に頼もしく思えてキュンとする。

「悪い、大丈夫だったか?」
「大丈夫。臣くんが引っ張ってくれたから」
「それなら良かったけど…腕、痛くないか?」
「うん、平気」

痕にもなってないよ、ほら。と袖を捲って見せれば、ようやく彼はホッとしたように笑みを零した。

「ごめんね、ビックリさせちゃって」
「いや、…まぁ、ビックリはしたけど」
「あはは、だよねぇ。ちゃんと握っていたつもりだったんだけど…人が多すぎて離れちゃったみたい」
「みたいだな。…はる、さっきの地図もう1回見せてもらえるか?」
「?うん、どーぞ」

未知を確認する為に開いていた地図はそのままにしていたから、ロックを解除してスマホを差し出せば、臣くんは再度地図をじっと見つめている。その横顔はとても真剣で、カッコイイと思う。
でもどうしたんだろう?道はもうわかった、って言っていたと思うんだけどな。今歩いていた道を真っ直ぐ行って、コンビニを右に曲がるという至って単純な道なんだけど…この道はメインストリートと呼ばれる大通りの為か、人通りがめちゃくちゃ多い。だから私は人混みに流されそうになっていたわけですが。
ボケッと行き交う人を眺めていたら、視界に臣くんが飛び込んできて肩がビクリと跳ねる。

「大丈夫か?ボーッとしてたけど」
「平気…すごい人だなぁって見てただけ」
「そうか。疲れたら言ってくれ、休憩しよう」
「ありがと。…それで地図を確認してたけど、どうしたの?」
「ああ…この道ってメインストリートだろ?もう少し人の少ない道から行けないかなって思って、確認してた」

成程…確かに別の道から行けるならそれは有難いかも。臣くんの反応を見る感じ、どうやら他にも行ける道はありそうな感じだ。
返されたスマホをショルダーバッグにしまいこむと、今度はがっちりと手を握られる。さっきと変わらない恋人繋ぎではあるけれど、そう簡単には離れないよう握る力は少し強め。痛くないけど、全然。

「遠回りにはなるけど、こっちからでも行けるみたいだ。ゆっくり行こう」
「はーい」

メインストリートから外れた脇道も、やっぱり人は多いけれど、さっきまでと比べれば全然歩きやすい。それにオシャレなカフェとか、こじんまりとした本屋とか、古書店とか…お店もたくさんある。
それらを眺めながら歩くのも楽しいな。急がば回れと言うけれど、案外その通りなのかもね。私達は特に急いでいるわけではないけれども。

「あ、臣くん臣くん」
「うん?どうした」
「あそこ。何かやってる」
「写真展…かな」
「行ってみる?」

何となく臣くんが興味を示したような気がして、そっと見上げて問いかけてみる。すると、こっちを見下ろした瞳が僅かにキラキラと輝いているような気がした。
あ、予想当たってるっぽいかも?

「覗いてみてもいいか…?」
「うん、もちろん」

近寄ってドアに貼られたポスターを見てみると、臣くんも知っている写真家の展覧会だったらしい。それがわかるともっと嬉しそうになって、こっちも笑顔になってしまう。
こんな風に笑ってくれるなら、もっと何でもしてあげたくなっちゃうし、許したくなっちゃう。臣くんも私を甘やかす時、こんな風に思ってるのかなぁ。
そんなことを考えながら、ドアをそっと開けた。こじんまりとしているけれど、壁にはたくさんの写真が飾られていて、その綺麗さに圧倒されそうになる。前に見に行った写真展もすごかったし綺麗だったけれど、その時とはまた違う綺麗さだ。
あの時見に行ったのは確か、主に風景を撮っている写真家だったっけ。でも今回の写真家は、どうやら人物や動物を主に撮っている人みたい。飾られた写真を見る限り、そんな気がする。

「写真でこんなに躍動感出るものなんだねぇ…」
「ああ。―――いつか、」

俺もこんな写真を、撮れるようになりたいな。
ぼそりと呟かれた言葉。写真を見つめる真剣な顔。あの日見た横顔と少し印象が違うのは、きっともうすぐ大学を卒業して―――就職するからだろう。あの頃よりも少しだけ、将来を見つめるようになったからだろう。

「ごめんな、寄り道して」
「謝ることないよ。お互いに行きたい所に行けばいいんだよ、で、デートなんだから」
「そこで何で噛むかなぁ、はるは」
「ううう……!」

仕方ないじゃないか、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ!
いまだ笑っている臣くんの手をグッと引いて、道なりに進んでいくと大きな通りに出た。もしかして、ここがメインストリートを抜けた先になる、のかな?
イマイチ今いる場所が把握できなくて首を傾げると、こっちだよと手を引かれた。あれ、臣くんはどの辺りにいるかわかってる感じ?と疑問に思ったけど、この道から行きたい雑貨屋さんに行けると言っていたのは臣くんだったね。わかって当然だね。

「ほら、此処だろ?はるが来たかった雑貨屋さん」
「うん」
「…お前と一緒じゃなければ、絶対入れない気がする」
「あはは…気が乗らなければ、他のお店を覗いたりしてきていいよ?」
「それはしないけど。気にはなるしな」

そう言うなら遠慮なく入りますけれども。
ドアを開けるとドアベルがカラン、と鳴った。おお、ホームページで見た通り内装めちゃくちゃ可愛い…!あ、でも置いてある商品は可愛いものから、シンプルなものまである…品揃え豊富だなぁ。
店内はそこまで広くないので、さっきまで繋いでいた手を離した。ぶつかって商品を落としたりしたくないし、それにはぐれる心配もないしね。
中に入ってしまえばそんなに気にすることもなかったのか、臣くんも興味深そうに商品や内装に視線を巡らせています。そんな彼の姿を見て、ちょっとホッとした。

(興味ないかも、って思ってたけど…良かった)

そっと笑みを浮かべて、私も店内に再度視線を巡らす。文房具にアクセサリー、髪留め、食器類…どれも素敵で可愛い。買うつもりがなくても何か欲しいな、と思わせてしまうこの可愛さよ…!
あ、このレターセットもいいな。手紙なんて滅多に書かなくなってしまったけれど。お母さんやおじいちゃん達と連絡とる時も、今は電話が多いもんなぁ。小さい頃は絵葉書や手紙も書いたけどね。
たまには文字を書くのもいいかなぁ…こういうのを見るとそんな意欲も湧いてくるよね。ファンレターを書くというのもいいかもしれない。MANKAIカンパニーに関わるようになってからは、公演の感想を言葉で本人達に直接伝えてきてはいるものの…手紙で形を残すのも、アリなのかもしれないなって。
今は手伝いの合間に見せても他うことが多いから、アンケートを書くこともなくなっちゃったし。

「レターセットか?これ」
「うん。色々あるんだよ、可愛いよね」
「へぇ…こんなに種類があるんだなぁ」
「昔はもっとシンプルだったんだけどね」

一度考えたらファンレターを書いてみたくなって、それぞれの組のイメージに合いそうなレターセットを探してみることにした。
色で決めるか、それぞれの組をイメージする花…?もしくは、好きな公演をイメージしたレターセットっていうのもアリかも?
ああ、何だかワクワクしてきちゃった。

「春組はやっぱり桜…夏組はひまわりか海かなぁ」
「買うのか?」
「アンケートで感想を書く機会も減っちゃったから、ファンレターでも書いてみようかなって」
「ふぅん…」
「臣くんは、もらってくれる?ファンレター」
「……ラブレターでも歓迎するけど」

ラブレター…ラブレターかぁ。それは確かに書いたことないけど、…

「はる?」
「…そっちも書いてくれるならいいよ」

私だけ書いてもいいけど、どうせなら私だって臣くんからのラブレターが欲しい。
そう期待を込めて視線を向ければ、さっきまでは平気そうな顔をしていたのに居心地悪そうに視線を逸らされた。頬を赤く染めて。
まさかこんな返答がくるとは思ってなかったんだろうなぁ、この人。

「そう返されるとは思わなかった…」
「あはは。あんまり甘く見ちゃダメだよ」
「そうだな、………ラブレターか…」
「言い出しっぺなんだから、君にも書いてもらわなきゃ」
「それは確かにそうなんだが…」

無理強いはするつもりはない。でも欲しいと願う気持ちは本音です。
狼狽えた臣くんを視界の端に捉えつつ、私はレターセット探しを再開した。
- 164 -
prevbacknext
TOP